第17話 目覚め
「美味しかったぁ」
おなかいっぱいになったレナは、大満足で中庭を一人で歩いていた。
王宮に来てから、一カ月がたとうとしていた。レナの歩いているこの中庭も、最初は広すぎて迷子になったものだ。
こんなに広いにもかかわらず、なぜか中庭には誰もいなかった。
ふと、レナは足を止めた。
「…………」
そのまま、その場にたたずむ。
(……何? なんだろう?)
レナの表情が急に引き締まる。誰かに見られているような気配を感じた。
その時、空がキラリと光った。
「⁉︎」
レナは反射的に剣を抜き、飛んできた何かを切った。
「えっ⁉︎」
そして思わず声を上げた。
足元に落ちていたのは、真っ二つに折れた弓矢だったのだ。
(弓矢⁉︎)
レナは慌てて辺りを見回した。先ほどまでしていた人の気配は、もう感じられなかった。
(なぜ弓矢が……まさか私を狙ったの⁉︎)
青ざめるレナ。
(どうして……一体誰が……?)
しかし、ふと一人、思い当たった。
(もしかして、メルブ将軍の訓練?)
勝手にショックを受ける。
「まさか……いや、メルブ将軍ならあり得るか……?」
レナはぶつぶつ独り言を言いながら、その場を立ち去った。そして中庭は誰もいなくなり、折れた弓矢だけが残った。
しばらくして、その弓矢を拾う者がいた。その人物は、レナが初めて王宮に来た時に、宴で剣を交えた将校だった。
将校は弓矢を見てニヤリと笑った。
「いいもん、見ちゃった……」
***
セラ王妃は、宮殿の自室でくつろいでいるところだった。
すると、セラ王妃の元に侍女が困惑顔でやってきた。
「セラ様、あの……」
「どうしたの?」
「将校が、お目にかかりたいと申しております」
「将校が?」
そして、侍女はためらいながら折れた弓矢を見せた。
「…………」
セラ王妃は弓矢を見つめながら、顔色ひとつ変えず静かに言った。
「……いいわ、通しなさい」
しばらくして、将校がセラ王妃の元に通された。将校は、わざとらしくかしこまって一礼する。
「突然押しかけてしまい、申し訳ございません」
セラ王妃は少しも慌てる様子はない。
「……将校、なんの用ですか?」
将校は、もったいつけるようにして話し始める。
「先ほど偶然、ある現場に居合わせましてね」
「…………」
しかしセラ王妃は何も言わないので、将校は核心を突いた。
「セラ様、単刀直入に言います。今の刺客でレナを殺すのは、まず無理でしょう」
それでもセラ王妃は平然としている。
「……一体なんの話ですか?」
さすがだなと感心しながら、将校も構わずに続けた。
「それに、城の人間を使ってバレれば、セラ様にも都合が悪いかと……レナは今、ウルネス様のお気に入りだとか」
ここで初めて、セラ王妃は将校をじろりとにらんだ。
これには将校も、慌てて取り繕う。
「ま、まぁ……すぐに飽きると思いますがっ」
(お~怖っ!)
調子に乗って、セラ王妃の怒りを買っては元も子もない。将校はセラ王妃に近づくと、膝をつき声を落として言った。
「私に、任せていただけませんか?」
「⁉︎」
セラ王妃は、将校の思いがけない提案に驚いた。
「身元のバレない、手練れの刺客を用意しましょう」
しかし、将校は本気のようだった。
(なぜ将校が、そんなことを……?)
しかし、すぐに理由に思い至った。
(そうか……宴の席ではあったが、プライドが傷つけられたか)
それどころか、メルブ将軍の直属部隊に大ばってきされ、ダラム暗殺の手柄のうわさは、私にまで届いている。
(実績すらあの娘の下になってしまった、というわけか)
「……いいでしょう」
セラ王妃は、静かに答えた。
「ありがとうございます」
将校は上目遣いで笑った。
「では、時が来ましたら、またごあいさつに参ります」
将校は一礼すると部屋を出て行った。
セラ王妃は、ため息をついた。
(レナ、おまえに恨みはないが……あまりにも似すぎている、おまえが悪いのだ)
そして、目を閉じる。
(おまえの存在は、あの忌まわしい過去を思い出させる……)
『……フ……フフ』
その時、どこからともなく声がした。
『クスクス……フフ……』
『ククク……クク』
「⁉︎」
セラ王妃は驚いて目を見開いた。
『われわれが……レナを……殺してやろう……』
そのざらついた声に、美しい顔がみるみる青ざめていく。
(こっ、この声は⁉︎)
『ククク……』
『われわれを、解放すれば……望みをかなえてやろう……』
(こんなところまで、奴らの声が入り込んでくるなんて!)
こんなことは、あってはならなかった。恐怖のあまり絶句する。
(ああ、嫌な予感がする!)
セラ王妃は、心の中で叫んだ。
(あの娘――レナ!)
「このままにはしておけない……」
そして、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「絶対に……!」
その日は、月も星もない真っ暗な夜だった。
『ねえ、あの方が目覚めるわ』
『えっ⁉︎ あの方が⁉︎』
『本当に?』
『ええ、本当よ』
『おお! やっと目覚められるのか!』
『なんて素晴らしいことかしら!』
その時、漆黒の空に亀裂が入った。
そしてその亀裂から、黒い何かが人間界へと落ちてきた。