表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イージアン  作者: 高田
第一章 レナ
1/56

第1話 レナ


 エスプラタ国の王宮は、夜の闇に包まれていた。

 暗闇の中に、青い瞳が光を宿したように浮かび上がる。そして、その瞳は真っすぐに一点を見つめている。

 視線の先には、王宮の高い塀を見上げる一人の男の姿があった。男はマントのフードを深くかぶり、警戒するように辺りを見回しながら足早にその場を立ち去った。

 一瞬の静寂のあと、王宮の警備兵たちが男の後を静かに追いかける。警備兵のリーダーが、隣にいる青い瞳の兵士に声をかけた。


「レナ、見失うなよ」


「はい」


 声をかけられたレナという名の兵士は、去っていく男から目を離さずに返事をした。


***


 マントの男は市街地を抜け、野原を進んでいく。そしてツタが滝のように生い茂る崖のふもとまでくると、やはり辺りを気にしながらツタを手でかき分け中へ消えていった。

 レナはその様子を離れた場所から見ていたが、ツタの奥に扉があるのを見逃さなかった。


「入口を確認しました」


 レナは隣にいるリーダーに伝える。

 するとリーダーはニヤリと笑い、周りにいる警備兵たちに声をかけた。


「さあ、行くぞ」


 リーダーの掛け声に、警備兵たちは一斉に剣を抜いた。

 マントの男が入っていった扉の奧は、洞窟になっていた。洞窟内では数人の男たちがテーブルを囲み、何やら相談をしている。そして、マントの男に気がつくと軽く手を上げた。


「警備の手薄な、いい抜け道を見つけたぞ」


「そうか、やったな」


 マントの男がそう言うと、テーブルを囲んでいた男たちも声を弾ませた。

 しかし次の瞬間――。

 扉を突き破って警備兵たちがなだれ込んできた。


「なっ、なんだ⁉︎」


 突然のことに、洞窟内の男たちは叫んだ。


「ひとり残らず捕まえろ!」


「うわあぁ! 逃げろ!」


 叫び声が入り乱れ、洞窟内は一瞬にしてパニックになった。


「闇に紛れて逃げろ!」


 マントの男はそう叫んで、テーブルの上に置いてあったロウソクの火を吹き消した。

 洞窟内は真っ暗になる。

 その時、レナの耳にリーダーの声が聞こえた。


「外に逃げるぞ! レナ、頼む!」


「はい!」


 レナは返事をすると走り出した。

 マントの男は洞窟の外に飛び出すと、慌てて草むらの中に逃げ込んだ。しかしすぐに男の周りで草のこすれる音がする。慌てて目を凝らすが、暗くて何も見えない。

 その時、男は音もなく近づいてくる二つの小さな光に気がついた。それが敵の兵士の目だとわかった時には、もう目の前に迫っていて、男の顔は恐怖でひきつった。

 しかし、兵士の姿は突然目の前から消える。


「え?」


 男が声を上げた瞬間、足に衝撃が走り膝に力が入らなくなった。消えた兵士は、男の背後に回り込んで足を払っていたのだ。

 そのまま男が仰向けに倒れると、兵士は剣を喉元に突きつけた。


「動くな」


 男に馬乗りになった兵士は、静かに命令した。

 その兵士の顔を間近で見た男は、驚かずにはいられなかった。


「なっ――女⁉︎」


 目の前の兵士は、まだ若い娘だったのだ。

 男が目を見開いた瞬間、剣が喉に食い込んできて思わず息が詰まった。無言で見下ろす娘の目は恐ろしいくらい冷酷で、恐怖から冷や汗がどっと出る。

 その時、リーダーの制する声が響いた。


「待て、レナ。殺すな」


 その声に反応して、レナは動きを止めた。そして瞳から氷のような冷気をすうっと消すと、そのまま男から大人しく離れた。

 リーダーとレナが男を連れて洞窟まで戻ると、洞窟内にいた男たちも仲間の警備兵たちに制圧されていた。

 そしてレナは、仲間たちの中にムルの姿を見つけた。ムルはレナの住む村の村長であり、父親のように慕い尊敬する人物だ。

 レナは、ぱっと笑顔になった。


「ムル様〜!」


 先程までとは打って変わって無邪気な声を上げる。ポニーテールをふわふわと揺らしながら、満面の笑みでムルに駆け寄った。

 ムルもレナに気がつき頬を緩めた。


「よくやったな、レナ」


「ありがとうございます!」


 レナは褒められたことが嬉しくて、大きな声で返事をした。

 すると隣にいた仲間が、レナの肩に肘を乗せてきた。


「おいおい、なんだよ。今日も手柄を独り占めか?」


「えっ? まあ……そうですねえ」


「おっ、言うねえ」


 レナがおどけた表情で返事をしたので、頭をくしゃくしゃになでられる。


「まあ、おまえの目は暗闇で本当に役に立つからな!」


「きゃああ、ありがとうございます!」


 レナは頭をおさえながら笑い声を上げた。

 いつものじゃれあいのそばで、ムルとリーダーが少し声を落として会話をしている。


「それにしても、王宮への侵入者は今月に入って三人目か」


「確かに、多いですね……」


 それは、国王暗殺の動きが活発になっていることを意味していた。

 ムルは気を取り直すように指示を出した。


「さあ、こいつらを王宮へ連れていくぞ」


***


 レナは仲間と一緒に王宮へは行かず、一足先に村に戻った。

 すると腕組みをした少年兵のルカスに出迎えられる。


「また王宮の警備に行ってたのかよ」


 ルカスは不機嫌そうな顔をしていた。警備のメンバーに選ばれなかったのが悔しいのだ。

 そんなルカスに、レナはからかうように大げさに報告をした。


「うん、アジトを見つけてムル様に褒められちゃった」


「ちぇっ、ずるいぞ。レナばっかり」


「私の方が年上だからね」


「一つしか違わねえだろ」


 歯を見せて笑うレナに、ルカスはムキになって言い返した。そして、むすっとしていたルカスだったが、唐突に質問してきた。


「それにしても、なんでレナだけいつも先に帰ってくるんだよ?」


「え?」


 思わず聞き返すレナに、ルカスは続けた。


「今日だってどうせレナの手柄なんだろ? はっきり言ってもう警備の中心メンバーじゃん」


 今日もムル様から先に村に戻るように言われたが、確かに、深く考えたことはなかった。私はまだ子どもだし、女だからかもしれないと思った。理由はわからなかったが、ふざけてルカスに聞き返した。


()()()女の子だから?」


「おいっ」


 目を細めたルカスから、強めのツッコミが返ってきた。ルカスは口をとがらせて、まだ食い下がってくる。


「レナの()()だって、もうこの辺じゃ有名だしよお」


「能力だなんて……大げさだよ」


「ちぇっ、当の本人はこれだよ」


 天を仰いでそう言ったルカスは、拳を握りしめた。


「剣では俺の方が上なんだ! 俺だって、レナみたいな能力があったら……女子にモテるのによー!」


「そこかいっ」


 ルカスの叫びに、レナは声を出して笑ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ