3. 三人寄れば一人は空気
放課後。
思ってたより放課後の教室って人が減らない。
勉強する人、友達と駄弁る人が多い。
僕? さっさと帰る人。
これについては月見山さんの方も誤算だったようで、少し困った顔をし、帰る準備をして尻尾で僕にも教室を出るように促した。
なにそれ超便利。
三本目の手が欲しいと何度も思った事があるけど、手に入れた先駆者はもういた。
耳はともかく、尻尾は今からでも手に入らないだろうか。
……。
駄目だ。のぞみの尻尾を見る限り、尻尾を振るくらいしかできそうにない。
月見山さんは短毛種の猫特有のほっそりとした長い尻尾だけど、のぞみのは長毛種な上に尻尾も短い。
僕の場合在りえたとしてもイヌになるんだから三つめは無理か。
第三の手は別の手段を考えないと。
尻尾についての考察をしながら外に出ると月見里さんが待っていた。
通学カバンは両手で持っていて膝を隠すようににある。
僕が出てきた瞬間、表情に変化はないのに耳と尻尾が動いた。
そう滅多なことでは表情が変わるタイプではないと思ってたけど、今朝もノリ良かったし意外と感情豊かな女の子みたいだ。
いや、意外とっておかしいよな。
でも(今朝のことだけど)第一印象はクールビューティーだったからやっぱり意外という言葉を使ってしまう。
「どこか落ち着ける場所知ってる?」
「あ、学外でもいい? 妹呼んであるんだ。たぶんその方が話早いと思うよ」
僕の方は初めから場所を変えるつもりだったから問題ない。
月見里さんも特に問題ないようで、場所は適当な喫茶店になった。
「どうも、初めまして。兄がいつもお世話になっております。天辻のぞみです」
妹が犬なのに猫をかぶっている。
ごめん。つまらないや。
自分の中で生まれた冗句を自ら却下する。
そも初対面の人相手に家族間でのハイテンションで向かって行かれても困る。
現在僕らは四人掛けのテーブルを囲んでいる。
こっち側にのぞみがいて、月見里さんの隣が空いている状態。
「月見里雪月よ。えっと、いきなりで失礼なんだけど、貴方達、実の兄妹なの?」
「当然の疑問ですよね。実の兄妹です。片親だけが獣人ですね。私、家族以外の獣人の方には初めてお会いしました」
うすうす気付いてたけど、これ僕いらないんじゃ……。
会話に加われるほど知識がない。
何せ昨日までのぞみの耳のことだって知らなかったんだ。
のぞみを月見山さんと引き合わせた時点で僕の役目は終了。
むしろここからは美少女二人(片方妹とはいえ)の邪魔をしない様に空気に徹することこそが役目ではなかろうか。
「私も、ネコ以外とは初めてあった。話には聞いていたけど、イヌの獣人も実在したのね」
初見でイヌネコの耳を判別できないのはこの中じゃ少数派だった。
昨夜の動物耳当てクイズの主催者であるのぞみに感謝の念を送る。
でも犀は分からないって。
注文を取りに来た店員さんに適当に飲み物を頼む。
それとここまですぐに駆けつけてくれたのぞみのためにチョコケーキを注文。
……フォンダンショコラとガトーショコラで悩んでたみたいだけど、それはどこが違うんだろう。
なんでチョコケーキだけで四種類もあるんだ。
「私はオペラにしようかな」
オペラって劇では?
ケーキなの?
写真で見るとミルフィーユのチョコケーキ版みたいなのが乗っていた。
なるほど、フォンダンショコラやガトーショコラとは違うことくらいはわかる。
「それで、私の耳が見えた事情はまぁ、なんとなく分かったけど、どうして今さら接触して来たの?」
「今さらといいますか、兄が事情を知ったの昨日なので。私としてはいきなり!? って印象ですね」
クラスメイトに獣人(で、良いんだよね?)がいたことに二か月気付かずに過ごしていたとは思いもよらなかったらしい。
そりゃそうだ。
でもこっちからしてみれば十六年家族が獣人だったことを知らなかった訳で……。
「……今まで見えてなかったのね。後天的に見る手段ってかなり限られているはずだけど? どうも一時的にというわけじゃなくて常に見える状態よね」
「父がいわゆる『見える』人なんですよ。それに魔法の心得もあったので教わりながらそれ用の道具を作りました」
初耳なんだけど!
父さんはこの札がなくてものぞみや母さんの耳が見えるんだ。
あれ?
僕だけ何もない感じ?
それとも僕にも魔法が使える素養があったりする?
「まぁ魔法の才能ってほぼ遺伝しないらしいものね。私、魔法使いにあったことないけど」
なさそうですね。
それにあったのならもう少し早くのぞみや母さんの事を知らされていたと思う。
「それで、打ち明ける必要あったの? 特に知らせるメリットないわよね。天辻君に何かができる訳でもないわけだし、デメリットの方が大きかったんじゃない?」
「うーん、難しい質問ですね。必要といえば必要でしたし、不必要といえば不必要でした」
「適当に煙にまこうとしてる? 一般人に私達の事教えるリスク、考えられない歳でもないわよね」
「ちゃんと真剣に答えてますよ。そうですね。例えば、今月見里さんはオペラを頼みました。これは絶対に必要なことでしたか?」
「……」
「必要ですし不必要ですよね。兄さんみたいな獣人でも魔法使いでもない人間に私達のことを話す危険性、分からないわけないです。現に私は兄さんに今まで打ち明けられなかったですし、今もまだ黙っていることがいくつかあります。父や母にも協力してもらって兄さんがいろいろ知らないように立ち回ってもいます」
衝撃の事実。
のぞみはいつの間にか裏工作ができる様な女の子に成長していた。
甘え上手で裏表のない無垢な少女ではもうないんだ。
……まぁそんな気はしてた。
いや甘え上手は撤回する必要ないか。
「それ、天辻君の前で言ってよかったの?」
「別に構わないですよ。私が隠したいと感じていることがあるって事は別に知られても構わないです」
俺には選択肢がある。
のぞみが隠したいと感じた秘密を暴くか否かだ。
「私の意志を踏みにじってそれでも知りたいのなら普通に教えます。まぁこれは私が兄を好きだからですね。今日まで他人だった雪月さんが警戒するのも無理ないことだってことは分かってます」
僕が教えて欲しいと何度も問い詰めれば、たぶん応えてくれる。
それは、僕とのぞみが長年兄妹として絆を育んできたからだ。
この関係は、ちょっとやそっとじゃびくともしない。
のぞみの方もそう思ってくれているようでちょっと嬉しかった。
「ふーん、まぁいいけど。じゃあ、私達はお互い不可侵でいいわけね」
暗に関わりたくないと言われた。
どう動こうか悩んだけど、結局何か言うことすらできなかった。
僕では二人が見る世界を共有できない。
「一応連絡先くらい交換しませんか? 今まで無関係でしたが、これからもそうだとは限りません」
「ごめんなさい。貴方の事は信用できない」
のぞみの提案に対しての返答は明確な拒絶。
クラスメイト全員と仲良くできる訳ではないとはいえ、せっかく会えた獣人に距離を置かれるのはちょっと切ない。
「残念です。まぁでも、今日話せて良かったです。最悪話し合いすらできないと考えていたので」
のぞみが少し淋しそうに言葉を絞り出す。
「そうね。まぁ別に全ての関係を断つわけじゃないわ。私と天辻君は、少なくともあと九か月ほどクラスメイトな訳だし積極的にこっちに関わらないんであれば特に問題ないし。お互い無理しない範囲で干渉せずいきましょう」