第2話 王宮
ある日、レナは村長のムルに呼び出された。
「これから王宮へ行くから、支度をしなさい」
唐突にそう言われたレナは、不思議に思いムルに質問した。
「はい。また警備ですか?」
するとムルは、少しだけ考えてから答えた。
「……いや、王宮の宴に呼ばれたのだ」
レナは予想外の答えに、きょとんとした顔をしている。
それを見て、ムルが説明を続けた。
「おまえの特殊な能力の評判が、国王の耳に届いてな。宴の席で披露するよう命じられたのだ」
レナは、きちんと理解するのに少し時間がかかった。特殊な能力とは、暗闇の中でも目が見えることを言っているのはわかった。それを王宮の宴で披露する――いや、その前に『国王』という言葉が出てきた。
(まさか、国王の前で披露するの?)
やっと驚きが込み上げてきて、レナは叫んだ。
「わ、私がですか⁉︎」
と同時に、疑問が湧いた。
(特殊な能力を見せるって……どうやるの?)
レナは、戸惑いながらムルに質問した。
「ムル様……私はどうすればいいのでしょうか?」
ムルは何か言いたそうにも見えたが、多くを語ってはくれなかった。
「……いいから支度をしなさい」
***
王宮は、にぎやかな宴の真っ最中だった。
広間には多くの人が集まり、音楽と笑い声が聞こえてくる。そして、見たこともないごちそうが並んでいた。
レナは初めて王宮の中に入ったので、想像をこえる華やかな世界に目がチカチカした。こんな場所で一体何をするのかと、緊張がどんどん高まっていく。
その時、レナは突然自分の名前を呼ばれた。
「レナはどいつだ?」
「はいっ!」
慌てて声のする方を振り返ると、大柄な男が近づいてきてレナを見下ろした。男はレナを無遠慮にじろじろと見て言った。
「おまえが例の兵士だって? まるで女の子じゃねえか」
男は兵士の格好のレナを見て、少年兵と勘違いしたようだった。まあ、よくあることではあった。
「まあいいや、酒の席の余興なんだ。せいぜい盛り上げてくれや」
男はそう言うと、レナに細長い布切れを渡してきた。レナは渡された布切れを不思議そうに見たあと、そのままの表情でムルの方を向いた。
ムルはなぜか、心配そうな顔でレナを見つめるのだった。
***
広間のひときわ華やかな上座には、ウルネス王の姿があった。このりりしい姿の王が、エスプラタ国を治める最高権力者である。
隣には、セラ王妃の姿もあった。まさに、絶世の美女と表現するにふさわしい美しさである。
この威厳と風格を惜しみなく放つ二人は、レナのような者にとって神様のような存在であった。
「ウルネス様、例の兵士が来ました」
家臣がウルネス王に報告をした。しかしウルネス王はなんのことかわからない様子だった。家臣は慌てて説明をする。
「あの、女兵士で、特殊な能力を持った――」
「ああ……」
ウルネス王は興味がなさそうに答えた。
「まったく次から次へと……今度は小娘の大道芸か……」
そうつぶやくと胡散臭そうに、ふんと鼻を鳴らした。
王宮の宴に呼ばれたといっても、ふたを開けてみればこんなものである。
そんなことなど知らないレナが、広間の中央に現れた。先ほど男に渡された布で目隠しをして、一人ぽつんと立っている。
レナの姿を見た周りの群衆から、話し声が聞こえてくる。
「なんだなんだ、今度はなんの余興だ?」
「あの兵士が、これから変わった剣術を見せるんだってよ」
「なんで目隠しなんかしてるんだ?」
「暗闇でも目が見えるんだとよ」
「へえ~」
それを聞いていた他の者も、会話に割り込んでくる。
「けっ、うそくせえな」
「それにしても、兵士にしてはずいぶん華奢だな。まだ子どもじゃねえか」
「あれ女だってよ」
「えっ? そうなの?」
それぞれが無駄に大きな声で、好き勝手に騒いでいる。
レナは特になんの説明も受けていなかったので、どうしたらいいかわからなかった。
「なんでもいいから早くしろ!」
「誰か相手をしてやれよ」
だんだん周りが騒ぎ出す。
「お嬢ちゃん、私が相手をしてやろう!」
その時、誰かがレナに向かって叫んだ。そして周りの男たちが、その声に盛り上がる。
「おっ、頼むぞ将校」
「おいおい将校、大丈夫か? だいぶ酔っ払ってるじゃねえか」
どうやら酔っ払った将校が、名乗りを上げたようだった。そしてレナに下品なことを言ってきた。
「ひっく……その服を切り裂いて、本当に女か確かめてやる」
すると笑いが起こり、場は盛り上がってしまった。
「わははは」
「いいぞ、将校。やれやれ〜!」
レナは自分の置かれた状況を察して複雑な気持ちになったが、似たような思いをすることがないわけではなかった。
その時、レナを見ていた群衆の一人が隣の男に言った。
「あれ? なあ」
「ん?」
「暗闇の代わりに目隠しって、なんか違うんじゃねえか?」
「そうか? なんでもいいんじゃねえの?」
「……まあ、そうだな」
既に酔っ払っている男たちにとって、細かいことはどうでもよかった。
「さあ、お嬢ちゃん。剣を抜け!」
レナの耳に、将校の剣を抜く音が聞こえた。
「…………」
レナもためらいながら、無言で剣を抜いた。