第16話 恐ろしい力
貯蔵庫の中は真っ暗だった。
ダラムたちは、扉を見上げながら身動きできずにいた。
「俺としたことが! 油断したわ!」
ダラムは思わず叫んだ。
(それにしても、なぜこんなことを⁉︎ この俺を捕まえたつもりか⁉︎)
その時、ダラムたちは背後に明かりを感じた。
「⁉︎」
驚いて振り向くと、通路の一番奥にレナがランプを持って立っていた。
貯蔵庫内の明かりは、レナが持っている小さなランプの火だけだった。ゆらゆらと心もとなく揺れる小さな火が、レナの顔を照らしている。
レナの目は怒りに満ち、しかし、静かにダラムを見ていた。
「貴様……!」
ダラムはレナをにらみつけた。
(どういうことだ⁉︎ 一体何が狙いなんだ⁉︎)
すると、レナはゆっくりとランプの火に顔を近づける。そして火を吹き消した。
貯蔵庫内は一瞬にして暗闇に満たされた。
扉の外では、隊長たちが待機していた。
「…………」
中の様子を聞き取ろうと扉に耳を当てて集中しているが、なんの物音もしない。
静かすぎる――。
(どうしたんだ? 何が起こっている? 何も起こっていないのか?)
大広間の方からは大声が聞こえてくる。きっと火事が騒ぎになっているのだろう。
(レナ、何してるんだ!)
次の瞬間――。
「終わりました」
扉の奥からレナの声が聞こえた。
「えっ?」
隊長たちは、一瞬時が止まったように感じた。
(終わった……?)
言葉の意味が理解できず、ただ扉を見つめるしかなかった。中は相変わらず静かだ。ずっと耳を澄ませていたが、物音などしなかったはずだ。
隊長たちは顔を見合わせ、静かにうなずいた。そして、恐る恐る扉を開ける。
中は真っ暗で何も見えなかった。
隊長たちは、なぜか言い知れぬ恐怖を感じ始めていた。
さらに扉を開けると、差し込んだ外の光が階段を降りていき、奥まで照らしていく。
そこに、レナが一人で立っていた。
息が上がっている様子もなく、戦った形跡は感じられない。しかし、レナの頬には返り血のような血痕があった。そして、その無表情が逆に物恐ろしさを漂わせていた。
そして、その奥には――恐ろしい光景が広がっていた。
レナの足元には、大きな血だまりができている。その血だまりの中に、ダラムたちが仰向けで倒れていた。
「なっ――⁉︎」
隊長たちは背筋が凍りついた。ダラムたちは、既に死んでいたのだ。
しかも皆一様に同じ表情をしている。何が起こったのか分からず、少し驚いているような……そんな表情だった。
こうして、レナの初任務は成功に終わったのだった。
***
王宮の会議の間で、メルブ将軍が隊長から報告を受けていた。
「ついに、最高の成果を上げることができました」
隊長の言葉に、メルブ将軍もうなずいた。
「ああ、ウルネス様もお喜びだ。まさかいきなりこんなにうまくいくとはな」
「やはり、レナを使う作戦が功を奏しましたね」
そう言うと、隊長は突然真顔になり黙り込んでしまった。
その様子にメルブ将軍が気づく。
「どうした?」
メルブ将軍の問いに、隊長は慎重に言葉を選ぶように答えた。
「ただ……あれを見た時は……正直ぞっとしました」
それは、メルブ将軍にとって思いがけない言葉だった。
あの時のことを思い出すと、隊長はまだ心がざわついた。われわれがあれほど手こずってきたダラムを、レナは簡単に仕留めてしまったのだから。
「暗闇で音もなく忍び寄られては、強さなど、なんの意味もありません」
仰向けで死んでいた、ダラムの顔を思い出す。
「ダラムのあの表情……やつは、何が起きたのか分からないうちに死んでいたと思います」
メルブ将軍は、隊長の目に恐怖の色が浮かんでいるのを見逃さなかった。
「あの静けさは、まさに『異様』としか言いようがなく、私はレナに恐怖を感じました」
「……そうであったか」
メルブ将軍はつぶやいた。
「おまえにそこまで言わせるとは……なんというやつよ」
二人はそのまま窓の外を見た。ちょうどレナが見える。
中庭にある大きな木にたくさんの実がなっていて、侍女たちがレナにそれを採ってくれと頼んでいるところだった。
「どっちですか?」
「右です、右!」
レナは木の枝を素早く移動して、実を収穫していく。
「すごい動き! レナ様、あなた一体何者なんですかー?」
「あははは!」
侍女たちが笑う。
「ただの兵士ですけど〜。落としますよ、いいですか?」
レナも笑いながら、次々と実を落としていく。
「きゃー、待って待って!」
「あははは、大丈夫ですかー?」
侍女たちと楽しそうにはしゃぐレナの姿に、隊長はふっと笑った。
「任務を離れれば、レナはまだまだ子供です」
だからこその恐怖だったのかもしれない。
「レナは、自分の力の恐ろしさが分かっていない」
あの時、血だまりの中でこちらを見上げていたレナの表情が『無垢』だとしたら――。
「そのような力を秘めるには、まだ幼く……危険です」
隊長の言葉は、メルブ将軍の心に刺さった。
(なぜだ? なぜあの娘はそのような力を持っているのだ?)
自分が利用しようとしている力は、得体の知れぬ恐ろしいものだというのか――?
レナは木の上で無邪気に笑っている。
そして揺れる髪を耳にかけると、果実を一口かじった。