第22話 魔物3
魔物は目を細めた。
《これは面白い! 偶然か? それとも……》
その小さな鍵は、血で汚れ地面にはいつくばり、何ともみすぼらしく映った。しかしながら、生意気にこちらをにらんでいる。
《ククク……それならば……》
魔物は、レナの目の前から姿を消した。
「えっ……⁉︎」
(魔物の気配が……消えた⁉︎)
レナが驚いたその時、たいまつの明かりが辺りを明るく照らした。
「⁉︎」
振り向くと、大勢の兵士が横一列に並んでいた。援軍が駆けつけたのだ。
生き残った兵士たちが、歓喜の声を上げる。
「援軍が来たぞ!」
「ウルネス王とメルブ将軍だ!」
二人を中心に、ずらりと並んだ援軍は、絶望の淵にいた兵士たちにとって、この上ない希望に見えただろう。
しかし援軍も、目の前の光景には凍りついた。
ウルネス王も、思わず叫んだ。
「こ、これは……! なんということだ!」
明かりの届く全ての範囲が、血の海だった。
メルブ将軍も青ざめる。
「一体……何があった……⁉︎」
援軍にあんどしたアトス将軍も、改めて惨状を目の当たりにすることとなった。
「これほど……だったとは!」
(はっ、魔物は⁉︎)
アトス将軍は、慌てて辺りを見回す。
(魔物は、どこに行った⁉︎)
その時、ウルネス王がレナを見つけた。
明かりに照らされた血の海の中央に、ポツンとしゃがんでいる。両膝をつき、目を見開いたまま全く動かない。その体は血まみれで、遠くからではけがをしているのか判断できなかった。
レナが動けないのには、理由があった。
(すぐ……後ろにいる! いつの間に⁉︎)
魔物は姿を消したのではなく、レナのすぐ背後に近づいていたのだ。
魔物の息がレナに当たる。
「――⁉︎」
絶体絶命だった。
援軍たちも、レナのすぐ後ろに黒い生き物がいるのに気がついた。
「なっ、なんだあれは⁉︎」
全員が息をのんだ。
ウルネス王もメルブ将軍も、この惨事の正体に目を疑った。
その場にいる全ての人間が、明かりに照らされた魔物の姿を目の当たりにし、衝撃を受ける。黒く大きな魔物の圧倒的な恐ろしさは、明らかにこの世のものではなかった。
「うわあああ! 魔物だあああ!」
辺りはパニックに陥った。
「に、逃げろおおお!」
隊列は、あっという間に崩れはじめる。
「落ち着け! うろたえるな!」
ウルネス王が叫んだ。鶴の一声に、全員がわれに返る。
メルブ将軍が、続けて指揮を執った。
「攻撃の準備をしろ!」
「はっ、はい!」
兵士たちは、ずらりと並んだ大型の弓に矢をセットする。
「矢に火をつけろ! やつを燃やすんだ!」
次々と、矢の先に火がつけられる。
「構えろ!」
兵士たちは、魔物に狙いを定めた。
「放て!」
メルブ将軍の掛け声で、火のついた矢が一斉に放たれた。
レナの瞳に、飛んでくる大量の矢が映った。
その時、魔物がレナの耳元でささやいた。
『おまえにいいモノをやろう……いずれ、私に会いに来い』
(え――?)
レナは、思わず振り返った。
その瞬間、無数の矢が魔物に突き刺さった。
「ああっ⁉︎」
驚きの声を上げるレナ。
『ギャアアアア!』
炎に包まれた魔物は、叫び声を上げた。
その声に全身を貫かれ、レナは飛ばされるように倒れた。そして魔物の振り払った矢が、レナの上に降ってくる。
レナがハッとした瞬間、アトス将軍が目の前に現れた。そして降ってくる矢を剣で払い、レナを助けたのだ。
「アトス将軍⁉︎」
「レナ! こっちだ!」
アトス将軍に抱えられ、レナはその場から助け出された。
しかし、なぜかレナは放心状態だった。
「おい! 大丈夫か⁉︎」
レナは耳を押さえ、まだぼうぜんとしている。
(今……魔物が……)
ゆっくりと魔物の方を振り返る。
(魔物が……私に何かささやいた――⁉︎)
メルブ将軍が叫ぶ。
「相手は魔物だぞ! 気を抜くな!」
兵士たちは、急いで次の矢をセットする。
「放て!」
空気を切り裂く音とともに、再び大量の矢が魔物めがけて放たれた。
その時、魔物が物凄い雄たけびを上げた。その凄まじい轟音に、空気がビリビリと響いた。
「おお⁉︎」
兵士たちから、どよめきが起こる。
すると魔物は、飛んでくる矢を尾で打ち返したのだ。たった一振りで、半分ほどの矢が兵士たちの方へ返ってきた。
「うわあああ!」
全身炎に包まれながらも、魔物は余裕の態度だった。
「なんてやつだ!」
しかし、ここでひるむわけにはいかない。
今度は、アトス将軍の部隊が魔物の前に立ちはだかった。
「やつは焼かれて、うろこがもろくなっているはずだ!」
「なんとしても、倒すぞ!」
「おおー!」
兵士たちは一斉に切り掛かった。アトス将軍の最強部隊は、魔物の固いうろこさえも切り裂き、確実にダメージを与えていく。
メルブ将軍が叫ぶ。
「援護しろ!」
「おおー!」
剣と矢の連続攻撃で、一気に畳み掛ける。
魔物の動きは、どんどん鈍くなっていった。
「いいぞ! 火が、だいぶ回って来た!」
「倒せるぞ! もう少しだ!」
兵士たちは活気づく。
そしてついに、魔物は崩れ落ちるように地面に倒れた。
「やったぞー!」
兵士たちから歓声が上がる。
その時、兵士の一人が空を見上げてつぶやいた。
「助かった……」
いつの間にか、夜が明け始めていた。