第10話 手合わせ
アトス将軍は、好奇心を大いに刺激された。この娘の剣は、どれほどのものなのか。そして、すぐに攻撃に出た。
レナが剣を避けると、その剣の軌道があり得ない角度で曲がり、レナを目掛けてきた。
「なっ⁉︎」
レナは思わず声が出る。アトス将軍の剛腕の成せる技だった。レナは自分の剣を盾にして、かろうじて回避した。ものすごい威力に、剣を受けた手がしびれた。
(こんなの、まともに受けたらひとたまりもない!)
レナは全身に冷や汗が流れた。息をつく暇もなくアトス将軍の攻撃が続く。まともに受けないよう、なんとかかわしていくレナ。しかし、アトス将軍のスピードと威力が桁違いで、かわすだけで精一杯の状態だった。
まさに『圧倒される』の一言だった。
レナにとって絶望的な状況だったが、周りの兵士たちからは驚きの声が上がっていた。
「すげえ……あいつ、アトス様の攻撃を耐えてやがる」
一方的ではあるものの、ここまでアトス将軍の攻撃に耐えられる者はそうそういなかった。
アトス将軍も驚いていた。
(身軽さゆえか? とはいえ、これほどの素早い動きができるとは……)
そして目を輝かせた。
(こいつ、俺の剣が見えてるのか?)
レナは意図せずして、アトス将軍を楽しくさせてしまった。よって、攻撃のギアがさらに上がってしまった。
「――⁉︎」
もう避けきれないと思った瞬間、レナは恐怖で体が動かなくなった。そして、アトス将軍の剣をまともに受けてしまった。
「うっ!」
レナは弾き飛ばされ、地面を転がり、そのまま壁に激突した。
「おおっ!」
兵士たちから声が上がる。
レナは衝撃と痛みで一瞬息が止まったが、動かなければとどめを刺されてしまう。すぐに体を起こし、なんとか剣を構える。しかし恐怖で呼吸がうまく整えられない。
レナはもう泣きそうだった。
兵士たちは、この不思議な対戦にくぎづけになった。
「大したもんだぜ、あいつ」
「アトス様が楽しそうだもんな。だが、もうそろそろ限界か?」
アトス将軍も何か考え込んでいたが、おもむろにレナに質問してきた。
「攻撃はどうした? レナ」
「えっ?」
「おまえの攻撃は、最初のあれひとつだけか?」
「うっ……」
図星だった――。
核心を突かれ動揺するレナ。攻撃できる余裕もなかったが、このままかわし続けるのも限界だった。
(よし……こうなったら)
剣をグッと握る。
(いちかばちか、正面からの連続攻撃だ!)
レナは意を決して地面を蹴った。
兵士たちが驚く。
「うおお⁉︎ あいつ、アトス様の挑発に簡単に乗ってるぞ!」
案の定アトス将軍は、飛びかかってっきたレナの一撃を軽くあしらった。そして、レナの攻撃を見た全員が衝撃を受ける。
なんという非力――!
跳ね返されたレナは、自分の浅はかな考えが恥ずかしくなった。
「ぷっ……」
「ぷぷっ……」
その時、どこからともなく変な声が聞こえてくる。レナが振り返ると、周りの兵士たちがゲラゲラと笑い出した。
「弱ええ~!」
「うそだろー⁉︎ こんな非力なやつ、初めて見たぜ!」
兵士たちは、本当に楽しそうに笑っている。
「スピードとパワーのバランスが、おかしすぎだろ!」
「アトス様~! なんすか、そいつ?」
(笑われたー!)
レナは真っ赤になった。
(やっぱり、やるんじゃなかった! しかも全然連続にもっていけてないし!)
そして激しく後悔した。
「ふふっ……おい、決着はつけるぞ」
アトス将軍も笑いをこらえているように見えて、さらに恥ずかしかった。
「これで最後だ」
そう言うと、アトス将軍が踏み込んできた。
レナは瞬時に集中した。
(突きだ――アトス将軍は突きでくる!)
カウンターでいけるかもしれない、と思った時だった。アトス将軍は、自分の持っている剣を離したのだ。
「えっ⁉︎」
レナは一瞬訳がわからなくなり、アトス将軍の手を凝視してしまった。するとその手が、レナの目の前に迫ってきた。
「あっ⁉︎」
次の瞬間、レナの左肩はアトス将軍にわしづかみにされていた。
周りの兵士たちが叫ぶ。
「やった、捕まえたぞ!」
アトス将軍はもう片方の手で、剣を握っているレナの手ごとつかむ。そしてそのまま、レナの剣をレナの喉元に突きつけた。本当にすごい力で、レナは全く身動きが取れなかった。
(強い……強すぎる! 次元が違う――!)
レナはもう放心状態だった。
勝負の決着がつき、兵士たちから歓声が上がった。
アトス将軍は、レナの体が軽く華奢なことに驚いた。なぜ、このような娘が兵士になったのか?
ともかく決着がついたので、アトス将軍はレナをそっと解放した。
兵士のひとりが近づいてきて、アトス将軍の剣を拾うと笑顔で渡した。
「アトス様、この面白い兵士はなんですか?」
「さあな」
アトス将軍も笑った。
レナは放心状態のままだったが、その表情はむしろ恍惚と言ってよかった。
「あ、あ……ありがとうございました!」
レナは慌てて頭を下げた。
すごい体験をしてしまった――。
自分の想像をはるかにこえる強さを、目の当たりにしてしまった。そして素直に感動していた。
(自分も、もっともっと強くなりたい――!)
レナは心からそう思った。