14. 流星群を見に行こう
告白をしよう。
いや分かってる。僕と雪月が実質付き合ってると言っても過言ではない関係なのは周知の事実。学校でも家でも(月見山家含む)それは同じ。なんか、露骨に二人きりにされるし、僕も雪月も否定せずにそれを享受してる。だから一緒にいる時間も多い。
でも、今のままじゃ外堀だけ立派な掘建小屋でしかない。
僕らは、お互いの感情を伝えあった訳じゃない。
そして告白するにあたってのシチュエーションを考える。
これも分かってる。こんな事考えてる時間があったらさっさと行動に移せと言うんだろう。でも、と自分の事を客観視する自分に言い返す。成功率高めの行動だからこそ失敗したら目も当てられないじゃないか。
自分への言い訳を終わらせて、近くの天文現象を思い浮かべる。時期的に考えてクリスマスツリー星団か? でもなんか違う。僕っぽくも、雪月っぽくもない。ん? そういえば確か……
やっぱり、この流星群しかない。
…………。
ちょっと調べたけど条件が全然ダメだった。極大が昼間、はまぁいい。正直ピークの時間帯がずれる事はよくある。問題は月齢。え、12? ほとんど満月じゃん。流星群って別に明るい星ばっかりじゃないし、月に負ける。月の明るさは既に証明済み。これ十分くらい眺め続けてよくやく一個見えるかどうかじゃない? それ見逃すとまた十分待つ訳だ。
まぁ、いいか。
あんまり引き延ばす気もない。もう決めたんだ。
「りゅう座ι流星群?」
もうすぐ冬休みという時期に、その期間の天体観測をしようと学校で雪月を誘ってみる。もう教室で話してても話題にもならない。ちょっと面映ゆい。
「年始がピークなんだけど、一緒に見ないかってお誘い。特に観望会とかはないから天文台は締まってるけど事務所ちょっと使う分には問題ないって」
「流星群かぁ。結局私見れてないんだよね。条件良かったりするの?」
「実はびっくりするくらい悪い。ふたご座流星群の足元にも及ばない。時期ちょっとずれたけどアルビレオ巡りの時の方がまだ見えやすいと思う」
ふたご座流星群の極大があったのは先週の水曜日。平日だったのが悔やまれる。
僕だって最近ちょっと忙しくてその日は天文台にも行けてないから近くの公園で十五分くらい空を眺めていただけ。
「えぇ……。まぁ行くけど、なんでその流星群なの?」
普通理由知ってから行く行かないを決めるものでは?
行くこと確定なんだ。りゅう座ι星って結構遅い時間に昇るんだけど。二二時過ぎくらいから見ようと思ってる奴なんだけど。
「実は三大流星群の一つなんだ。正式名しぶんぎ座流星群。しぶんぎ座自体は今定義されてる八十八星座には存在しないんだけど、流星群としての名前は残ってるんだ。ちなみにこのしぶんぎ座ってなんとあのジェローム・ラランドが作った星座だよ」
覚えているかな。最後にこの名前を出したの八月だから忘れられてても普通のことだと思う。でも、この人は一応僕らを繋いだ人だ。
「今は使われてないって、ねこ座みたいな星座ってこと? え、待って。確かねこ座を作った人の名前も同じような感じの人じゃなかった?」
「そうそう。よく覚えてたね。あれから四か月経ってるのに。記憶力良い方?」
「テストには反映されないけどね」
期末テストが帰って来たばかり。
自虐気味に返されたけど、それ結構当たり前のことだ。というかテストには出ない知識で僕と張り合う気だろうか。
「なんかめんどくさいこと考えてる?」
「実行に移してないからセーフ」
「何回か聞いた言い訳だね」
そういえば、と今まで交わしてきた雪月との会話を思い返す。
僕の場合、基本的には何を考えていたかじゃなくて何を実行したか、を重視している気がする。いや、それは良いことだと今でも思うんだけど、前者をあまりにないがしろにし過ぎていやしなかっただろうか。
人の気持ちなんて分からなくて当然。
でも、だからって心に寄り添うことを諦めていい訳じゃない。
「いや、そこまで落ち込む? 別に気にしてないよ」
「え、っと。落ち込んでるように見えた?」
焦った様子の雪月。
思考がしぐさに出ていたことに疑問はないけど、言われた内容は気になる。
「見えた。何かあった?」
……。
「雪月って、僕のことどう思ってる?」
「ふぇっ!?」
なんかヤバいこと訊いた。
もう一瞬早く気づいていれば口に出す前に引っ込めることができたかもしれないけど既に後の祭り。
「やっぱなし。そのしぶんぎ座流星群の日にもう一度訊くから覚悟しといて」
「うぅ。……――。ああもう! ホントに何があったのよ」
踏み込んだからからにはそのまま追撃に移らないといけない。今日じゃないのは許してくれと自分に言い訳。
余談だが、猫が目を逸らすのは敵意がない証明で、端的に言えば仲良くなりたいかららしい。
だから、雪月が顔を背けたのはきっとそういうことだと思う。
「見えてなくたってどうでもいいこと考えてる気配は伝わってくるんだからね」
顔を赤らめながら言っても可愛いだけだよ。
終業式が終わり、年が明け、冬休みが終盤に差し掛かったある日。
ハルカみらい天文台は正月休みで人がいない。夕暮れ時、そこに女の子を連れ込む悪いアルバイトが一人。まぁ望遠鏡とか保管してある部屋は行けないし、入り口近くの一室を借りるだけだから許して欲しい。
「猫はやっぱりコタツで丸くならないと」
白いモコモコした上着を脱ぎ、休憩室で早速コタツへと向かう雪月。スイッチの場所を教え、自分はお湯を沸かしに隣の給湯室へ。年末年始と言っても建物の全てのブレーカーを落とす訳じゃない。
「猫を自称するならこのみかんはいらないってこと?」
「コタツとみかんを切り離せる訳ないじゃん」
性格にもよるけど猫は基本的に柑橘類の匂いが苦手だ。
あとハッカ系もアウト。人間なんかよりよほど繊細な生き物だ。
飲み物を用意して雪月の隣の辺に足を入れる。コタツっていつもより距離近いからドキドキする。
「天辻君、大変」
「どうしたの?」
「コタツに手を入れたままだとみかんが剥けない」
……。
そうだね、大変だね。
できれば僕も同じ状態であることに気づいて……。
いや待て、この流れ僕に分がある。
雪月の要求通りにみかんの皮を剥き、一房を取り分けて雪月に差し出す。
「はい、あーん」
ようやく状況を理解が顔を赤くして目を丸くした後、こちらを上目遣いで睨んで来た。
僕の方はたぶんニヤついてる。
「あー。ほら、みかんって毒だし?」
「外皮だけじゃん。実や薄皮は大丈夫。観念して口開けて」
猫に有害なのは外皮に含まれるリモネンという物質。食べ過ぎなければ問題ない(一房でギリギリ)。
というか人にとっては毒じゃないし、大人しく僕の手から食べると良い。
――ぱくっ
しばらく逡巡した雪月が覚悟を決め、僕の手からみかんを奪い取る。
「これで満足!?」
「まだまだ残ってるけど?」
僕の方は問題ない。
照れ臭さはあるけど、これかなり楽し……じゃなくて。いやー、大変だなぁ。雪月はコタツから手を出せないみたいだし、これは僕が一つ一つみかんを食べさせるしかないなぁ。
「……。あーん」
雪月が珍しく素直に甘えてきた。
僕の方はというとなんか二個目なのに急に恥ずかしくなってきている。
なんでだ。ついさっきと同じ状況のはずなのに。
「ほら、早く」
僕が気恥ずかしさによって躊躇したことを悟り、強気で続きを要求してきた。一房食べただけで耐えきれなくなるかと思ってたけど、一回経験したらもう大丈夫になったのだろうか。
いや、まだまだ恥かしそうにしている。
負けられない闘いが、ここにあった。
「なんか、疲れた」
二人してコタツに突っ伏す。なんで僕らはみかん一個でこんなに消耗しているんだろう。
一房づつだと全部食べ終わるの結構時間かかることを窓の外が暗くなってることで知る。それにこの時期は夕暮れの時間がとても短い。
暖房のおかげで部屋も暖かくなっててきたし、レンジでここに来る途中買った弁当を温める。
流れ星のピークは昼間だったから、もう外に出ててもいいんだけど、どうせ見れないんだよなぁ。まぁしぶんぎ座はまだ昇ってもいない。もういっそ室内から見るのもありか、いやなしだな。
あの時と同じように月でも見てよう。
それだけできっと楽しい。
「ねぇ、初詣ってもう行った?」
「まだ。そっちはもう行ったの?」
クリスマス忙しかった反動で今年は寝正月だったなぁ。
かろうじてとはいえ冬休みの宿題を終わらせたことは褒めて欲しい。
「うちの里でね。普通に無病息災お願いしただけだけど」
「ヘモバルトネラとかトキソプラズマとか気を付けなきゃね」
両方とも猫の病気だけど。
これでも少しは詳しくなった。
「トキソプラズマはやだなあ。いや今のうちに罹っとくのもあり?」
トキソプラズマ症。
猫から人に感染するタイプの寄生虫が原因で発症する。ネズミの行動を操り、猫に食べられやすくする結構怖いやつ。なんだけど、人間に寄生した場合、起業家としての才能を開花させるという。
「っ! やっぱ今のなし!! 忘れて!!」
ただ、合わせて自殺率を高めてしまうので意図的に罹るようなことは推奨されていない。
頭がよくなる、というより危険に飛び込む時の躊躇を小さくしてしまう感じのマインドコントロールを受けてしまうやつだ。寄生虫って宿主の行動を変化させる系の奴が一番ヤバいと思ってる。トキソプラズマもそのタイプだ。
「? 別にそこまで珍しくないよね。既に罹ってる人って星空案内人とは比べ物にならないくらいずっと多かったよね?」
先進国の人間の三割以上が既にトキソプラズマにかかっていると言われる事もあるほど一般的なもの。天文ファンもそのくらいいたら僕の給料もきっと増えてくれる。
「あれ、知らない?」
「?」
何か噛み合ってない。
これ僕が何か知らない事実がある気がする。
「いや、そうだね。うんうん。そのままでいよう」
「顔真っ赤だよ」
「こ、コタツ! ほらコタツに入り過ぎちゃっただけだから」
自爆したらしいことは分かるけど、猫について気にかけるようになったがつい最近の僕では分からない。
僕は何を言った?
もしくは、雪月は何を言った?
「今調べていい?」
「……うぅ。だ、駄目。どうしても知りたかったら私のいない所で調べて」
トキソプラズマ症
妊娠期間中に感染すると母子感染して赤ちゃんに健康被害がでることがあります。治療薬はあります。
妊婦の方がガーデニングを控えたり生肉(ローストビーフ等半生を含む)を食べられなかったりするのはこのためです。ただ、世界人口の3分の1が感染しているという説もあるほど一般的です。ただ、ヒトーヒト感染はしないようです。
作中にあるようにネコの糞便に由来する経口感染が主だと言われています。猫を飼っている部屋に妊婦の方を呼ぶとかは絶対に止めてください。
ただ、妊婦の方が妊娠する半年以上前にトキソプラズマ症感染している場合は基本的に赤ちゃんに健康被害はないそうです。だからと言って積極的に罹りにいくのは止めましょう。
作者はマジでこっちの症状知らず、単に頭が良くなるけど自殺率が上がる薬(あるいは毒)と思ってました。本来ネタにするような病気ではないのかもしれませんが、墓穴を掘るタイプの据え膳女子を流行らせるという使命を優先しました。たぶんこの後ググられてむっつりって評価を受けると思いますが面白く書ける気がしないのでカット。




