第21話 魔物2
魔物の手が、地面にめり込んでいる。
ぺちゃんこにされたかと思われたレナだったが――。
魔物の指の間から何かが飛び出し、そこから魔物の血が噴き出した。
『⁉︎』
驚く魔物のそばに、着地したのはレナだった。膝をついていたレナは、ゆっくりと立ち上がる。
そして魔物をにらみつける、その目は光っていた。
『…………』
魔物もその小さな人間に気がつき、じっと見つめている。
(なんだろう……この感覚?)
レナは不思議な感覚に包まれていた。
(……私、どうやって魔物の手をすり抜けたの?)
自分の手を見つめる。体の震えが止まっていた。完全に支配されていた恐怖が、すっかり消えている。
(それどころか……なんだろう? 湧き出るようなこの感覚!)
手をぎゅっと握りしめ、魔物をにらみつけた。
《……何者だ?》
魔物は、自分の体に傷を付けた小さな人間に興味を持った。
その時、アトス将軍の声が聞こえた。
「レナ! どこだ⁉︎」
ハッとするレナ。
「アトス将軍! ここです!」
レナは、急いでアトス将軍のもとへ駆け寄った。
「レナ、無事か⁉︎」
「はい!」
「状況がわかるか⁉︎ 今、どこまで見える⁉︎」
「――!」
レナは、苦悶の表情を浮かべながら報告する。
「……この一帯で倒れている兵士の数は、およそ二十人です!」
「この野営地の隊は、五十人編成だ……」
アトス将軍も唇をかんだ。
(残りは……食われたか⁉︎)
それでも、なんとかしなければならなかった。
(どうする? この状況……この暗闇では――)
「私がおとりになって時間を稼ぎます!」
突然、レナがアトス将軍に言った。
「その間に、みんな逃げてください!」
「何⁉︎」
アトス将軍は、レナの提案に驚いた。
「だめだ、危険すぎる! 援軍を待て!」
しかし、レナは食い下がった。
「でも、このままでは全滅します!」
「くっ――!」
アトス将軍は言葉に詰まった。確かに何も見えない今の状況では、その通りだった。
アトス将軍の隊もバラバラになってしまい、もはや逃げる方向すら分からない。
「今、魔物が見えるのは私だけです!」
レナがそう言った時、アトス将軍はハッとした。
(レナ⁉︎ おまえ――⁉︎)
レナの目が、光っていたのだ。
「すみません、行きます!」
「レナ!」
アトス将軍の制止を振り切り、レナは魔物に向かって走り出した。
「みんな、早く逃げてください!」
そして大声で叫んだ。
「私のすぐ近くに魔物がいます! 私の声から離れてください!」
離れていくレナの声を聞きながら、アトス将軍はレナをおとりにするという、苦渋の決断を下すしかなかった。
「くそっ!」
小さく叫ぶと、すぐ近くにいた兵士を捕まえる。
「いいか、すぐに援軍が来る! とにかく明かりを確保するんだ!」
「はっ、はい!」
兵士たちは、慌てて行動に移った。
レナは、魔物に向かって走っていた。
(なぜ突然、恐怖が消えたのかなんて、今はどうだっていい!)
躊躇なく魔物に突っ込んでいく。
魔物がレナを捕まえようとするが、高くジャンプして上に逃げる。そして、そのまま思い切り体を反らすと、魔物の腕に剣を突き刺した。
しかし魔物のうろこは硬く、レナの剣では全く歯が立たなかった。
「ちっ、硬くてだめだ!」
そこに魔物の牙が襲い掛かる。レナが避け空振りになった魔物の牙は、近くの岩を砕いた。
すると、その岩の奥に逃げ遅れた兵士がいた。
ハッとするレナ。
(あんなところに兵士が⁉︎)
そして魔物の目が、その兵士を捉えるのが見えた。
思わず声が出るレナ。
「やめ――」
次の瞬間、兵士はあっという間に魔物の手に押さえつけられた。
「ぎゃあああ!」
鈍い音とともに、兵士の断末魔の叫び声が聞こえる。
「やめろ!」
レナは鬼のような形相で叫び、魔物に飛びかかった。
「離せ!」
魔物の体を駆け上がり、顔のところまで飛び上がる。レナは、魔物の目に狙いを定め剣を構えた。
しかし、次の瞬間――。
魔物は、レナの剣にかみついたのだ。
「なっ⁉︎」
剣は魔物の牙によって、粉々に砕かれた。
(うそっ⁉︎)
そして間髪入れず、魔物の尾がレナをめがけて飛んできた。
「はっ⁉︎」
(しまった!)
慌てて防御したが、避けきれずに弾き飛ばされてしまった。
「ぐはっ!」
レナは、血だまりの地面に激しくたたきつけられた。
「がっ――はっ――!」
ものすごい衝撃と激痛で、一瞬意識が飛んだ。
(全然歯が立たない! 攻撃にすらなってない……!)
歯を食いしばり、なんとか体を起こす。
目の前に、先ほどの兵士が死んでいるのが見える。つぶされた体は原型をとどめていない。
「ひどい……」
レナは自分の無力さに、悔しさと悲しさが混ざったような、複雑な感情が込み上げた。
(一体どうすればいいの⁉︎)
魔物はレナを見下ろしていた。
《……闇の中を、自由に動き回る者がいる……》
あんなちっぽけな人間に、なぜそんなことができるのか不思議に思う。
《なんと……!》
その時、このちっぽけな人間の目に光が宿っていることに気がついた。
《まさか……ククク……》
魔物は笑った。
《こんなところに……鍵が落ちている》