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15. マイナス等級の輝きに背を押され

日常会話レベルなら〇等星と〇等級は同じ意味です。小数点とかマイナスの値は等級になりますが、作者は平気で"シリウスはマイナス1.5等星"とか言います。

(言った後ミスったとは思います)

「月ってあんなに高かったっけ?」


 天文台の裏手、よく天体観測イベントを行なっている場所。

 そこに断熱シートをひいて二人で空を眺める。立ったままだと天頂付近の星が見づらいから座り込んだ状態。タンブラーにいれたココアを一口飲む。うん、ちゃんと温かい。


 当然のように星は流れない。まぁこれは見る方向が悪い。


「冬って月が高く昇るんだよ。夜が長いから」


 地軸の傾きとか説明しようかと思ったけど面倒くさい。

 この時期の満月は真東より北にズレた位置から昇る。

 逆に新月は太陽と同じように低い位置で南中するんだけど、告白をしようとしてる今夜、あんまり天文知識をひけらかす気はない。


「かなり丸く見えるけど、完全に満ちるまであと三日もかかるんだよね」


 雪月がコンビニで買ったハーブティーを飲みながらつぶやく。


「そうそう。まだまだ明るくなるよ。満月は夜空で一番明るい星。数字にするとマイナス13等級近いね」


 一等星や二等星という尺度に当てはめると、惑星や月の明るさは平気でマイナスという数値をとる。もっとも、惑星も月のように満ち欠けするから明るい時の話だ。


「ちなみに太陽は?」


「……マイナス26、よりちょっと明るい」


「ダブルスコアじゃん。最も明るい星を除いたら一番ってなんか狡くない?」


 ちなみに等級が一つ違えば明るさは約2.5倍違う。つまりダブルスコアどころじゃない。


 ただ、雪月は月を卑下してるようには見えない。むしろそれがどうしたとでも言いたげな様子でいちゃもんをつけてくる。


 期待されているんだ。

 月が太陽に勝つ所を。

 僕ならそれを証明できるって信じてくれている。


「じゃあ万葉集の話とかしようかな」


「万葉集……って飛鳥時代だっけ? ん? 奈良?」


「奈良時代後期、って言われてるよ。その万葉集で詠われた月の詩は130ちょい。太陽は数え方がいろいろあるんだけど、全部合わせても70いかないくらい。つまり、太陽より月の方が人の心を動かしたってことなんだ」


「日本最初の歌集で太陽越えかぁ。いいね。うん、良い」


「ちなみにひらがなができる前の話。月の文化はひらがなより古いよ」


 まぁ、文字を使わない人間以外の動物だって月の光を利用している。

 そう考えると文字より古いことはむしろ当たり前。ただ、文字と言う情報を未来に伝えるための道具を手に入れ、最初期に月を彩ったのは紛れもない事実だ。


「さすがお月様。流星群見るのに邪魔だって、今なら分かるなぁ。というか流れ星じゃなくて普通の星も碌に見えない。ダイヤモンドは流石だね」


 雪月の言ったダイヤモンドは炭素が高温・高圧力という環境下で結晶化した宝石の事ではなく、冬の夜空に明るく輝く星が作る六角形のことだ。冬は星を見やすい季節。ベテルギウスを中心として合計七つ。ちなみに今は冬のダイヤモンドが見えてる方向に八つ目の明るい星が見えている。星が新しく生まれた……訳ではなく、単純に惑星がその位置にあるだけ。火星だ。


「そういえばその、しぶんぎ? って何? 初めて聞いたよ」


「……分度器のお化け」


 合ってる、よな。

 うん、多分合ってる。どう説明するか迷ってとりあえず抽象的に答えた。


「そういうのって南天の星空にあるものなんじゃ?」


 南天――南半球の星座は確かにそんな感じのが多い。

 顕微鏡とかコンパス(方位磁針ではなく円を描く道具の方)、時計とかは南天の星座だ。

 というか


「はちぶんぎ座は南天、というか空の南極にあるよ。明るい星は全くないし微妙に外れてるから南極星、みたいな星はないけどね」


 漢字で書くと四分儀と八分儀。円を四又は八分割した九十度とか四十五度までの、星の角度を測る道具だ。


「はちぶんぎ……。え、はちぶんぎ座はあるの? しぶんぎ座はないんだよね?」


「実はろくぶんぎ座もある。赤道付近だから南天とか北天とか言われることはないけどね。しぶんぎ座は流星群として名前が残ってるだけ。全部、海を渡る時に星の位置から自分たちが今どの辺にいるのかを知るために必要だった観測器具だよ。羅針盤と一緒に使う必須アイテムだった」


「あぁ、星座になるほど重要なアイテムだったわけね。だってそれがないと海を渡れない。いやむしろ星を見るのに必須なら昔の天文学者にとって凄く身近な道具だったのかな。なんかまさしく南天の星座」


「いやいや道具(イコール)南天の星座じゃないよ。こと座は北天でかなり有名な星座でしかも全天で五番目に明るい星のベガが含まれてる訳だし、逆に神話で有名なさそり座は南天にある。空の赤道を跨いでいるけど、さそりの心臓であるアンタレスはその空の赤道より南側に存在しているよ」


 実は南天だった、北天だった、って星座は結構多い。


「え、さそり座って南天なんだ。日本でも結構南天の星見えるんだね。流石にそのはちぶんぎ座は無理だろうけど」


「あそこに輝いてるシリウス。実は南天の星です。あとオリオン座のリゲル。ダイヤモンドの内の二つは地球の南側だよ」


 僕は馬鹿だ。

 今日はあんまり天文知識をひけらかす気はない、と心に決めてからたったに数分でこのざま。

 おかしいな。百歩譲って万葉集辺りまではなんとか言い訳がたつ気もするけど、象限儀(しょうげんぎ)(四、六、八分儀のこと)とか南天は今関係なくない?


 ちなみにしぶんぎ座は今北方向。

 冬のダイヤモンド、月、火星は天頂から南にかけて存在している。流星群がよく見える方向に背を向けている感じ。そろそろ流星群を見るために視界を変える予定だった。ということにしておく。

 月が明るくて一等星がよく見えると普通の天体観測で十分楽しいんんだよね。寒いことが不満ではあるけれど、残念ながら天体観測は冬が本番。それに着こんだりカイロを用意したりして対策してでも星を見る価値はある。


 ……。


 いや普通に天体観測を楽しんでいる場合じゃない。

 なんとか雰囲気作らないと。


「そろそろしぶんぎ座昇って来たし、流れ星探そっか」


 振り返って北の空を眺める。月で霞んでいるけど、なんとか北極星は見えた。


 タイミングを見計らい、忍ばせておいたそれを両手でつかんで息を吸う。

 今こそ期末テストの勉強の合間に練習していた技をお披露目するとき。



 ド♪~ド♪~ソ♪~ソ♪~ラ♪~ラ♪~ソ♪~

 ファ♪~ファ♪~ミ♪~ミ♪~レ♪~レ♪~ド♪~



 人類が最初に宇宙に持って行った楽器を使って音を奏でる。演奏するのは小学校の教科書に必ずと言っていいほど掲載されている曲、きらきらぼし。初心者向けにもってこいの曲にして、天体観測にぴったりの曲があった。


「ハーモニカ? 気障だね」


 とりあえず一番の最後まで演奏したら雪月が感想をくれた。

 そっけなく見せかけて、それなりに楽しんでくれたのが分かる。僕が弾き始めてから目を閉じて音を聴くことに集中していた。

 今日は流れ星を見ようって話なのに、それじゃ見逃してしまう。弾くことに集中していた僕は、人のことは全然言えないんだけどね。


 今日は格好つけていく。気障とか誉め言葉だ。

 胸を張って雪月に顔を向けた。


「でしょ。結構評判良かったんだよ」


 ただし小学生相手に。

 きらきらぼしの知名度にのっかった。一緒に歌ってくれたよ。


「最近練習してたんだ。冬休みにあった子供向けの出し物用にね。実際いいよね、ハーモニカ。奏でる音の響きが好き」


「ギターやピアノとは違った音だよね。私もちょっと好きになっちゃったかも。他に弾ける曲とかあるの?」


「あるけど、ちょっとシーズン過ぎちゃった。ジングルベル。宇宙で初めて演奏された曲だよ」


 ミッミッミ♪~、ミッミッミ♪~、ミッソッド♪~レミ♪~


 一フレーズだけ演奏。

 クリスマスはお互い予定合わなくて会えてないんだよね。特に合わせようとしてなかったし、僕の方は天文台の方を優先した。まぁそのおかげで今日は二人っきりというベストな状況を作り出せた。


「確かに、この曲はクリスマス過ぎたらもう旬じゃないね。また来年、じゃなくてもう今年か。今年のクリスマスはよろしく」


「任された」


 ほぼ一年後の予定が埋まった。次のクリスマスは頑張って時間を作ることにしよう。


「にしても宇宙最初の曲か。やっぱりクリスマスだったの?」


「そうだよ。一九六五年、今からだと六十七年前のクリスマス。楽器はハーモニカ。ペンダントになるちっちゃいやつだよ。流石に同じ種類のは用意してないからこれは別のメーカーのだけどね」


 年末にあったイベントをなぞってるだけだから数字をすらすら言える。


「それでもピッタリじゃん。宇宙と音楽って今までは結び付かなかったけど、関連あったんだね」


「宇宙って音が伝わらないもんね。振動を伝える媒体がない。光を波とした時にも同じ問題があって……」


 話が逸れてる気配を察知。

 こういうのを抑えることはできていたはずなのに、雪月が相手だとつい話し過ぎてしまう。雪月がそれを不快に思っていないことは重々承知だけど、今日くらいはカッコつけたい。


「?」


 突然言葉を詰まらせた僕に雪月が隣で不思議そうな表情を浮かべる。

 誤魔化すようにココアを啜る。


「いや、流れ星を待ってる時の話題としては無粋だったかなって」


「そう? 私こうやって天辻君の声聞きながら星見るの好きだよ」


 ドキッとした。

 一気に心音が速くなるのを感じ、それに逆らって無理矢理平静を装う。これ反則じゃない?


「だんだん目慣れてきたね。そろそろ流れ星見えるかな」


 ここでもし僕が少しでも冷静だったら、彼女の声が少し上擦っていたことに気付けたかもしれない。ペットボトルを口につけ一気に半分くらいなくなったのは、火照(ほて)った熱を冷ますためだと気付けたかもしれない。ただ、残念なことに僕は自分のことでいっぱいいっぱいだった。



 ……。

 …………。



 少しだけ無音の間ができる。

 言葉が途切れてしまい、声を出すタイミングが見つけられない。

 しばらく僕らの耳には、お互いの飲み物を口にする程度のわずかな音しか届かなかった。風があるとますます冷え込むから無風なのは冬である今、ありがたくはあるけどその所為でちょっと静か過ぎる。


 何か言おうと口を開くも、声は出ない。

 また、何か余計なことを言ってしまいそうで怖い。口は災いのもととはいえ、口にして伝えたい想いだってある。

 なのに僕は、何も言うことができずに流れ星を探すばかり。


 なにか、口を開くきっかけが欲しい。

 そんな都合のいい奇跡を望んでしまう。


 でも、現実には都合のいい奇跡なんて





 ――ピカッ




「「見た!?」」


 夜空に一筋の閃光が走り、僕と雪月は何かを考えるより先に、顔を向かい合わせて感動を共有する。

 今まで偶然なんてものに頼ったことはなかったけど、案外味方してくれるものだ。今の流れ星は、絶対一等星より明るかった。

 普通、流星群において明るい流れ星、火球と呼ばれるマイナス等級の星は流れない。もちろん絶対というほどじゃないし、平日たまたま見える確率よりはずっと高い。


 なんて解説は、今は不要だ。


「雪月」


「なに?」


「好きだよ」


 流れ星の声援を受けて、僕は自分でも驚くほどあっさりと告白した。

 雪月は一瞬だけ目を見開いた後、破顔して応えてくれた。


「私も好きだよ、大輔君」


 好きな女の子に、名前で呼んでもらう。たったそれだけのことが、こんなに嬉しいことだとは思わなかった。

 今なら、手を伸ばせば星にだって手が届く。そう錯覚するほど幸せな気分だ。


「そんなに喜んでもらえるなら、練習した甲斐あったよ」


「練習って、ひょっとして名前を呼ぶ練習?」


「だって今日告白してくれるって言ってたじゃん。そりゃあ何か返したいよ」


 そんなに直接的には言ってなかったけど、確かにそう意図して言った発言はあった。


「ありがとう、嬉しかった。今さらだけど、僕と付き合ってください」


「喜んで。ホント、今さらだよね」


 二人で笑い合う。

 だって、お互い好き合ってることなんて、とうの昔に分かってた。


「でも良かった。関係を進めようと思ってたのが私だけじゃなくて」


「実際心地よかったもんね、昨日までの僕ら」


 だからこそ、一歩踏み出そうと思ったし、一歩踏み出すのが怖かった。いやどっちかっていうと必要なかった、かな。今となっては本気でそう思っていた過去の僕に馬鹿野郎と罵ってやりたい。


「いいじゃん。そういう期間も好きだったよ。大輔君もそうだったらいいなって思ってる」


「確かにそうかも。今までがあったから、今幸せなんだ。これからどんな時間を過ごす事になるかは分からないけど、雪月と一緒なら絶対楽しい」


「……大輔君平気でそういうこと言うよね」


「?」


「そういう、聞いただけでドキッとしてしまうような台詞!」


 照れくさそうに抗議してるようだけど、雪月がそれ言う?


「待って。それこっちの台詞なんだけど。僕雪月にドキドキさせられっぱなしなんだけど!」




 その後。

 さっきみたいな流れ星が来ないかと一晩中待っていたけど、二つ目が現れるほど奇跡はありふれたものではなかった。見えても暗いものばっかりで、僕が見えたら雪月が見えていない、雪月が見えたら僕が見えていない、といった感じ。でも、星を見ながら雪月とまったり過ごすのは楽しかった。最初のほど明るいものはなかったけど、いくつかはちゃんと二人で見ることができた。


「なんか空白んでない!? やばい、撤収!」


「ん、んー。結局徹夜しちゃったね」


「付き合って初日に朝帰りとか絶対ケダモノ扱いされる」


「私達が今日、……昨日かな? 昨日から付き合い始めたって言っても誰も信じないよ」


「問題はそこじゃなくない!?」

年が明けているので2023年。あらすじで保証したのは2022年なのでしぶんぎ座流星群に火球が現れなくても作者の責任じゃありませんが、現れたら予言者と呼んでください。

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