12. 猫からの贈り物
次の日。
もちろん遅刻なんかせずに登校。これでも(成績は)優等生で通ってるんだ。先生からの評価なんて高いに越したことない。いろいろ無茶な要求しやすくなる。
「これ、昨日のお礼」
朝、教室にたどり着き自分の席に座った直後のこと。
雪月が僕のとこまでやってきて、なんだろ、アクセサリー? を手渡された。
「え。……あ、ありがと」
予想外過ぎてリアクションが取れない。
とりあえず何をもらったか観察。なんだこれ、馴染みがない。透明度が高いガラス玉かなんかに、へぇ、黒い星型の何かが入ってる。見た目はなかなか好み。どうやって使うんだ?
「星入り水晶って言うんだって」
水晶!
ガラスじゃなかった。
「水晶ができる過程で中に別の鉱物が入ったものものだよ。こんなふうに綺麗な放射状だと星が瞬いてるみたいでしょ」
「確かに見える。だいぶ地平線近くの星だね。あれも目を話せなくなった事が何回もある」
少しだけ物理の話。
星が瞬くのは空気があるからだ。気温や密度が違うと、空気の屈折率が微妙に変わる。光はそうした変化を捉え、人の目に入るまでに進路をほんの少しだけ変える。その連続によって星の光が瞬く。
だから、例えば空気のない月で星を見ても星は瞬いたりはしない。
そして、空気の影響を最も受け易いのは、単純に大気圏を通る距離が長い地平線付近の星の光だ。
「ところでこれ何?」
「スマホピアス。イヤホンのところに挿すアクセサリーだよ」
……ふむ。
スマホってイヤホン挿せるんだ。
スマホの音とかアラームと緊急地震速報くらいしか知らない。でも確かにそうじゃないと不便だよね。意識したことなかっただけで見かけたこともある気がする。
「昨日も見かけたけど、天辻君スマホはケースだけで装飾品とかはなかったよね。それにほら、アクセサリーって女子のイメージあるかもしれないけどそれなら星がモチーフだし似合うかなって。もちろん気に入らなければ返してくれて構わないんだけどできればその、貰ってほしい」
早口モードに入った雪月を尻目にゴソゴソとカバンを漁り、スマホを取り出して……。ここかな、左上の穴に差し込む。ぴったりハマったからたぶんここで合ってる。合ってるよね?
「でもいいの? これ結構するんじゃない?」
「自作したからそこまで。石も前にお父さんが買ってきたものだし大したことないよ」
「それ父から娘へのプレゼントってことでは?」
「私が手芸始めた時に材料として貰って今まで使う機会なかったものなの。むしろ間に合わせで悪いくらい」
ん、自作って言った?
そっか、手芸部って凄いな。こんな綺麗なの作れるんだ。これいいな。
窓の方に掲げてそのまま少しスマホを傾け、星入り水晶を明るい外に透かして見る。窓側の席って暑いだけかと思っていたけどこんな利点もあったんだな。
「うん、いい感じ」
なお、ここは教室であるため人の目がある。注目の的という事はないけど、たまにチラ見している気配がいくつもあった。
「じゃ、そういう事で。また」
目的を果たした雪月が足早に去って行く。そのまま普段のグループに戻って行き、平和に戻……れる事はなく質問攻めにあっていた。
「おい、今のはどういう事だ」
まぁそれはこっちも同じ事なんだけど。
「今日ようやくの平穏」
「悪かったわね」
「いや? 結構楽しんでるよ」
質問をさせないためには僕自身が喋り続ければいい。三角関数の必要性を望遠鏡の構造を例に語り尽くした。収差とかテストでは出てこない事中心だったから多分みんなの将来に役立つ事はほとんどない。でもだからこそ一方的に話して休み時間使い切ることができた。
昼休みにいつもの手芸部の部室で一息つく。
ここにいるのは雪月だけ。落ち着く。
「あ、昨日の写真見る? のぞみが結構いい写真撮ってくれたんだ」
「見る見る。ちょっと待ってそっち行く」
大きめの机を挟んで向かい合って座っていたけど、昼ご飯を食べ終わったこともあり昨日の満月に話を持っていくと雪月がこっちに回り込んできた。そのまま隣に座って一緒に一つの画面を見る。
「湖に映る月だよ。もちろん本物も一緒に写ってる」
「鏡花水月、だね。届かなくても写真に収めることはできるんだから人類の進歩ってすごいよね」
この四字熟語ができた当時は、予想もできなかっただろうな。もう、手に取ることができないものの例えで使われることは少ない気がする。
「僕もまだ全然見てないんだよ。せっかくだ」
閉じた。
「……」
「……」
二人で無言のままホーム画面を見る。
どうしよ、なんか変なもの写ってた気がする。
どうして僕は、一番最後に撮られた写真を知らなかったんだ。のぞみにしてやられた気分。
「見た?」
「残念ながら」
気まずい。
えぇ、なんでこんな写真が存在するの?
「ひょっとしたら見間違いかもしれない」
「本気で言ってる?」
「本気でそうだったらいいなって思ってる」
せめて一人の時に見たかった。そしたら証拠隠滅できたのに。
「ヨシ、覚悟決まった?」
「え、見るの?」
「だって僕はこれ放置できない」
「……そう、だね。確かにそう」
再び写真を開く。
さっき見た写真は見間違えじゃなかった。
車の後部座席で仲良く並んで寝ている僕らの姿が写っている写真を見る。その姿を客観的にみると、恋人か兄妹(僕の方が誕生日先)かのどちらか。それも、相当仲のいい関係。
のぞみ、いつこんな写真撮ったんだよ。そりゃ僕が寝てる間だよね。というか僕、弦さんの前でよくこんな真似できたな。なんで僕まだ生きてるんだろ。彼氏でもないのに雪月とこんなにくっついて、ん? なんか違和感。
「あ、ネコ耳か」
写真だとネコ耳写らないんだ。面白い。
冷静に計算したら雪月のネコ耳姿より、こっちの方が見てるはずなんだよなぁ。でも話すようになってからはほぼネコ耳姿だった訳で、こっちの姿が新鮮に思える。
「いや、写ったら大変だよ。私達基本はひっそり暮らしているんだからそうそうバレるような手段ないって。あと女の子の寝顔はマジマジと見るもんじゃない」
「それもそうだ。次いこっか」
意図的に削除の選択肢をスルーして次の写真へ。
良かった、まずいのはこの一枚だけで後はちゃんと月の写真が続く。最新から遡ってる関係で、写真の時刻はどんどん巻き戻っていく。
綺麗に取れてる。流石のぞみ。昔機会があったらこんな写真撮りたいって言ったのを思い出す。そのために練習とかしてたもんなぁ。
望の時間の写真を見つけ、少しだけ悔しさを感じる。これを見るために行ったというのに見逃したんだ。まぁこうして写真に残ってるしセーフかな。人間の目じゃ大して違い分かんないし。
それに、決して後悔するような時間を過ごした訳じゃなかった。
「ありがとうね。最初に教えてくれたのが月の綺麗さで」
「ちゃんと最初に言ったよ。知識なんて何の意味もない。月夜を焦がれる理由に余計なものはいらない」
「ふふっ、まったくその通りだった」
昨日のことを思い出したのだろう、雪月が嬉しそうに笑う。
この笑顔見れるってやっぱり役得だ。これでこそ遠征した甲斐があるというもの。
写真をスライドしていくうちに月の出の写真になってしまった。ここでおしまいらしい。
「なんか、写真で見ると思ったより小さいね。倍率かけなかったんだ」
「いや、かけてるよ。月って意外と小さいんだ」
財布から五円玉を取り出す。だいたい五五センチのはずだから……この辺かな。二人で並んでいるので、両方から同じくらいの距離に五円玉を掲げる。
「ちょうどこの辺、手を伸ばした所くらいの大きさだよ」
「えぇ……」
雪月が怪訝な声をあげる。
信じて貰えてない。まぁ嘘、というか間違って伝わるように誘導してるけど、その疑惑は正反対なんだよな。
「もっと、せめて五百円玉くらいはあったよ」
「実はさ、この五円玉より小さいんだ。この穴と同じくらいのサイズ」
「え、それは流石に嘘よね?」
「僕は星関連では嘘はつかない。間違って覚えてたとか新しく常識が変わったとかで結果的に嘘だった事はあるけど、これに関しては自分で実験したから本当だよ」
信じられない気持ちはよく分かる。
だって、僕がそうだった。
「結局、写真じゃ月の魅力を伝えきれないんだよ。綺麗なものを綺麗と捉える能力は、カメラより人間の眼のほうがよっぽど高性能って事」
ふとネコ耳が目に入る。のぞみの力を借りて見えるようになった訳で、これを人間の目とカウントするのはどうなんだ。
ちょっと貸してと言われ五円玉をを渡したら、雪月はその五円玉を上下左右に動かしていく。そんなんで大きさが変わる訳じゃないけど気持ちは凄く分かる。それに実際の大きさが変わらないだけで、どう見えるかは変わってくるし間違った行動とは思わない。例えば、月は地平線近くだと大きく見える。窓の外にコインを持っている腕を向け、首を傾げる姿は共感だらけだ。
「気はすんだ? 太陽は危ないからやらない方がいいけど、そんなに気になるなら今夜月で試してみれば? 今夜は晴れるみたいだよ」
昨日が十五夜の満月だったばかり。まだまだ月は丸く見える。
十六夜という言葉の響きに魅力を感じるのは男子特有のあれだよね。通じないよなぁ。
「……そうする。これありがと」
五円玉を返してもらい、財布にしまう。
月も太陽も同じくらいの大きさだけど、太陽を見すぎると目に悪い事は何度でも言わないといけない。ガリレオみたいに失明したら大変だ。
「のぞみちゃん、写真上手いね。なんかコツとかあるの?」
「失敗した奴は削除すると上手く見えるとは言ってた。他にもいろいろ聞いたけど忘れたよ。とりあえず使ってるアプリはこれ」
一旦ホーム画面に戻って星の写真を撮るためのアプリを紹介する。デフォルトだとあんまり綺麗に撮れた事はない。でも最近のスマホってカメラに特化して進化してる感があるしそのうちデフォルトでもできそう。
「写真いる? 送るよ」
「ん、貰う」
んー。
最初(最後?)のツーショット写真を送りつけようかな。どんな反応するだろ。
「とりあえず全部送ればいいよね」
「そうだね」
言ったからには嘘は良くない。昨日このスマホで撮影された写真を全部送ろう。
「あ、最初見たのはやっぱいらない」
雪月が自分のスマホを操作し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
ちっ。気付かれたか。
「なんか同じ写真こっちにも来た」
まだ送ってないのに?
のぞみよ、何がしたいんだ。
「お父さんから」
「……」
……。
空は、青いなぁ。
「今窓の先に星も月もなかったよ」
「正直現実以外だったらなんでもいい」
視線を自分のスマホに戻して写真を選択。自棄でツーショット写真も追加。同じ写真二枚あっても困らないでしょ。嫌なら削除すればいいんだ。どうせもう見られて困る人には見られてる。どころかそもそも撮った場所に居た。
「絶対娘につく悪い虫と思われてるじゃん。明日どんな顔して会えばいいんだよ」
「明日?」
「明日のイベント来るって。平日なのに熱心だよね」
「待って、私それ知らないんだけど。明日観望会あるの?」
「いや、さすがに二日おきにやるほど需要ない。プラネタリウムで秋の星座やる感じ」
「私誘われてない」
まぁそうだろうとは思ってた。
だって一人分しか予約なかったもの。
「拗ねても仕方ないよ。今ならともかく一昨日くらいまでの雪月なら誘われても来ないよね。月の出番もない」
「そうかもしれないけど、誘われもしないのはなんか悔しい」
可愛い。間違えた理不尽。
「当日参加ありだよ。どうする?」
「うーん。……天辻君参加するの? できればお父さんと天辻君の両方と顔を合わせるのは避けたい。何言われるか分からないし」
「同感。裏方ではあるけど挨拶くらいはする。雪月が弦さんと一緒に来るならその状況避ける方が難しい。それか会っても一言二言で終われるように忙しくしてようか」
もともと昨日サボったから今回は真面目に参加するしかない。むしろ人一倍働くつもりだ。
「それならそれで行く意味ないじゃん」
「え」
「え? あっ!?」
ちょっとドキッとした。
だけど僕より深刻なのは雪月の方。自分が言った言葉の意味を反芻して理解したようで、顔を背けてそっぽを向く。耳をピーンとさせて緊張しているのが背中越しに伝わった。
普段なかなか見ることができない尻尾を見る機会を得る。しなやかで綺麗。
真っ黒な尻尾がくねくね、くねくね。ずっと見てられる。
ありがとう背もたれのない椅子。
「なんでそんなに平気そうなのよ!」
「そりゃ、雪月が僕の分まで慌ててくれるから」
人が取り乱すと冷静になれるって本当だった。
だって今の僕がそうだ。
「それに結構嬉しいしね」
「~~~。人の不幸を笑う人嫌い」
これ絶対僕悪くない。
むしろ茶化したり冷やかしたりしてないし、これで駄目ならどんな対応すればいいんだって話だ。




