EX2. 天辻のぞみと月食を起こす星
明日(11/8)は月食です。
天体観測ですが、寒くなって来たので毛皮のない種族の方は防寒に気を付けてください。
ホームステイなんて、自分の人生と関わりのないものだと思っていた。
でも、どうやら世界は結構繋がりでできているらしい。
「こ、こんばんは」
年は私と同じ中学二年生。
お兄ちゃんや雪月さんと同じ学校に通うらしく、そのために地元を飛び出す予定の行動力の塊みたいな女の子だ。
「うん。こんばんは、だよ」
初めて話すけど、第一印象は引っ込み思案な娘。
緊張してるみたいだから少し意外だった。
私の場合は職業柄(中学生ではなく星空案内人)初対面の人と話す機会は多いからこういうことは慣れている。
慣れてるだけで得意かと言われるとちょっと返答に困っちゃうんだけどね。
「天辻のぞみです。貴方が今度うちにホームステイしにくる娘で合ってる?」
お兄ちゃんの彼女さん(ではまだないらしい)の従姉妹みたいだけど、まだ私は名前すら知らない。
というかホームステイも本決定ではなく、今日の観望会はとりあえずの顔合わせの場として選ばれた。
ちなみに選んだ本人達は予定より集まった人を捌くのに忙しい。
ので、二人っきりにしてあげるという真の目的を隠し、年が一番近い私が今日の案内を務める事を立候補した。
「はい。みやた、け。いとです」
「宮田ケイトちゃん? 今日にぴったりの名前!?」
「あ、宮武が苗字で糸が名前です」
名前くらい聞いとけば良かった。
うぅ。
恥を晒して赤くなった顔は幸い夜だから見え……るよね。
だって雪月さんはこのくらいだと普通に見えるし。
頭上にあるネコ耳を申し訳なさそうにパタパタさせている。
雪月さんは黒かったけど、この娘の耳は真っ白でこんな暗がりでもはっきり見える。
猫系の獣人は暗闇でも普通に見える。
というかこんなに月が明るい夜だと犬獣人だってかなり見える。
猫にすこ〜〜〜〜しだけ劣るとはいえ犬だって暗い所での認識は人間のはるか上を行く(なお視力)。
「糸ちゃん。……ごめんね。ホームステイの話実は今日初めて聞いて、今までこの星見の準備とかで忙しかったから」
「い、いえ。ホームステイを決めたのは一昨日の夜だったので当然ですよね」
やっぱり行動力の塊だこの娘。
私も同級生の中では行動力ある方だと自負していたけど、親元を離れる決心はできそうにない。
「そうなんだ。あ、私の名前ののぞみは全部ひらがなだよ」
「はい。お従姉ちゃんから聞いてます」
なんて聞かされるんだろう。
いや、怖いからやめとこう。
「今日はわざわざありがとうね」
「こちらこそ、ニュースとかで月食があることは知っていて興味を惹かれてはいたんですけど、こんなイベントあることすら知らなかったです」
広報力が課題。
私の学校だと一昨年までお兄ちゃんがいて、まだ私が在籍してるからそれなりに知れ渡ってるし、なんなら今日何人か来ている。
月食自体は知っている人は多いから、もう少し天体ショーという分野を盛り上げていきたいところ。
「それにしてもすごいですよね。のぞみちゃん、私と同い年なのにもう開催する側なんですね」
「私はほら、基本的にお兄ちゃんの手伝いしてるだけだし。それにそれを言うならホームステイだってすごいよ。私家を出るなんて考えたこともなかったもん」
「まだ決まった訳じゃ。第一候補は月見里さんの家だったんですけど、お従姉ちゃんは私が入学する年は受験生だし、その次の年は卒業してどうなるか分からないというだけの話なので、ホントに迷惑だったら言ってください」
「うちはたぶん大丈夫だよ。あ、でも家に男の人がいるの慣れないかな。彼女がいる(予定)から手を出される心配はないんだけど」
お母さん、実家と縁を切ったことを地味に気にしているらしく同族にちょっと甘いところがある。
ただ、お母さんの役目はこういう場をセッティングするのみ。
ちなみに私と糸ちゃんのお母さんは二人でちょっと離れたところにいる。
時折こっちに手を振ってくるからちゃんとこっちを気にかけていることは分かるけど、私達の仲を取り持つ気はないらしい。
「あ、見て見て」
「あっ」
月が欠け始めている。
月食がはじまった。
だいぶ見やすい時間帯に欠けるから観望会にはうってつけだ
月の出の時には完全に隠れている場合もあるから一端昇って欠け始めるのも分かり易くていい。
「あの、ところでケイトだとピッタリってどういうことですか? 毛糸? が何か月食と関係が?」
今日は月食の観望会。
それも何と、太陽、地球、月、天王星が一直線に並ぶイベントだ。
「うーん。ちょっと待ってね。頭の中整理するから」
「はい」
説明が難しいな。
神話と天文学の境目に位置するおはなし。
「計算の計に都って書いて計都。昔実在が信じられていた幻の星なんだ」
「幻? 実在が信じられていたってことはその星は無いってこと?」
「そう。昔は地球が丸いってことだって分かってなかった。天動説とか聞いたことない? 天文の世界には今は否定されたものがいっぱいあるんだ」
ねこ座が頭にちらつく。
おおいぬ座、こいぬ座の話をしたら雪月さんに得意気に返された記憶が甦るけど一端封印。
「昔の人は偉いですよね。そういうことを機械を使わず次々と解き明かしてしまうんですから」
「別に昔の話でもないよ。たとえば……冥王星って聞いたことない?」
「あります! 太陽系から外された星です」
「ちょっと違うよ!!」
同じ太陽系の仲間だよ。
エッジワース・カイパーベルトだってオールトの雲だって太陽系の仲間だよ。
「?」
「まぁ難しいよね。外れたのは惑星という括り。でもちゃんと太陽の周りを回っているれっきとした太陽系の一部なんだ」
「うぅ。無学ですみません」
「こっちこそごめんね。ホントはもっと楽しく星を見てほしいんだ。星を見るのに知識はいらない」
知識は星に対する数あるアプローチの一つに過ぎない。
その歴史だってそうだ。
アンドロメダ星雲は星雲じゃないし、星の一生の終わりを表すはずの超新星爆発に"新"の文字が使われている。
私としてはこんな感じの話はお気に入りなんだけど、そうじゃない人は思ってたよりずっと多かった。
「そんなことないですよ。知らないことを知るのは私も好きです。それで、計都はどんな星なんですか?」
少ししょんぼりした雰囲気を感じとったのだろう、糸ちゃんは私に計都のことを再び尋ねてくる。
できるだけ簡単にはなせるように意識して……
「月食を起こす星なの。普段は見えない黒い星。それでも月の前を通る時だけは月を背景に見ることができる星なの」
今でいうブラックホールに近い星。
近年観測された銀河の中心にあるような高温のガスを纏っているものじゃなくて、ちいさなブラックホール。
そういえばブラックホールだって、アインシュタインは存在しないはずと言った天体だった。
「あれ、地球の影が月に映っているんですよね?」
「そうだよ。だから計都はもう架空の星。望遠鏡もない時代、日食や月食は本当に分からないことだらけだったんだ。その名残が計都星なんだよ」
そのまま食について軽く説明。
月は地球に影を落とせるのは実はギリギリ。
皆既日食の時は地球に影を作ることができているけど、金環日食の時は完全に落とすことができない。
対して、地球は月に影を落とすのに十分な大きさを持っている。
位置関係で部分月食の時もあるけど、今晩はなんと一時間半も影に埋まる。
部分的に影が見える時間にいたっては三時間を優に超える。
「あれ? 月が赤い?」
「もうだいぶ隠れてきたね」
月が半分程度になった。
普段は白や黄色に見える月も、今日は赤黒く、人によっては不気味に見えるかもしれない。
「ねぇ、どうして月が赤いの?」
「基本的には夕日が赤いのと同じだよ」
「確かに、夕日って赤い。あれ? 太陽は赤い?」
「他の星と比較してだけど、太陽は黄色や金色に分類されてるよ」
「そうなんですね。あれ? なんで太陽は赤く見えるんですか?」
「ここから先は高校物理の話になります」
本当は大学らしいけどお兄ちゃん知ってるし高校生でもなんとかなる。
「のぞみちゃんって物知りですね」
「お兄ちゃんに鍛えられてるからね。それで、太陽の光っていろんな色がまじりあっているんだ。分解すると虹になる」
「あ、虹。七色もあります」
波長。可視光。紫外線。赤外線。
……うまく説明できる自信ないしこの辺はまたお兄ちゃんにお願いしよう。
「空気って透明に見えて実は青い光を散乱させちゃんだ。だから空気で散乱しにくい赤色の夕日になるんだよ」
地球上では。
火星では逆に青い太陽が見える。
天体雑学は嫌いではないようなので、いくつか紹介しながら二人で空を見上げた。
「皆既月食、始まったんだって」
周囲の声を拾う。
糸ちゃんの耳にも入ったようで頷いてくれた。
「なんか、いつも見てる月とは違って不気味ですね」
不安を押し殺すような声で、少し寂しそうな呟きが聞こえた。
やっぱり、糸ちゃんだって怖いんだろうか。
「今、計都が見えてるんだよ」
いたずらっぽく笑いかける。
数年に一度だけ姿を現す見えない星。
実在さえしない星を見上げて、手を伸ばす。
「だから普段は内に留めちゃうような感情も、今日だけは吐き出しちゃって大丈夫」
味方はいる。
今日は私がお兄ちゃんの代役として、星を理由に語り合おう。
「……。私、やっぱり少し悩んでいたんです。知らない人ばかりの環境でやっていけるのか、とか」
高校入学まであと一年半。
心の準備期間としては充分すぎるほど時間があるとはいえ、その決定権を自分に委ねられたらと思うと少し怖い。
「ホームステイ、まだひょっとしたらの段階なんです。私が嫌だと言えば立ち消える儚い計画です」
そういえばそう聞いた気がする。
というか私に回ってくる情報少なすぎ、いや決まったの一昨日の日曜日か。
「あの、私と友達になってくれませんか?」
「うん、いいよ」
まだ話して間もない関係。
だけど、拒絶からは何も始まらない。
特別な星が見える夜は、お兄ちゃんじゃなくたって少しセンチメンタルな気分になる。
中学卒業と同時に家を出る。
確かに大きな話過ぎて実感がわかないし、ずっと先のことだから心変わりだってするかもしれない。
でも今、その一歩目を踏み出した友達を受け入れてあげたい。
知らなかった。月食中ってこんなに影部分見えるのか。
後半少し書き直しました。




