第20話 魔物1
レナたちは、兵士が生存しているのを見つけて安心したが、すぐに違和感を感じた。
岩を背にして兵士たちが集まっているのだが、なぜか全員上を向いているのだ。
「あんなところに固まって、何をしているんだ?」
レナの隣にいた一人が、身を乗り出す。
その時、兵士を指差しているレナの指が、震えているのに気がついた。驚いてレナの方を見ると、完全に固まっている。
その目は恐怖に見開かれ、ただ一点に集中していた。
「レナ⁉︎」
名前を呼んでも聞こえていない。そしてレナの指の震えは、どんどん強くなっていく。
その様子に、周りもただ事ではない雰囲気を察する。
するとレナは、絞り出すように声を出した。
「あ……あの……」
声も尋常ではなく震えている。
「レナ! どうした⁉︎」
周りにも、緊迫した空気が広がっていく。
「見えます……兵士たちの……目の前に……」
レナは、途切れ途切れに声を発した。
「魔物がいます――!」
「なんだと⁉︎」
レナの信じ難い言葉に、全員が完全に凍りついた。
(魔物だと――⁉︎)
その時、暗闇の中で闇がぬるりと大きく動いた。そしてそれは、巨大な魔物の形になる。
レナに言われなければ、想像もできなかっただろう。
その存在を認識した瞬間、全員体中に戦慄が走った。
「――――!」
レナが見つけた兵士たちは、魔物に追い詰められ動けないでいたのだ。カチャカチャと、剣や槍を突き立てているそのすぐ先に、魔物の横顔があった。
グロテスクに裂けた口に、血まみれの大きな牙――。今まさに、兵士たちに襲い掛かるところだった。
「そ、そんな……!」
レナには、自分が見ているものが現実のものとはとても思えなかった。
アトス将軍も、想像を絶する恐怖に襲われていた。
(魔物だったなんて――⁉︎)
そして同時に叫んだ。
「逃げろー!」
次の瞬間、魔物が兵士たちに食らいついた。
「ぎゃあああ!」
兵士たちの叫び声が響く。聞いたことのないような音とともに、人間が簡単に食べられていく。
「ひっ……」
レナは短く悲鳴をあげた。
周りの兵士たちも恐怖に顔をゆがめた。
「くそっ、なんてことだ! まさか、魔物だったなんて!」
全員、金縛りにあったように体が動かない。
「で、でかいぞ……!」
魔物の口から、ドバドバと血が地面に落ちた。その血を見ながら、全員が結論にたどり着く。
これが……事件の真相――。
魔物が現れた――!
レナたちは、大変な事実を目の当たりにしていた。
まだ逃げて無事な兵士もいたが、辺りは混乱を極めていた。
「下がれ! みんな逃げるんだ!」
アトス将軍は叫びながら思った。
(まずいぞ! われわれも魔物に近い!)
「早く逃げろ!」
動けないでいる近くの兵士たちを引っ張る。
「う、うわぁ……!」
「逃げろおぉ!」
アトス将軍の声に、われに返った兵士たちは慌てて逃げ始める。
しかし、レナは一歩も動けないでいた。
「何してる、レナ! 逃げるんだ!」
レナは恐怖のあまり体が動かない。放心状態のまま、絶望的な表情で魔物を見上げていた。
(こんなの……現実なの?)
背筋に汗が伝い悪寒が走る。
(戦う……? これと……?)
額にも玉の汗がにじんでいた。
(戦うなんて――! こんなの、どう戦えばいいの⁉︎)
その時、魔物の尾がゆっくりと振り上げられた。
「うわぁ……来るぞ!」
「早く逃げろ!」
周りから悲鳴があがる。
レナは恐怖に耐えられず、思わず目を閉じた。しかし、まぶたを閉じるわずかな一瞬に、その光景を目撃してしまった。
魔物の尾が、兵士たちをなぎ倒すのを――。
兵士の体は破壊され、簡単に飛ばされていく。たいまつの火も消し飛ばされ、明かりが完全に消えた。
暗闇――。
戦慄の残像を残し、目を閉じたままのレナ。体の震えが止まらない。
目を閉じていることにもはや意味はなかったが、目を開けて新たな光景を見ることも怖かった。ただただ、怖くて仕方がなかった。
しかし、レナの周りに死体が飛んできて、転がっていることはわかっていた。まだ、魔物がそばにいることも。
目を閉じていることにも耐えられなくなり、レナは目を開けた。
「――――⁉︎」
そこには、地獄のような光景が広がっていた。辺り一面に、兵士たちの死体が転がっている。
「あ……あぁ……」
レナの顔は、恐怖にゆがんだ。しかし、この光景は紛れもない現実なのだ。体が信じられないくらい震えている。全身から汗が噴き出す。
そして暗闇の中から、魔物が姿を現した。
「⁉︎」
レナの体がビクッと反応する。
魔物が、足元の兵士たちを踏み潰しながら、ゆっくりと近づいてくる。
(殺られる……)
魔物の口から、人間の欠片が落ちる。
(早く逃げなくちゃ……食われる……!)
頭ではわかっていても、体が全く動かない。そうしているうちに、魔物がレナの目の前まで来てしまった。
地面にポツンと立っているレナは、とても小さくてちっぽけだった。
魔物が腕を振り上げる。
レナは、その手をただ見ていることしかできなかった。自分に降り下ろされてくる手が、まるでスローモーションのようにはっきりと見える。
そして次の瞬間、魔物の手がレナを叩き潰した。