表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/21

10. 満月を見に行こう

 パンドラの箱をご存知だろうか。

 箱じゃなくて(かめ)だった説もあるが今話したい事とは無関係のためここでは割愛させていただく。


 ギリシャ神話にこんな話がある。パンドラという女性が神々にとある箱を持たされた。その箱の中にはありとあらゆる災厄が詰まっている。そんな碌な代物じゃ無かったけど、ギリシャに限らず神話なんてそんなものだ。珍しくない。

 ある日、故意か偶然か、はたまた何かしらの陰謀があったのか、その全ての災厄が詰まった箱が開いてしまった。当然、その災厄達は箱の外に飛び出し、人々はその災厄と正面から向き合う事になった。でも咄嗟に箱を閉めたおかげでたった一つだけ、その箱から出なかったものがある。その最後に残されたものこそ、希望だ。


 パンドラの箱の話をざっくりまとめるとこんな感じになる。この最後に残ったとされる希望についての解釈は意見が分かれるところだけれど、僕はこの希望は未来だったのではないか、という説を支持している。何が起こるか分からない、だから例え今が災いの真っ只中だったとしても、明日はいい事があるかもしれない。明後日こそいい事がある。未来を知らないからこそ次を期待できる。そんな感じの説だ。


 話を現実に戻す。

 パンドラの箱が語られた時代と比べて、人類は予知とまでは行かないまでも予測ならかなりの精度でできるようになった。その内の一つがそう、


    天気予報


である。

 人間は強欲な生き物で、それが例え絶望だとしても自分の手にない事が我慢できない生き物らしい。その貪欲さを僕も見習って行こうと思う。


 中秋の名月は九月十日の日曜日。しかし、実は土曜日も日曜日も予報では雨だ。それがもう木曜日くらいには分かっていた。

 現在土曜日の午前中、つまり丸二日ほど、なんとか晴れてくれと既に祈り尽くしていた。でもたった一人の、いや例え全人類が心を一つにしたとして雨雲を跳ね除けるほどの力はない。


『もしもし月見山さん?』


 通話機能を使って月見山さんに連絡を取る。計画の変更を伝えないといけない。


『雨、だね。まぁ気にしないでよ。満月はまた来る訳だし、今回は縁がなかっただけ、それに月の写真なんて今どきネットにいくらでも転がってるしなんならもう天辻君に見せてもらったやつがあるし』


 思ってたよりだいぶ楽しみにしていたらしい。声がちょっと沈んでる。そして何より、その小さく早口な口調は僕が星を見逃した時の口調とそっくりだ。


『大丈夫。天辻君の所為じゃないよ』


 それだけ強く思ってくれていた事を嬉しく思う。昨日の昼休みもしきりに晴れるか聞いてきたし、なんなら文芸部の部室にてるてる坊主までぶら下がってた。


『また来月、観望会があったら呼んでよ』


『月見山さん。悪いけどそんなに待てないんだ』


 確かに九月にしては珍しく、今日も明日も雨だ。秋雨にはちょっと早すぎるだろう。


『あー、なんかごめんね。ちょっと盛り上がっちゃって。こんな気分になるんなら……』


『遠征! するよ!』


 (あきら)めの声を遮り、希望を得るため計画の変更を宣言した。





 せっかくの中秋の名月と満月が重なり、さらに(ぼう)が一八時五九分という絶好の機会。

 ()()()雨雲如きに邪魔されるのは我慢ならない。未来は希望の代名詞だ。例え現在がどうしようもなかろうが、自分の行動で未来を変える事が人間には赦されている。絶望から這い上がる手段はまだ残されている。


『なんで私より先にお父さんに許可取ってるのよ!』


『いやだって、年頃の娘をいきなり連れ出したりしたら失礼だろ』


 弦さんからしたらいきなり娘が男と遠出するってことになるわけだしそれを諸手をあげて賛成なんてきっとありえない。たった一回星を見て終わりのつもりで連れ出すならひょっとしたらありかもしれないけど、これからも星を見てもらうためには家族の理解があって困ることはない。そして、弦さんの理解を得ることはそう難しいことじゃなかった。なんならうちの親より簡単だったかもしれない。二つ返事だったのぞみを見習ってほしい。


『だからって普通パ……お父さんの方に声かける? そっちの方がハードル高いって絶対』


『僕に普通なんて求めないでくれる? あと別にハードルは高くなかったよ。顔を合わせての会話ならともかくメッセージのやり取りなら月見里さんより弦さんとの方が断然多いし』


『それこそなんでよ!?』


『いやだって弦さん知識も経験も豊富で話が弾むんだよね。惑星の小集合の写真を撮るため日の出前の早起きとかも経験者だよ。おかげで理解も早かった。聞いたことない?』


『……ない。クラスメイトから自分の父親の話聞くとは思わなかったよ』


 そりゃさぞかし微妙な気持ちになることだろう。

 ちょっと気の毒かもしれない。でもある意味自業自得だと思う。嫌ならもっと親孝行がてら話をすればいいんだ。


『まぁそういう訳で、県を二つ跨ぐよ。ギリ日帰りできる場所だけど月曜日遅刻しても知らないから』


 弦さんは月曜日に午前休を取るらしい。なんと車を出して貰えることになった。向かう場所が結構山奥で公共交通機関が使えないからすごく助かる。うちも家族四人で久々の日帰り小旅行。なんだ、ついでに獣人同士の顔合わせもできるじゃないか。一度顔合わせしたいとは両者から聞いていたしこの満月を絶好の機会としよう。今日決めてはい明日。思い立ったが吉日より一日猶予がある分いくらかマシだ。

 正直このくらい強引じゃないと機会なんて来ない。

 満月を見逃さないための言い訳に過ぎないけど。






「ねぇおかしくない? ですか?」


 日が明けて日曜日の午後。僕は車の中にいた。弦さんが運転する弦さんの車の中にだ。

 あれ、僕の計画だと車二台で向かうから僕が乗るのは天辻家の車のはずなんだけどなぁ。

 昼食はもう取った。もちろん別々に。


「いやいや大輔君、女の子をデートに誘うなら現地集合・現地解散はやめた方がいいよ」


 運転席の弦さん。

 同伴してる時点でデートって認識はないですよね?


「お兄ちゃんも気が利かないよね。雪月さんも大変だ」


 助手席ののぞみ。

 意図的に勘違いしてるな。流石に分かる。


「別に完璧なエスコートを期待してた訳じゃないけど、それはないね」


 後部座席右の月見山さん。

 待ってそっち側なの? それでいいの?

 一緒に冷やかされてくれないの?


――次、左です


 運転席スマホスタンドに取り付けられた僕のスマホ。

 誰も助けてくれない。父さんと母さんは月見山さんのお母さんと一緒に向かってる。なんでも昔母さんとちょっと縁があったらしい。お互い苗字が変わっていて気づかなかったそうだ。


「高校生の限界です。電車やバスで行って帰ってこれる場所に月見スポットはありません」


 少なくとも僕は知らない。なんならこれから向かう場所も、知ったのは昨日のことだ。

 卒業したら車の免許取ろう。これまでよりもっと遠征がしやすくなる。


「でもいいの? 天辻君今日観望会のスタッフやらないといけないんじゃない? 私とお父さんはキャンセルすればいいだけだったけど、天辻君はそうもいかないよね」


 話題を変えてくれたのは、僕と同じくこの話題を続けられると不利益な人物。だけど隣から聞こえてきたその疑問に応えるには、別に話題変わってないことを伝える必要がある。


「高熱でうなされて腹痛頭痛腰痛筋肉痛で死にそうって伝えたら休みになったよ」


 黙ってサボるのは気が引けたから、堂々とサボる宣言してきたとも言う。バイトという、所詮は無責任な立場だからこそ取れる対応。正直もう天文台に行けなくなるかなって少し覚悟してた。


「……ごめん。私が我儘言ったから、だよね」


「言ってないけどね」


 態度には出てたけど、ちゃんと(こら)えてた。

 言葉にしてもいいかもしれなかったけど、我儘を言うにはまだちょっと僕達の距離は遠いんだろう。


「ちなみにそう言ったら、今から向かう目的地を紹介されたんだよね。例の満月の名前の娘のためでしょうって」


 僕が何をするか、既に館長はじめ仲の良いスタッフにはバレてた。お礼は今度彼女として紹介してくれればいいからって言われた事は黙っておく。まぁ客観的に考えて、ここまでする理由に恋愛感情を求める外野の気持ちが分からない訳じゃないから黙って情報だけありがたく頂いた。

 僕としては、できるからやってるだけなんだよな。なんというか、ブレーキを踏む理由がない。ちなみにブレーキ壊れてるのは僕だけじゃなかった。なんでもこの職場、仕事ほっぽり出して星見に向かうのは一人前の証だそうだ。


「バレバレだった訳だね」


 赤くなって黙り込んだ月見山さんの代わりにのぞみがけらけらと声をあげる。


「僕としては場所探しが一番の難点だったんで助かりました。館長の知り合いが経営してたキャンプ場で、去年閉鎖されたところらしいです」


 個人でそんな伝手を持ってる館長に尊敬の念を抱きつつ、虎の威は出来るだけ借りて行こうと決意する。

 ここ以外も星見スポット持ってそうだ。とりあえず全部教えて欲しい。


「なんというか。その、楽しそうな場所だね、ハルカみらい天文台というのは」


 弦さん、言葉を選ばなくてもいいんですよ。

 みんな馬鹿なんです。僕がサボる対象で賭けしてたらしいですよ。ちなみに本命は火星、一年間サボらないに賭けた人は一人もいなかったそうだ。で、見事予想を当てた館長は上機嫌にこれから向かう場所を教えてくれました。こうして月を見るためにサボってるから何も言えない。恩恵も必要以上に受けていてばっちりプラス側に傾いてる。

 ただ、このもやもやした気持ちの掃き出し先は募集中です。


「雨なんであんまり人集まらなかったらしいですけど今日は子供向けにかぐや姫をやるんですよ。で、その後は月の周回衛星『かぐや』についてですね。月の地平線に沈む地球は必見ですよ」


「周回衛星? って何?」


 自分のことが筒抜けだった羞恥から復活した月見里さん。あれ、『かぐや』については説明しなかったっけ? 月の探査機としか紹介しなかったかも?


「文字通り月の周回軌道を回ってる奴だよ。地球の周りを回ってる人工衛星みたいな感じのを月でもやってたことがある。もう回ってないけどね」


「そう。どうなったの?」


「月に制御落下。データとるために月面に落としちゃったんだ」


 地球なら雲の様子を観測したりGPSに利用したりと人工衛星の価値があるんだろうけど、気候変動がなく生物もいない月には必要なかった。


「そっか。仕方ないね。ちょっともったいない気もするけど」


「『かぐや』って何話したっけ? 表と裏で重力が違うこととか?」


「それと月の地形図ができたって話だね。月は太陽に対して傾きが全然ないから白夜、一日中()が当たる場所が存在しないことは聞いたよ。たしか北極の方が南極よりちょっとだけ陽が出てる時間の割合が大きい、んだよね」


「そうそう、よく覚えてるね」


「あと、月の裏側の写真とかもあるんだっけ。この前みたいに天文台で保管している写真とかないの?」


「うちの天文台に来てくれたらいつでも……いや、やっぱ来ない方がいっか。うん。持ち出せるか聞いてみるよ」


 月見里さんをハルカみらい天文台に呼んだらどうなるかを少しだけ想像して自分で却下。この前の手芸部に行く行かないみたいな罠があった。どっちがマシかは知らないが、両方とも回避すればいいだけだ。

 ……まぁ僕の方はこれからもお世話になりそうだから回避しきれるかは分からないが。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ