第18話 北の都
ある日、エスプラタ国では重要な会議が行われていた。
会議には、そうそうたるメンバーが集まっている。
士官が報告書をめくった。
「それでは、報告を始めます」
会議は深刻な内容だった。
北の都郊外で約五十人の兵士が、こつぜんと姿を消したのだ。現場に残っていたおびただしい量の血痕から、戦闘があったのは明らかだった。しかし、兵士の遺体は一つも見つからなかった。
不可解な事件――。
続けて、士官が報告を進める。
「実は詳しく調べたところ、この事件の一週間前にも、近くで同じような事件が起こっていたのです」
「なんだと⁉︎」
どよめきが起こる。
「やはり兵士の小隊で、二十人ほどが血痕を残し消えていたのです」
会議の間は騒然となる。
ウルネス王は、報告を聞いて眉をひそめた。
「一体何者の仕業だ?」
その問いには、メルブ将軍が答えた。
「まだ調査中ですが、北の国の仕業ではないかと思われます」
周りも、ざわついている。
「調査も何も! そんなもの、北の国の攻撃に決まっているではないか!」
「だがあんな小国が、わが国に戦いを挑むか?」
「われわれが、南への遠征に力を注いでいるすきを狙ったに違いない」
それぞれが、思い思いに意見を述べる。
メルブ将軍がウルネス王に質問した。
「ウルネス様、いかがなされますか?」
「…………」
ウルネス王は即断した。
「まずは偵察部隊を派遣する。北の都に拠点を設けるぞ」
「それでは、すぐに準備いたします」
すると続けて、ウルネス王が意外なことを言った。
「今回は、俺が行く」
その思いがけない発言に、メルブ将軍とアトス将軍は少し驚いた。
(ふふふ……レナを連れて城から離れれば、セラの目を気にせずゆっくりできる……)
ウルネス王の意味ありげなほほ笑みに、違和感を感じるメルブ将軍とアトス将軍であった。
「はっくしょん!」
その時、レナは自分の部屋にいたが、大きなくしゃみが出た。
会議のあと、すぐに偵察部隊が準備された。
ウルネス王の移動とあって、偵察部隊といっても、その規模はもはや遠征並みだった。
その風景に、レナは大興奮だった。騎兵隊で構成された隊列の中心に、ウルネス王が堂々と構え、その脇をメルブ将軍とアトス将軍が固めている。
(これが国王の軍隊! なんてスケールなの⁉︎)
この夢のような光景に、レナは感動のあまり涙が出そうだった。そして、軍隊の先頭が見える位置に自分が並んでいるのが信じられなかった。
(こんな特等席……うっ、嬉しすぎる!)
レナは、完全に観光気分で浮かれていた。
そしてなんと言っても、武装したウルネス王の姿に心を奪われていた。いつも押し倒してくる国王とのギャップがすごすぎる。
(やっぱり国王は神だ! かっこよすぎる!)
レナは今までとは違う、体の奥から湧き上がるような胸の高鳴りを感じた。ウルネス王から目が離せない。
その時ふと、ウルネス王と目が合った。
「⁉︎」
レナはドキッとして、慌てて目をそらせた。
今度は、ウルネス王がレナを見つめる。
「面白いやつ……兵士の格好の方が、似合ってるじゃねえか」
ドレス姿もいいが、なぜか兵士姿の方が魅力的に映った。
レナは澄ました顔をしていたが、内心動揺していた。
(なっ、なんか……国王の視線を感じる!)
レナは意識しすぎて、汗だくになってきた。
それを見てウルネス王は思わず吹き出すと、レナを呼び寄せた。
「おい、なぜ目を合わせない?」
「いえ、あの……申し訳ございません」
ウルネス王の質問に、レナはしどろもどろに答える。すると、ウルネス王はさらに顔を近づけてささやいた。
「今は、おまえを兵士として同行させているが、この件が片付いたら……その時は、いよいよ覚悟するんだな」
「え……?」
レナが思わず顔を上げると、いつもの堂々としたウルネス王のまなざしがレナのハートを射抜き、心臓がドキンと跳ねた。
レナは顔を真っ赤にして、戸惑うことしかできなかった。
「まったく……」
メルブ将軍は、あきれたようにアトス将軍に言った。
「なぜ今回、ウルネス様が自分で行くと言い出したのかと思えば、レナを連れてお遊びが目的とはな……。あんな小娘のどこがいいというのだ?」
アトス将軍は、返答に困り黙っている。
「小さな女の子をかわいがるウルネス様なんて、気持ち悪いだろうが……」
さらにストレートに愚痴をこぼすメルブ将軍。
「メルブ様……言い方に気を付けた方が……」
思わずたしなめるアトス将軍。
「別にいいではないですか。実際にレナは護衛ができるわけですから」
アトス将軍がフォローするが、メルブ将軍は納得いかない様子だ。
「俺はウルネス様の好みをよく知っているんだぞ? 俺は王が心配だよ」
その言葉に、アトス将軍は思わず笑ってしまった。
その時突然、突風が吹いた。辺りの木々が、ざわざわと葉を揺らす。
そして風が止むと、それぞれが任務に意識を戻した。
レナは髪を耳にかけ、北の大地を見つめる。まだ、これから始まる恐怖を知る由もない一行。
異変は、すぐに起こることになる――。