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4. でも肉球があるなら触らせて欲しい

「分かりました。今後特に深く関わる理由もなければ特に避ける理由もない、みたいな感じですね」


 月見里さんの発言をよくよく考えてみれば、それって今までと特に変わらないのか。


「今日話したのは今朝のお(れい)みたいなものよ。天辻君に少し猫派の普及に貢献して貰ったの」


「お兄ちゃん!?」


 バッとのぞみがこちらを向く。

 目が僅かに潤んでいてなんならここ最近で一番衝撃を受けた顔をしていた。

 明らかにさっき月見里さんに拒絶された時より傷付いてる。


「へ?」


 心当たり……ない事はないけどあれがそうなの?

 突如話を振られた動揺を隠し(たつもりになり)ながら、口を開く。


「あっと……。ジジツムコンですヨ?」


「お兄ちゃん?」


 尻尾と耳がヘタッと萎み、すごく哀しそうな顔で見つめられた。

 僕はきっと、一生妹に隠し事はできない。


「あの、あれだよ。この前の天体ショーで何をとち狂ったかネコ耳を配るってヤツがあったじゃん。実はあれの在庫を押し付けられてて、それをクラスの女子に配りました」


 涙目ののぞみを見ているとなんだかもの凄く悪いことをした気になってくるけど、冷静になって考えると別にそれがネコ派に与したと言われるようなことじゃなくない?


「……でもあれ、安物なだけあってイヌネコ兼用みたいな形状だったし、お兄ちゃんが『わん!』とさえ声を上げてくれたらイヌ耳になるよね」


 最後の足掻きのようにのぞみが一縷の望みをかけるけど、そんな事実は存在しない。

 トドメは月見山さんがさした。

 何故か得意気な顔で言い放つ。


「ちなみに、貴方のお兄さんはそれを取り出す時に『にゃん♡』と言ったわ」


 言ってねえよ。


 ……ん?

 いや言ってた。

 ♡以外は言ってた。


「うぅ。お兄ちゃんはイヌ派と信じていたのに」


「残念ね。せいぜいネコに踏み踏みマッサージされて落ち込んだ気分を癒されるといいわ」


 キャラ変わってない?

 大丈夫?


「いらない。お兄ちゃんに棒投げてもらうからそれ取ってくる」


 お前はお前で何言ってるんだ。

 いつもやってますみたいに言うのやめろ。

 ほら、月見山さんドン引きしてるじゃん。


「あの、天辻君……」


「待って待って、無実だから人を変態鬼畜野郎を見るような目で見ないで」


「そう。分かってるわよ」


 月見山さんは座る位置を少しずらし、僕と物理的な距離をとった。

 測ることはできないけど、おそらく心理的な距離はもっと離れていると思う。


「猫じゃらしとか出されても反応しないから」


「だろうね! 発想さえなかったよ」


「まぁ何にせよ、私達は私達をペットのように見る人たちから自衛しなきゃいけないのよ」


「なんで今僕の方を見ながらそれを言うの。ほらのぞみ、僕の社会的地位がゼロにならないうちに訂正して」


「お兄ちゃんそこまで社会的地位に拘らないじゃん」


「流石にマイナスになってしまう訳にはいかないんだよ」


「お兄ちゃんはイヌとネコ、いいや! 私と月見里さん、どっちをとるの!?」


「そりゃのぞみだよ」


「えへへ。ありがとう」


 コントみたいなやり取りをして、のぞみの頭を撫でる。

 耳があるからいつもと違うな。

 ちょっとその耳をくしゃっとしたい誘惑にかられるけど、人様の前なので自重。


 ……これ自重できてる?


「仲いいのね。私の周りってあんまり兄や弟と仲いい人いなんだけど」


「のぞみが甘え上手なだけだよ。こんな可愛い妹がすり寄ってきたら普通邪険にできないって」


「……。…………。ふーん、そう」


 何か言いたげで口を動かしたようだけど、それは()()()()()聞こえなかった。

 まぁしぶしぶではあるけど納得してくれたらしい。


「はーい。まぁこんな兄ですがこれからよろしくお願いします。お兄ちゃんは私が責任持ってイヌ派に改宗させますから雪月さんは安心してください」


「僕派閥に入る気ないんだけど。イヌもネコも可愛いし、比較する必要なくない?」


 言った瞬間、両者から圧を感じた。

 でも特に言う事はないらしい。


「まぁ、そうね。比較する必要はないわね」


「そうですね。ちょっと取り乱してしまいました。ごめんなさい」


 表面上は和解したよう。

 それでも二人とも本音を隠す気ないのが伝わってくる。


 ……。

 まぁいいや。

 表向き喧嘩しないだけの理性が残っているのなら問題ない。


 人類は対話によって戦争を回避できるって僕は信じてる。

 直訳したら触らぬ神に祟りなしになるかな。




「ファーストコンタクトは失敗か。ごめんね、のぞみ」


 月見里さんが立ち去った後、のぞみと二人でもう少しまったりすることにした。


「まぁしょうがないよ。あそこまで警戒されてたらもうどうしようもない。会って数分であの人の心を開けるなら詐欺師として暮らしていけると思うよ」


「そんなに? 何がまずかったんだろう」


 地雷を踏んでいたのに気づけもしないのは致命的だ。

 確かにもうちょっとやり様はあったと思うけど、乗ってくれた訳だしそこまで気にしてないと思ってたんだよなぁ。

 これからは大人しくしてよう。


「いやいや、お兄ちゃんが何やらかしたかは知らないけど、あれ全方位への警戒だったから違うよ」


「そうなの?」


「まぁ確実かと言われれば違うけど、九十九パーセントそう。まぁ警戒というより何かを怖がっている感じだったかな。もしお兄ちゃんが仲良くなりたいっていうなら長期戦だね。幸い時間はあるわけだし」


「僕よりのぞみは? さっき初めて獣人に会ったって言ってたし、なんかないの?」


「ん? んー。お兄ちゃん、ひょっとして私が月見里さんに同族意識みないなの持ってると思ってる?」


「? え、まぁそうかな。実際持ってるよね」


「正直そこまで……。例えばお兄ちゃん、大輔って名前だけど漢字含めて同じ名前の人に同族意識もったりする?」


「……するっちゃするかな」


「私も自分と同じ名前の人はそれだけで共感したりするよ。でも特段息が合わなければ一時(いっとき)話してバイバイ、程度だよね。そのくらいなんだ。実際今日ここに来た理由の内、私以外の獣人に会ってみたかった、って思いは全体の二割程度かなぁ。お兄ちゃんとその人が拗れたりしないか心配で私がいたら話早くて済むってのが四割。あとの四割は純粋にお兄ちゃんに誘われたからだよ」


「そんなもんなの?」


「うん。別にどうでもいいってほどじゃないけど、優先順位が高い訳でもないかなぁ。あ、でも志望校の参考にはなったかな。二年後ってお兄ちゃん達三年生だよね。雪月さんって部活入ってたりするの? 天文部? とうとう作るの?」


「いや面倒だし作らないよ。電波観測の機器でもあれば別かもしれないけど、せいぜい予算つく程度しかメリット無い。人手があってドブソニアン作るって言うなら参加したいけど、企画・人集めから全部やる気はない。自由度さがるだけだよ」


 ここまで一息。

 いや実際、素人の顧問につかれてもこっちが困る。

 やる気のない部員を手取り足取り育てる気もない。

 何かしたいなら学校通さずに個人で天文台にいけばいいんだよ。

 実際今度の流星群観望会は夏休み始まってることもあってクラスの何人かは来ることになっているわけだし部活じゃないと活動できないなんてことはない。

 余談だけど職員室で顧問探してない宣言をしたらホッとした雰囲気になった。


 にしても月見里さんの部活か。

 仲のいい男子何人かは何の部活やってるのか知ってるけど、女子は全然知らないなぁ。

 今日の態度からして放課後教室残るタイプではなさそうではあるけど、なんのヒントにもならない。


「なんか有名人だったりしないの? 学園のアイドル、みたいな」


「学園のアイドルって実在するの? 強いてうちの学校の有名人を上げるなら、アイドルとは別路線だけど僕だよ」


 いや、偶像という意味なら一緒か?

 廊下を歩いてたら突如知らない人に『あ、星の人』って言われるタイプ。

 違う学年まで知れ渡ってたのは笑った。

 うちの学校では"惑星食"という天文用語が人権を得ている。

 月が惑星を隠すという現象が有名なのはこの学校くらいだろう。


「あー、うん。私も学校サボって沖縄行きたかった。なんで連れて行ってくれなかったの」


「はいはい。次は一緒に見れるから」


「次は夜じゃん。しかも頑張ったら家からでも見えるし学校サボれないよ」


 レポートを夏休みまでに仕上げるという条件で授業いくつか出なくていい許可もらった僕に言われても困る。

 自由な校風、素晴らしい言葉だ。


「まぁ部活は機会があったら訊いとくよ。まぁ関わらないでと言われたからそんな機会があるかは知らないけど」


「案外すぐかもよ」


「長期戦って言ったのはのぞみだよ」


「途中、私にだけ分かるように『愛されてるのね』って言われたんだ。もちろん『自慢の兄だよ』って返したよ」


「ん、え? いつ?」


「ちょっと不自然な間があったじゃん。そこでお兄ちゃんじゃ聞こえないように囁かれたんだ」


 不自然な間、あったか?

 まぁいいや。のぞみがそう言うならあったんだろう。


「テレパシー的なやつ? 魔法って本当にあったんだね」


「あー。魔法っちゃ魔法かもしれないけど、お兄ちゃんが思ってるより物理現象に沿ってるよ。私達、人間じゃ聞こえない音域で話せるからね。超音波ってやつだよ。犬笛は知ってるよね。あんな感じ。その(ふだ)も自信作ではあるんだけど、流石に耳の再現はできないんだ。たぶん私と会う前にお兄ちゃんがその声聞こえないことを確認してたんじゃない?」


 そういえば僕がネコ耳見えることを伝えたのが朝で、コンタクトがあったのが昼休み。

 その間僕に何ができて何ができないのか調べてたのかな。


「隠したいことならわざわざ言う必要ないんじゃ? 同じ獣人? なんだし秘密の暗号とかなんじゃないの?」


「これ、別にバレても秘密は保たれるしいいんじゃない?」


「なんか軽いなぁ」


「だって私、普通の人間だからねー」


 普通?


「普通年頃の妹は兄と距離をとるものらしいぞ。少なくとも人前では」


「常識とは十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいうんだよ。つ! ま! り! お兄ちゃんが十八歳になるまで続ければ、お兄ちゃんに妹とは兄に甘える存在であると刷り込める」


 得意気に胸を張って宣言する内容じゃない。

 とりあえずアインシュタインに謝れ。

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