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EX. 日常と非日常の境界線

バレンタインデー特別編

「大輔君。今日は何の日でしょう」


 雪月が後ろ手に何かを隠しながら、恥ずかしそうに話しかけてくる。

 ちなみに教室だから僕以外にはきっと見えてる。

 朝のホームルーム前の時間で、クラスメイトの数はそれなり。


「あー。ふんどs……」


「ちなみに!!」


 ボケようとした僕の言葉を遮り、少し声を荒げた雪月がこちらを恨めしそうに見てる。


「間違えたら今年は絶対渡さないから!」


 まぁ今のは僕が悪い。


 今日は二月十四日。

 去年までの僕はチョコレート会社が商業戦略を展開する日、なんて思ってた。

 でも今年は違う。


「ごめんなさい。バレンタインデーです。チョコレートください」


 付き合っているんだし正直期待は高かった。

 人生初彼女からチョコレートをもらえなかったら泣く。

 というか教室でこれを渡すって結構度胸あるよね。

 僕らが付き合っていることは周知の事実だったりするからこれで貰えなかったら立ち直れないかもしれない。


「はい。あと真っ先に出てくるの褌なの? 私はにぼしだった」


 可愛らしくラッピングされた包みを受け取る。

 触ったところが冷たいから多分保冷剤入り。

 ホッと一安心した後、だんだん嬉しさがこみあげてくる。

 本命チョコとか人生で初めての感動を味わうことができた。

 バレンタインが聖人というのも頷ける。


「ありがとう。女子もそんな話するんだ」


 こんな知識はモテない男子の特権だと思ってた。

 今年はその会から追い出されたけど、毎年うだうだ言うのもなんだかんだ楽しかった。


「昔義理ニボシ渡した娘がいてね」


「相手は猫かな」


「私はあんまりニボシ好きじゃないなぁ」


「単体を好きな人そんなにいないじゃん」


「そもそも猫って魚より肉の方が好きなのに変なイメージついてるのがいけない」


「ウサギに人参とか狐に油揚げよりはまだ食いつくから仕方ない。青魚の不飽和脂肪酸とか刺身用以外の生魚とかじゃなければ普通に好きでしょ」


 なんかゴチャゴチャ注意があったのは覚えているけどそこまで気にしてない。

 寄生虫系に気をつけることが一番重要そうだった。


「え、ウサギって人参好きじゃないの?」


「あんまり好きじゃないらしいよ」


「知らなかった」


 昔はウサギ小屋とか学校にあったらしいけど、今ウサギと関わるのは動物園くらいしかない。

 小動物カフェとかあるのかな。


「今度動物園とか行ってみる?」


「うーん。……うーん」


 そこまで乗り気じゃなさそう。

 なら別にいいかな。


「駄目だ。他の動物に目がいく大輔君を赦せそうにない。もう完全に浮気じゃん。メイド喫茶に彼女連れて行くようなもの」


「嫉妬する相手はせめて人間にしてほしい」


「むしろ人に浮気されるより嫌かも」


 なかなか面倒くさい基準をしていらっしゃる。

 まぁまだ付き合ってひと月ちょいだしこれから落ち着いてくれるはず。


「分かった。じゃあ動物と触れ合いたくなったら雪月に相談するよ」


 以前これを理由に一時間くらい耳を触らせてもらったことがある。

 もちろんヒト耳じゃなくてネコ耳の方だ。

 もふもふは正義。


「お手柔らかに」


 雪月は理不尽な要求をしている自覚があるので割とそこにつけ込む悪い人間に引っ掛かる。

 たいへんだなー。


「はーい席につけー。チョコは早くしまわないと没収だぞ。あと5秒だけ目を瞑ってやる」


 教室に入ってきた担任の先生と目が合う。

 サボりは許されるのにお菓子の持ち込みは許されないらしい。

 まぁ本当に許されないなら目は瞑らない。


 朝のうちに包みの中を知りたかったけど機会を逃してしまった。






 昼休み。

 なんか、バレンタインって紙袋が必要なイベントだったっけ?

 雪月が持ってきてくれていなかったら途方に暮れていた。


「お、やっと解放された?」


 いつもの手芸部の部室で雪月が待ってくれていた。

 いや、教室に置いていかれたと言った方が正しい。


「人気者だね。流石星の人」


「なんでこの状況分かってたの?」


 あとなんで僕に黙ってたの?

 弁当を広げて一緒にいただきます。

 雪月にもらった包みも持ってきているけどそれは食後のお楽しみ。

 他の奴は全部教室に置いてきた。


「ちょっと相談されたの。大輔君にチョコ渡したい娘達に頼まれたのよ。私を差し置いて渡す訳にいかないから朝一で渡してって」


「去年はチョコゼロだったって言ったら信じる? 妹除いてだけど」


「のぞみちゃんから聞いた」


 僕の個人情報が妹から漏れている件について。

 いや、いいんだけどね。


「大輔君に彗星を見せてもらったお礼がしたい、って声があったんだよ。なんか去年の月食辺りから水面下の人気が一気に爆発したよね」


 確かに月食を境にちらほらクラスメイトが星見に来てくれるようになった。

 僕も皆既月食は初めてだったから一緒に楽しんだよ。


「で、私より先に渡す訳にはいかないから朝一でチョコ渡しといてってお願いされたの」


 なるほど?

 つまりこいつは自発的な奴じゃなくて半分義務的な感じのものなのかな。

 雪月にもらった包みを見ながら本当はやりたくなかったんだったら申し訳ないという気持ちがわいてくる。


「そういう訳で、私は朝一で大輔君を狙う娘達に牽制しなきゃいけなかったんだよ」


 これ違うな。

 よくよく考えたらその理論だと衆人環視の中で渡す必要ない。


 にしてもいつの間にか人気者になってた。

 自分は変わり者という意識はあったけど、思ってたよりずっといい意味で、だったらしい。


 ……。


「ねぇ」


「ん?」


 あまりに自然な動作だったゆえに機を逃してしまったけど、そろそろ突っ込むべきかなと思う。


「食べづらくない?」


「?」


 現在、雪月が椅子を限界までくっつけたので、必然僕と雪月は体を密着させている。

 左腕が動かしにくい。

 雪月は右腕だからますます食べづらいはずだけどどうなんだろう。


「そうね」


 分かってくれたらしい。

 そして雪月は大きく口をあけて


「あーん」


 春巻きを雪月の口に突っ込む。

 あれ?


「あーん」


 次は白米をご所望らしい。

 指でトントンとごはんの入った器が叩かれる。

 希望通りに箸を動かして雪月の口元へ。


 どうでも良いけど猫の歯でも犬歯って言うよね。


「いや違う。普段こんなにべたべたしないじゃん。どうしたの?」


「今朝、ヒト相手ならマシって言ってたじゃん。駄目だった」


 つまりは嫉妬らしい。

 これあれだな。

 マーキングみたいなものだ。

 僕は雪月の所有物らしい。


「ごめん。今日ちょっとめんどくさいかも」


 ぶっちゃけこれ嫌いな男子いる?

 少なくとも僕は好き。


「役得だから気にしないで」


 貰わない方が良かったか。

 でもそれはそれで気にしそう。

 そもそも僕が義理チョコ貰えるように手配してたの雪月だしなぁ。


「はいはい。チョコいっぱい貰えてよかったねー」


 役得という言葉を捻くられた。

 少し棘のある口ぶりがもう可愛い。

 今日は雪月をたくさん甘やかそう。


「まぁ実際嬉しかったのは事実だよ」


 甘やかそうと決めた途端にそれを破ってしまった。

 この上目遣いで睨みつけられるの癖になりそう。


 いやいや、このままじゃ嫌われる。


「星空観望会のお礼だったからね。それに彼女に悪いしお返しいらないって言われたから、純粋に星見を気に入ってくれた証として渡してくれたんだと思う」


 もちろん願望も含まれてる。

 でも、星を楽しんでもらえたことに達成感を感じていることに嘘は付けない。


「いつも頑張ってたもんね。でも今日の私はかまってちゃんなので簡単にはゆるしません」


 額を擦り付けながら言っても可愛いだけだ。

 果たしてどんな要求をされることやら。


 頭と耳(ネコの方)を撫でて宥めながらごはんを食べさせる。

 普段あんまり触らせてくれないんだよなぁ。

 だけど触らせてくれる時はずっと触っていようが怒られない。

 つまり今はチャンスだ。


「バレンタインデー、僕からも何か渡した方が良かった?」


 ちょっと前に提案したけど、断られてしまった。

 海外と日本でバレンタインデーが持つ意味合いは異なっていて、男性側から渡すのが一般的だ。

 元とはいえモテない同盟の一員としての常識だった。


「んー。今はちょっとそう思う。というかその時はまだここまでとは思ってなかったし、判明してからも別に大丈夫だと思ってた。あと誕生日プレゼント貰ったばっかりだったのもある」


 珍しく元気がない。


「別になくて良いとは思わないけど、バレンタインデーって一筋縄じゃいかないね。私も本命チョコを渡したの初めてな訳だし」


 恋愛初心者なのはお互い様。

 気持ちと理想のギャップに悩まされているのは僕だけじゃなかった。


「ホワイトデーは期待してて」


 どう言えば良いか分からずにそれだけ返す。


「ホワイトデーこそ別になくて良くない? 別にお返しが欲しくてあげた訳じゃないよ」


「イベントは多い方がいいじゃん。せっかく日本発のイベントなんだから世界に誇ろうよ」


 ホワイトデーは日本発祥。

 これも僕の(元)同盟の間では常識だった。


「でも大変じゃない? バレンタインと違ってそこまでメジャーじゃないよね」


 正直ホワイトデーというイベントよりも3倍返しみたいな単語が大きくなり過ぎている感じがする。


「残念ながら三大流星群を全部合わせてもホワイトデーの方がまだメジャーな気がするよ」


「あー」


 少なくとも、流星群を見ようと行動を起こす人よりホワイトデーに何か買う人の方が多いように思う。


「それに、例え天体関係なくても小さなイベントごとは大切にしていきたいんだ」


「どうして?」


「だって人はパンのみに生きてる訳じゃない」


 イベントごとを、コストに注目して全部避けて生きることは可能だと思う。

 むしろそうした方が生きやすい可能性だってある。

 支出を切り詰めるのに一番簡単なことは、それをやらないことだ。


 でも、それを肯定したくはない。


「天文学は昔は暦を読むのに必須だった。これからの季節よく見ることになるアークトゥルスが日本では麦星とか麦刈り星なんて呼ばれるように、星の動きを元に農業をやることは当たり前だった」


 だった。

 過去形だ。


 ひょっとしたら北極星くらいは現役かもしれないけど、現代日本において必要だから星を見てる人はいない。


 人はなぜ星を見るのか。


 自国の科学技術を証明するためかもしれない。

 将来巨大隕石が地球に当たる進路をずらせるようにするためかもしれない。




 そんな訳あるか!!




 人は星を見たいから見てる。

 月食に天王星食・火星の大接近・ZTF彗星。

 今シーズンそれなりにイベント三昧だったけど、そうじゃなくて単に季節が巡って見える星が変わったとかでも良い。

 日常の中のちょっとした変化を楽しみにしてる。


「人間の文化って、必ずといっていいほど祭と結びついているんだ。裏を返せば、イベントごとが発生しない文明は全部滅んだ」


 単なる好みの問題。

 それでも、非効率的なはずのイベントは世界各地にある。


 日々を生きる理由が人間には必要なんだと思う。

 僕の場合はそれが主に天体だった。

 これからは恋愛ごともそうなる予定。

 春の夫婦(めおと)星の予習はもうバッチリだ。


「まぁそういう訳で、百まで健康でを意識して無味乾燥に生きるより、今とちょっと未来のために努力していく方が性に合ってるんだよ」


「こうしてイベント好きの男子高校生が出来上がった、と?」


「まぁそんな感じ。日々を彩るものは人によって違うだろうけど、ホワイトデーはやっておきたい」


 今まで無縁だった世界に浸るのは楽しい。

 雪月もそうだったら良いな。


「分かった。一か月後、期待してるね」


「任せて。の前に、食べ終わったしそろそろ中身見たい」


 弁当を食べ(させ)終わり、今日楽しみで授業がいろいろ手に着かなかった原因の包みを開ける。

 このドキドキが味わえるのも、日本式バレンタインデーのおかげだ。


「あー、なんだっけ? クッキーじゃなくて、なんかおしゃれな名前の奴」


 クッキーを柔らかくした感じの、チョコレートを挟んだ焼き菓子。

 絶対知ってるお菓子なんだけど、名前は出てこない。


「ラングドシャだよ。のぞみちゃんと比較されるのが嫌だから彼女が作ったことないの訊いたの」


 ちなみにのぞみのチョコは今年から手作りじゃなくて市販品になった。

 うちの妹が兄離れして少しだけ寂しい。


「ん、美味しい」


 あっという間になくなってしまった。

 一枚くらい一緒に食べようかと一瞬思ったけど、たとえ雪月が相手でも渡せない。

 味見くらい散々しただろうしこれは全部僕のものだ。


「気に入って貰えてよかった。ちなみに、ラングドシャは”猫の舌”って意味だよ」


「そういえば猫の舌ってざらざらしてるんだっけ?」


 特に深い意味はなかった。

 ネコについて知ってることを呟いただけ。


 だけど、


()()()()()()


 蠱惑的な雪月の口元に視線が吸い込まれて……。





 昼休みが終わり、弁当を食べている間はあんなに不機嫌だった雪月は元気な様子で午後の授業を受けていた。

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