2. 三か月以上経った後のボーイ・ミーツ・ガール
今日が平日であることを恨む日は社会人までとっておくつもりだった。
家族が実は人間じゃない(人間の定義は今おいておく)と知った翌日。
学生の身である僕は学校に来ていた。
個人的な不測の事態でも登校しなきゃいけないのは学校というシステムの不備だと思う。学生の半分は同じこと考えているはずだ。
ちなみに僕は、高校に入学して二か月経たないうちにごく個人的な理由で自主休校したことがあったりする。
惑星食が見たいので沖縄に行った後、レポート(という名の旅日誌)を出したら何故か出席扱いになった。
金曜日に月に隠れる金星を見て、土日は普通に沖縄観光したから天体を見に行ったというよりも沖縄に行ってついでに惑星食も見た、という感覚の方が強いから戸惑うんだよね。本州だと見れない、いや、日本で見ることができたと言い換えるべき天体現象だった。
閑話休題。
高校への通学には電車を使っているんだけど、イヌ耳が生えた人は一人もいなかった。きょろきょろして傍から見たら不審者だったかもと気付いたのは学校についてからだ。通報されてないからセーフ。だと思うことにした。
母曰く絶滅危惧種みたいなものらしいからそうそう会うことはないらしい。
「変わるかもしれないと胸を躍らせたのは結局無駄だったか」
教室で一人ボソッと呟く。
日常にはない変化を期待し、されどそうそう劇的な変化はないから日常というのだろう。変わらない、という訳ではないし、なんなら既に非日常の範囲かもしれないけど僕には特別な変化はない。
そんな独り言だったけど、その声はひとつ前の席の男友達に拾われた。
「どうした? また天体観測か?」
「いや、僕としては珍しく別けn……」
言葉を途中で区切り、とある女生徒に目が釘付けになる。教室の前側の扉が開かれ、廊下側にある自分の席に座っていたことが幸いした。
その時初めて、正確に言うと妹と母親以外で初めてそれを目にした。登校中あれだけ探してもいなかったのに、たかが数十人しかいないクラスメイトにいるとは思わなかった。
たった今教室に入ってきたその娘は、イヌじゃなくてネコ科の耳を持っていた。
昨日あれから離れてくれなかったのぞみと一緒にタブPCを二人で覗き込み、耳がどの動物か当てるクイズを小一時間やってたから分かる。
確かに今役に立ったけど、どうせならもっと他に耳と尻尾を持つ人がいったいどういうものなのかとかを教えてほしかった。
「どうした? なんか悪い物でも食った?」
「あぁ、えっと。あれ? あの娘名前なんだっけ?」
制服を少し着崩しているけどクラスの半分は同じようなものだし、そもそも同じような容姿、同じ制服を着ている時点で見た目の判別は難しい。
どっちかというと可愛いよりは綺麗と表現した方が似合うかな。
髪が長く、くくったりはしていないみたいだけど髪を切ったりしたらもう別人だ。
もう七月だというのにクラスメイトの顔と名前が一致していない系男子、仲間は全国各地にいるって信じてる。
むしろまだ一学期ということを考えると、この時点で知ろうとしている分僕は優秀ではなかろうか。
だって、彼女がクラスメイトだということくらいは分かる。
「いや、まぁ確かに目立つタイプではないけど名前の、特に苗字の方は有名だぞ。月を見る里で"月見里"さんだ。初見で読める人はいないけど、クラスにいたら普通覚えるだろ」
そういえば記憶にある。
月を見る里じゃなくてよく月が見える里じゃんか。まぁ由来はこの際どっちでもいい。
確か他の女子たちにツッキーって呼ばれてた気がしてきた。
「普段話さない人ってよっぽど印象強くないと覚えないって」
「おう、有名人は違うな」
この学校に天文部、またはそれに類する組織はない。
だけどこのクラスでは僕が重度の天文ファンということは知れ渡ってたりする。
「授業を当然のようにサボり、それを学校に認めさせたのは前代未聞のことらしいぞ」
サボるだけにとどめておけば違ったと思うけど、下手に許可もらったせいで悪目立ちしてしまった。まぁ実害がない、というよりメリットの方が大きいから特に気にしていない。
「何か用?」
自分のことを話されていることが分かったのか月見山さん本人が話しかけてきた。
どう会話したものか。
ここでなんでもないと答えるのは簡単だけど、その回答はちょっと面白くないな。
「あー、星に興味ある?」
「ない」
……。
これが僕の会話のレパートリーだ。
いや、まだ一番上の引き出しを開けただけ、挽回は可能なはず。
つまらなそうに素っ気なく答える月見山さんに、次の言葉を投げかける。
両手を頭の上に持って行って
「にゃん!」
おかしいな。
星空観望会ではそこそこ話せているから自分をコミ障と思った事はなかったけど、僕はどうやら自分を過大評価していたらしい。
「!?」
それでも効果は的面で、月見山さんは肩をビクつかせ、目を丸くさせてこっちを見た。
その(ネコ)耳は知識がなくても分かるほどこちらを警戒している。
「どうした、頭打った? 期末テストとはいえあんまり無理しない方がいいぞ」
前の席から心配そうな声がした。
もう頭打ったことにしようかな。
いやいや、せっかく助け舟が来たけどあえてそれを無視。頑張れ僕。
「いや、昨日妹からネコ耳が見えるお札をもらってね。月見里さんネコ派だよね。そんな感じする」
前の席の友達に札を渡してカバンに手をやる。
札を渡した瞬間、やっぱり月見里さんのネコ耳は見えなくなった。
「ほうどれどれ? ってお前よくそんなもの学校に持ってこれたな」
前の席の友人にお札を預け、その隙にカバンから取り出したのは、百均で買った白色のネコ耳カチューシャ。
だいぶ恥ずかしかったけど、なんとかごまかせたな。
「はぁ、ネコ耳が見えるなら私もしなきゃいけないの?」
ちゃんともう一個同じものがあるんだよなぁ。
なんで持ってるか?
聞くな。
袋に入ったままの明らかな新品を月見里さんに渡す。
このノリに巻き込んでしまってホント申し訳ない。
月見里さんは袋からネコ耳を取り出し、自分の頭に着けてくれた。
しぶしぶと言った感じで不服そうな表情だったけど、世間でネコ耳が流行った理由が一目で分かるくらい可愛い。雰囲気もグッと変わった。
「おぉ、月見里さんノリいいね。似合ってるよ」
「……天辻君はどう思う?」
札自体にも目は言ってたけど、前に座っている男子からは自身の耳が見えてないことを悟りすぐに俺へ意見を聞いて来た。
俺以外の反応はもう興味を示さない。
「俺も似合ってると思うよ。カバンに入れっぱなしだったのを忘れてた甲斐はあった」
手を伸ばして札を返してもらう。
それによって耳が現れたけど、彼女自身の耳はカチューシャの方の耳に隠れて見えづらい。
「でもやっぱり、耳は黒い方が似合うね」
彼女のネコ耳の色を当てる。
僕が見えていることを伝える。
「えー、白もいいじゃん。というかその言い方だともう黒いネコ耳姿を見たことあるみたいだぞ」
「黒猫って好きな人は好きだからね。世の中には黒猫だけを扱った猫カフェも存在するんだよ」
彼女は猫が好きなんだろう。
少し得意気に猫の豆知識を語る。
……これ猫の豆知識か?
「ちなみにこれってまだあるの?」
「あと二つかな。いる?」
物欲しそうな雰囲気を感じる。え、さっきの不満そうな表情は演技?
まさか好評なのか。
ネコ耳を要求される日が来るなんて思いもよらなかった。これ余りものなんだよなぁ。
その後、朝のホームルームが始まるまで、女子同士できゃっきゃとネコ耳をつけ合ってる風景が教室で見られ、男子生徒はそれをちらちらと目で追うことになった。
一部の男子が僕にお礼を言いに来た所為で、先生に僕の所業とバレたのが一番納得がいかない。
昼休み。
職員室に呼び出された僕は、不要なものを持ち込むなと怒られ(一分未満)、来週の木~金曜日の夜にかけても惑星食が起こるかたまたレポートを出せと言われた(十分以上)。
職員室で授業をしながらでは1学期中のレポートは無理と熱く語り、木曜日の午後と金曜日の午前休を手に入れ教室に戻ると、自分の席に文字が浮かび上がっていた。
不思議な光景だったけど、心当たりはある。
平静を装い席に着くと、机の中に札をしまうことでその文字が消えるのを確認できた。
札を手に持つとまた文字が現れる。
この札、僕が思っているよりずっと高性能なようで、こういう普通の人間には見えないやり取りをするのにも使えるらしい。
月見山さんの席は……、斜め後ろに三つくらい離れてるな。
手だけでOKを伝えると、彼女は特に顔色を変えることなく尻尾を揺らして返事をした。
それを確認し、もう一度机に浮かび上がった文字を読む。
『放課後 教室』