EX. 天辻のぞみの奮闘
月見里さん一家とお月見をすることになった。
もちろん何言ってるのか理解が追いつかなかったけどとりあえず賛成しておく。
雪月さんって夏休み前に出会った猫の先輩だよね。夏休み最後の観望会に参加したとは聞いてたけど、え、もうそんなに仲良くなったの?
展開が早過ぎて着いていくのが難しかったのは私だけじゃなかった。お父さんとお母さんも何言ってるんだ、って反応だった。
向こうの一家とは既に話をつけてたみたいで、なんかもうびっくりが追いつかない。確かにお兄ちゃんが嫌われてたようには感じなかったとはいえ、普通二週間でここまで好感度稼げる?
私がいうのもなんだけど、魔法でも使ったんじゃないかと思った。魔法使いよりできること多いって反則じゃないかな。
「館長が言うにはヤマビル対策がいるらしい」
「任せて、夏休み中には間に合わなかったけど秘密兵器があるよ。名付けて『プロキオン二号』!」
懐(比喩)からお札を取り出す。
一号はお兄ちゃんの誕生日に渡した私達の耳や尻尾が見えるようになるもの。そしてこの二号はなんと、虫除けが可能になるのだ。
「虫除け? ヒルって虫じゃないよね」
「正直あんなサイズの生き物を昆虫とそれ以外に別ける方が無理。ここで言う虫は広義の虫だよ」
人類・獣類・鳥類・魚類以外の小動物を虫と呼ぶことがある。蜘蛛やムカデがそうだ。蝦や蛇の漢字に虫偏が使われてるのにも関係している。正直動物界にいるからって動物と呼ぶのは違和感あるけど無視、虫だけに。
「流石にヘビくらいのサイズは効果はないか、あっても誤差程度だね。トカゲくらいのサイズだと半々くらい。でもヒルってそこまでおっきな生き物じゃないよね」
ポケットからパパっとスマホを取り出して検索。やっぱり二、三センチしかない。このくらいなら大丈夫だ。
ふーん。普通はアルコールや塩を使って対策するらしい。魔法を使ってできることなんてやっぱりこの程度。使わなくたってできることが大半だ。私って結構魔法を使える方なんだけど、このスマホを使った方ができることは多い。『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』らしいけど、科学技術に負ける魔法は魔法と呼べるのだろうか。
「え、便利。すごいじゃん」
「ちなみに普通に対策した方が安上がりだよ。魔法の練習兼ねてたから作っただけ。現代の科学技術には勝てなかった」
うぅ、魔法じゃ地球の裏側まで一瞬で情報を届けることができる技術に張り合えない。魔法を勉強するより理科とか社会学んだ方がよっぽどためになる。何故だ。
「えぇ……。魔法って意外と、いやなんでもない」
一応、お兄ちゃんの分以外は簡単だからローコストで作れる。難しいのは魔法が使えないお兄ちゃん用のものだけ。効果が一晩もたない点に目を瞑れば今から作っても間に合うはずだ。
「お兄ちゃん。私お父さんのお師匠さんから魔法教わってるんだけどさ、ネット回線でビデオ通話して、PDFで資料貰うんだよ」
魔法の入る余地のない通信教育。
正直ガッカリなんてものじゃなかった。羊皮紙と羽根ペンが欲しい。それか秘伝の巻物。便利だから電子データ化しちゃったじゃないんだよ。浪漫を追い求めてこそ魔法だよ。
しかも魔法でできる範囲はパソコンで調べたら出来ることばっかり。なんなら動いてる理屈が分からないパソコンの方がよっぽど、よーーーっぽど魔法っぽい。これが物理法則に則って動いてるなんて信じられない。
「せっかくだから私とお兄ちゃん月見山さんの車に乗せて貰おうよ。で、お母さん達はウチの車で来ればいいじゃん」
子供特有の我儘。
妹、最年少という立場をフルに活かして通すことができるギリギリのラインを見極める。と意気込んで狙ったつもりだったけど、既に雪月さんのお父さんの好感度まで高いからノリノリで受け入れられてしまった。
「私ここがいい。お兄ちゃんと雪月さんは後ろね」
助手席を確保して二人を隣同士にする。それにしてもお兄ちゃん、魔性でも持っているのかと疑ってしまう。まぁ冷静に考えたらお兄ちゃんの獣人に対する考え方を好かれただけだとすぐに思い当たったけど。普通じゃないことを普通に受け止めるの得意だもんね。特別とは思ってるみたいだけど、それを含めてなんとも思ってない。それを心地よいと思う人がお兄ちゃんの周りに多い。というよりそういう人だけを残して他は去っていった。
車の中で私のやるべきことを考える。
二人の雰囲気を見る感じだと、お互い相手が少し気になっていて告白されたらお試しで付き合ってもいいかな、って範囲。のぞみセンサーでは、このままずるずると卒業まで行くとみた。どちらも歩み寄ったりしない。きっかけがないと永遠にこのまま、という可能性が一番高い。
それが、今日お兄ちゃんが企んでいること次第で変わってくる。何をするのか聞いていないけど、私の役目はどうにかしてお兄ちゃんと雪月さんを二人きりにすることだ。
多分そうするだけできっと、二人は上手くと思ったから。
私があれこれするのは最小限でいい。
「この辺で見よっか」
お兄ちゃんがコンパスを使って方位を確認しながらこの場所に定める。何かしらの条件を満たす必要があったことは明白。
私が何か言うまでもなく大人チームと子供チームに分かれてしまったから、あとは私が別行動するだけでお兄ちゃん達は二人きりになる。
「私望遠鏡で月の写真撮っとくよ。明るい内に絶好のスポット探してくる」
「え、それなら僕もついてって組み立てるよ」
「大丈夫。お兄ちゃんはこの場所じゃないと駄目なんでしょ。私、せっかく湖畔キャンプに来たんだから水面に映る月を撮ってみたいんだ」
嘘は吐かない。
以前、湖に浮かぶ月を写真に撮りたいとお兄ちゃんに話したことがある。その時は純粋な気持ちだったし、今もその気持ちは失われていない。私だって星空案内人の端くれ。宙に対する憧れは人並み以上。満月を前にやりたいことの一つや二つ、簡単に出てくる。
「雪月さん、お兄ちゃん何か企んでますけどきっと悪いようにはなりませんよ」
「知ってる」
おっと……。
上手く行くようにアドバイスしたつもりだったけど失敗だったか。早くも惚気られた気分。これ私がここに残ってても二人の世界入ってたね、間違いない。
望遠鏡で一番注意しないといけない点、それはぜったいに太陽を見てはいけないことだ。まだ陽があるうちに望遠鏡を組み立てるときは口を酸っぱくして言われること。今日も気を付けないといけない。
「うぅ、組み立てだけでもやってもらうんだった」
三脚を限界まで低くしても鏡筒を取り付けづらい。それでもなんとか組み立てと導入が終わり、レンズを覗いて目当てのアングルに合わせる。双眼鏡でも良かったかもしれないけど、こっちはこっちでお兄ちゃんを監視するという大事な役目があるから写真は望遠鏡で撮るしかない。
月の出に合わせてお兄ちゃんから借りたスマホで写真を撮る。どうせ目を慣らすのに邪魔だから必要ないみたい。私としてもこっちにしか月を撮る用のアプリが入ってないから好都合。
雨で月を見れない館長に月の出をお裾分け。無事イメージしてた通りの写真が取れた。そのまましばらくハルカみらい展望台のスタッフ達と談笑する。この写真は今日雨で月が見れなくても集まってくれたお客さんに公開するらしい。ちょっとした誇りとそれなりの責任感、そして恥ずかしさを抱きつつ望の時間を待つ。
一分前にアラームが鳴った。これお兄ちゃんのスマホなんだけど、お兄ちゃんちゃんと時間把握できてるのかな。まぁ腕時計してたし大丈夫。だってお兄ちゃんだよ。
この一分で何枚か写真を撮る。どアップ、ちょっと退いて、水面と一緒に。接眼レンズを変えるだけで倍率は簡単に変えることができる。あとは少しだけ位置とピントを調整すれば良い。
あらかた撮り終わって満足したから、あとはお兄ちゃんの方が上手くいったか確認のために双眼鏡を手にする。少し離れた位置にいるけど、プロキオン一号が何処にあるかはすぐ分かる。
そしてお兄ちゃんの姿を確認して
……。
…………。
びっくり、した。
月を見てないなんて、思ってもみなかった。
お兄ちゃんが何を企んでいたのかはなんとなく分かる。狙いは月の明るさだ。それを実感させるための策略なんだと思う。例えばスマホのカメラだと月は明る過ぎて撮れない。だからわざわざ私はそれ用のアプリが入ってるお兄ちゃんのスマホを借りた。
問題は、望の時間を過ぎてるのにまだ月に背を向けていたこと。お兄ちゃんに星より優先するものがあったなんて知らなかった。
お兄ちゃんは星バカだけど、恋愛に忌避感を持ってはいない。今まで縁が無かっただけで、これからも星を嫌いな人と一緒になることはないけど、そんなお兄ちゃんを受け入れちゃうような人が現れたら……。
きっと素敵な関係になれる。
私は今日、その関係を加速させた。
パシャリ
帰り道。後部座席で寝ているお兄ちゃんと雪月さんの写真を撮る。お兄ちゃんは緊張の糸が切れて、雪月さんは……単純に寝不足だったんじゃないかな。写真は後でお兄ちゃんに見せるつもり。どういう反応するかな。
「いいんですか? 雪月さん、お兄ちゃんに取られちゃいますよ。いつの間にか名前で呼ぶ様になっていますし」
隣で運転している雪月さんのお父さんに声をかける。
駄目な訳ない。単なる確認だ。
「はは、仕方ないさ。雪月という名前をつけておいて、私は今まで一度も娘に月を見せたことなかったんだ。こんな機会を無理矢理にでも作って貰わなければ、私は何一つできないということを痛感させられたよ。雨が降れば月が見えない、それが単なる思い込みだと気付かせてくれた。思えばこんな感じで娘との約束を破ってしまったことだってたくさんある。破ったという自覚もなくね。気付かせてもらって感謝しかないよ」
もちろん、お兄ちゃんの行動が裏目に出ることもある。誰彼構わずやればそっちの方が大多数を占めるはず。だからお兄ちゃんが強引にいくことなんて今までほとんどなかった。今回はちょっと上手くいき過ぎな気もする。月見山さん達がいい人達だからかな。
「その写真、後で貰えないだろうか」
「良いですよ。是非娘さんと歓談のネタにでも使ってください」
せっかくだし弦さんとタイミング合わせてドッキリみたいにしてみようかな。
後部座席では、今もお兄ちゃんと雪月さんが双方にもたれ合って眠っている。二人の姿はまるで、互いに全体重を預けて信頼し合っている恋人同士のようだった。
失礼、もし今夜二人の仲が恋人までいってたら比喩表現じゃないね。
二人を起こさないように、この車は行きより少しだけスピードを落として進んでる。




