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6. 観望会が始まる前に

 夏休み最後の夜、ハルカみらい天文台主催の観望会が行われる。


 招待した月見里さん……だとちょっとクラスメイトとかぶるから弦さんと呼ばせてもらおうかな。

 弦さん達参加者は夕方からだけど、僕の立場は主催者側。準備は日があるうちから始まる。と言っても僕の役割はそう難しくない。精々が飲み物とかお菓子などの買い出し。


 それと望遠鏡の組み立てを何台か任されている。

 星空案内人になる過程で、望遠鏡の組み立ては基本やる。


 天体望遠鏡は大きく分けると二種類。

 屈折望遠鏡と反射望遠鏡だ。

 電波望遠鏡は今日出番がないし別枠なので割愛。


 レンズを組み合わせたものが屈折望遠鏡。そして鏡で光を集めるものが反射望遠鏡だ。

 前者はガリレオ・ガリレイ、後者はアイザック・ニュートンが発明した。

 両者とも知らない人はいないビッグネームだ。ガリレオ式よりそれを改良したケプラー式が一般的なんだけど、ドラマのタイトルなんかにも使われているわけだしネームバリューはやっぱりガリレオじゃないかな。



 望遠鏡を使うためにはもちろん組み立てる必要がある。

 天体望遠鏡を構成するのは主に、脚部・架台・鏡筒、の三つだ。



 最初に設置するのは脚部。

 今夜の観望会では、アルミ製の三脚を使う。

 木製とかステンレス製もあるみたいだし、三脚タイプじゃないのも存在するんだけど今日は使わない。


 一つ特殊なルールがあるとすれば、それは北に向ける部分が固定されているということだろう。

 コンパス(私物)を用いてNと書かれた脚を北に合わせる。

 水平に合わせる必要もあるから水平器(コンパスについている)を使って三脚の位置を決めていく。

 ホントはスマホのアプリの方が便利だったりするんだけど、僕の場合こっちの方がカッコいいという理由でこれを使っている。

 これを使う利点は、これ自身は光っていないということくらい。

 暗さに目が慣れた状態でスマホを触ると、明るさに目が眩んで下手したらまた三十分ほどかけて目を鳴らさなきゃならない。

 その点このコンパスならちょっと細工した懐中電灯を使ってその時間をなくす、または短くする事ができる。

 なお、今はまだ太陽が明るい時間帯だ。


 次に架台。

 望遠鏡本体と脚部を繋ぐ部分で、望遠鏡を動かすのはこの部分だ。

 経緯台と赤道儀があって、基本的に使うのは赤道儀の方になる。

 設置にルールがあること(経緯台では脚部を北に合わせる必要なし)と重たいのと操作が分かりづらいこと、ついでに値段が高いことを除けば赤道儀の方がずっと優秀だ。

 何せ地球は二十四時間三六五日休まず回っている。それが何を意味するのか、望遠鏡を覗いているとよく分かる。

 視界が狭い望遠鏡では、星がすぐに逃げていってしまう。縦と横に動かす経緯台ではそれを追う事が難しいけど、二つの回転軸で成り立っている赤道儀を使うと地球の自転に合わせて星を追いかける事ができる。


 これにも少しルールがあって、高度をその地点の緯度に合わせる必要がある。

 この操作と、脚部の調整によって自然と極軸という名前の部分が北極星に向くようになっている。極軸にそって望遠鏡本体を取り付ければ(理論上)北極星を見ることができるという訳だ。

 この高度は観望会ではずっと固定したまま別の軸を動かすから、最初にここの緯度に合わせた時以来ほとんど触ってない。いつものようにちゃんとここの緯度になっているか確認して終わりだ。


 架台を三脚に乗せたらいよいよ鏡筒の出番だ。

 鏡筒とは、レンズや鏡を使って光を集める部分のこと。


 今から設置するのは屈折望遠鏡(鏡は使わずレンズで集光するタイプ)。

 反射望遠鏡に比べて重たいので落とさないように注意して架台に設置し、バランスを取るためのウエイトを取り付ける。観測の時に動かす軸を緩めて、鏡筒を水平に持っていった時に動かなくなるまで調整すればOK。

 あ、ちょっとピント合わせ部分を考慮できていなかった。修正、っと。


 地味に背の高さが必要な作業で、小学生だったのぞみがやった時は特に鏡筒を取り付ける作業を苦手としていた。自分の顔の位置くらいの高さで鏡筒を支えながらネジで固定するか、高さを下げるなら今度は鏡筒と架台の接合部を傾けながら留めないといけない。

 もう一本手が欲しいとは何回も聞いた。

 もう十センチ身長が欲しいとはそれ以上に聞いた。

 手と身長が増えたらリベンジするらしい。

 いや手は増えないと当時思ったものだけど、結局身長がそれほど伸びなかった今、手の方が魔法とやらで補えそうな気がする。

 魔法については相変わらず全然教えてくれない訳だけど。


 これでとりあえず組み立ては終わり。

 続いてファインダーの調整を行う。


 ファインダーは、鏡筒の横についてる小さな円筒状の装置で、観望会ではこれを使って星を捉える。

 広い視野で探して、倍率の高い望遠鏡で詳しく見るイメージ。なので今からファインダーの視界の中央と、望遠鏡の視界の中央を一致させないといけない。

 この作業は普通日中の明るい時に行う。

 星や月だとどんどん動いて行くので不向きだし、望遠鏡の視界になかなか入ってくれない。

 なのでいつも適当な鉄塔の先端なんかで合わせるようにしている。

 レンズ越しだと上下左右が反対するし、ファインダーはネジを締める・緩めるで位置を調整するから慣れないうちはかなり難しかった。


 そんなこんなで僕の担当分である四台の望遠鏡の組み立てが完了。


「大輔くん、おつかれさん。アイスあるよ」


「ありがとうございます」


 館長さんからねぎらいの言葉と棒アイスをもらう。

 最初に比べて随分とスムーズにできるようになった。


「受付開始までもうちょっとあるから中で休んでていいよ。でも開始時間に間に合うように受付に向かってね」


「はーい。名簿っていつもの場所ですよね」


「そうそう、変わってないよ」


 束の間の休息。

 と言ってもやる事は今日の観望会の予習だ。

 半分(以上)趣味なだけあって、紹介したいものはたくさんある。

 夏の星空だと、やっぱり彦星と織姫が主役かな。

 その辺は二週間くらい前の旧七夕でも紹介したからまだソラで言える。

 その時と違って今日は月も出ていないし夏の大三角のすぐそばにある、いるか座の紹介でもしようかな。肉眼では条件よくないと見えないけど、今日なら見えると思う。海にいる方の海豚(いるか)もどことなく夏っぽい雰囲気あるしいるか座の話をしてみよう。

 ちょっと検索。

 へぇ、海豚は冬の季語か。夏の星座なのに。これネタにできるなぁ。


 今思えば、先に名簿を確認しててもよかった。

 そうすれば、参加者に月見山の名前が二つある事にもっと早く気がついて、自分が先延ばしにした説明を言い訳みたいに言う羽目から逃れる事が、……できたかなぁ。

 なんとか直前で、クラスメイトが来る事を知れただけ僥倖と思おう。というか来るなら先月でしょ。流星群見に他のクラスメイトも来てたんだよ。今日は僕やのぞみの同級生いないから平均年齢高めだぞ。


 弦さんから連絡? 来てた。

 ただメールって普段使わないから見る習慣なくて気づかなかった。






「こんばんは。奇遇……ってほど偶然でもないよね、天辻君」


 受付で、クラスメイトと登校日ぶりの再会。最後に会話をしたのは一ヶ月以上も前だ。

 前に関わり持たないように言われたから例え血縁者だったとしても呼ぶつもりなかったのに。誘って来ない、誘わないと来るとか猫かよ、猫だったわ。


「こんばんは。まぁそうだね。でも参加者名簿見てびっくりしたのも本当だよ。月見山さんが来る確率はそう高くはないと思ってた。別に星に興味ない人呼ぶ気はなかったし」


 興味がない人を無理矢理参加させていいことなんて一つもない。

 というのを、ちゃんと僕は過去から学んでいる。


 不思議そうにしている月見山さんのお父さんが口を開く。


「知り合いなら話が早い。二人とも月見山でややこしいから私の事は弦と呼んでくれ。それで、君は娘とどういう関係かな」


「「…………」」


 二人で顔を見合わせる。

 ちょっと説明に困るんだよな。

 ただのクラスメイト?

 でも一応獣人のことを知ってるし、それほど無関係でもないよね。

 結局親しい訳じゃない。どういう関係だ?


「言ってなかったんだ」


「そっちこそ」


「いやだって、お父さんだって分かったでしょう?」


「一応他人の可能性は考えてたよ。そうじゃなくても、そこまで踏み込む必要なかったし」


 なんか言い訳がましい気がするけど、言ってる事はそれほど間違っていないはずだ。


「まぁいいや、天辻君はクラスメイトなの。彼、学校では天文好きとしてちょっとした有名人なんだ」


「ほう」


「それとね」


 なんか月見山さんと目が合った。

 少しだけ面白がるような視線を感じて首を傾げる。

 彼女はなんだか、すごい悪戯を思いついたような顔をしていて、なんだか嫌な予感がしてくる。


 月見山さんは両手を頭の上に持っていき、ネコ耳を模した形にして、可愛らしく言い放つ。

 止める事は出来なかった。


「にゃん!」


「やめろ! 人の黒歴史掘り返すの卑怯!」


 昔の自分グッジョブ。

 過去の馬鹿と現在の眼福を天秤にかけて若干眼福の方に傾いた。でもできる事ならこの羞恥心とは無関係で過ごしていたかったよ。照れ隠しで声を上げるの初めてかもしれない。

 というか月見山さんのお父さん、弦さんが絶句しているじゃないか。


「まぁ簡単に言うと、天辻君のお母さんがこっち側でお父さんが見える人らしいの。私は天辻君の妹さんにしか会ってないけど、()()のように可愛らしい娘だったよ。だからお父さんの耳もしっかり見えてる。だよね?」


「すみません、黙ってて。今日、妹も母も来ていないので紹介できないのが残念ですが」


 僕はほぼ毎回準備段階(たまに企画段階)から参加してるけど、のぞみがいるのは半分いかないくらい。それに、たまにこちら側なだけで多くは参加者として来ている。人が多かったら参加側から運営側に切り替わる我がハルカみらい天文台の隠し球要員だ。先月はありがとう。

 そういえばすっかり忘れてたけど、今日弦さんが来るなら父さんや母さん呼んでおけばよかった。

 最初の頃は何回か来てくれたんだけど、もう呼んでも来ないからすっかり頭から抜け落ちてた。


 弦さんにマジマジと見られてる。多分頭の上を。

 立場逆じゃない?


「あー、君自身はそうじゃないのかい?」


「僕はほぼ部外者ですね。月見山さんがそうなのも先月まで知りませんでした」


 月見里(やまなし)(げん)月見里(やまなし)雪月(ゆづき)と書かれた参加者用の名札を渡し、ついでに一口サイズのお菓子も受け取ってもらう。

 参加費は僕の招待枠だからタダにしといた(と言っても数百円だけど)。クラスメイトに使ったのは初めてだ。のぞみと両親にしか使った事がない。

 月見里さんの下の名前の漢字を今知ったけど、親子で月に関連する名前がついてるなんて素敵だと思う。二月生まれかな? 今夜機会があったら聞いてみるつもりだ。


「ねぇ、これいつもやってるの?」


「受付のこと? そうだよ」


 隣にもスタッフ側の人がいて、目線だけで任せる。

 さっきまでは隣の人が知人と話していて、僕がほぼ一人で受付やっていたのが功を成してすんなりいった。


「あ、虫とか平気?」


「心配しなくても、虫を追いかけ回すような年でもないわよ」


 ……?

 言い回しがよく分からなかったけど、苦手じゃないならそれでいい。


「まぁ、追いかけ回せるなら問題ないよ」


 目を逸らしてしまった。

 外れた視線にわざわざ回り込んで、月見山さんがこちらに顔を近づけて来る。ちょっと違ったドキドキも生まれた。

 別に、後ろ暗いことを隠したい訳じゃないデスヨ。


「……」


「……」


「追いかけ回したの?」


「僕だけじゃないよ。それに、カブトムシに抗い難い魅力があるのが悪い」


 ほんの先月末。

 流星群と言っても飽きて来るクラスメイトはいるだろうとカブトムシの餌を近場に設置した。

 観望会が終わってカブトムシの罠を見に行く人を募ったら、来ていたうちの学校の男子が全員と、あと女子も数人集まった。

 遅い時間だったので中学生以下は呼んでない。


「それで、捕まえられたの?」


「蛾とカナブンなら大量だったよ。カブトムシはメスだけ。コクワガタとヒラタクワガタはオスが見つかったよ」


 クワガタの種類は一番ノリノリだった館長さんに鑑定してもらった。なんでも昔はミヤマやオオクワガタを見かける事ができたらしい。

 でもその時は残念ながら縁がなかった。


「なんというか、天辻君、だいぶ自由だよね」


「夏休みではっちゃけてるだけだよ」


「いや、夏休み入る前も自由だったよ」


 そういえばそうだね。

 あんまり自分を客観視なんてしないけど、普通は自分の名前が学校中に轟く事はないみたいだし一般から外れた行動をとっているのは事実だろう。

 好きなことを好きなだけしている自覚はある。

 自由って、だいぶ言葉を選んでもらった感があるな。


 と、そろそろ限度かな。


「虫除けスプレーまだならそっちのスペース使って。その辺で待っててくれたらいいから。でもその前に展示スペースに僕が学校サボって書いたレポートがあるから良かったら見ていってよ」


 サボってない。ちゃんと学校から許可をもぎとった。例の惑星食をまとめてある。始まるまでの暇つぶしにはもってこいだろう。

 という話は置いといて、ちょっと人が多くなって来たので僕も本業の受付を再開する。といっても今日は常連さんが多いからあんまり大変じゃない。先月末は新規さん(半分くらい僕が呼んだ)がいっぱいで大変だったな。


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