9. 日常に猫耳の入り込む余地はあるか
「見つけやすい星座ってどんなの?」
「え、夏だとやっぱりはくちょうかな。あとさそり」
「アンタレス、だっけ? 小学生の頃授業で出てきた」
「そうそう。語源的には火星と敵対するものでアンチアレスからきてる。火星を英語でマーズていうじゃん。マーズとアレスが同じ神様、戦いの神様だね。同じ赤くて明るい星だから対比された感じ」
「火星だから火の神じゃないの?」
「火星の漢字に火が使われているのは西洋じゃなくて中国とかの影響なんだ。五行思想だね。特に明るく、他の天体と比べて動きが特異な星がいくつかあったんだ。火星。水星。木星。土星。金星。これに月と太陽を足して七曜が生まれた。曜日の語源はこのへん」
「惑星ってそんなにすごいの?」
「昔の星は夜空の地図だからね。その地図、だいたいは固定されているんだけど、変わった動きをする奴があれば目立ったんだ」
「変わった動き?」
「ほら、惑星って他の星に比べて地球に近いじゃん。だから太陽系の星は、夜空の恒星とは違う動きをするんだ。だから惑う星、惑わせる星と書くんだよ」
「あー、なるほど。もう惑星の漢字迷う必要なくなったよ」
「惑星を漢字で書く機会欲しい? こっち側に来ると年に何回かあるよ」
「いいでーす。確かに、普通に暮らしてると惑星の漢字使う機会ないや」
「ねぇ」
「うん?」
「月はなんの神様なの?」
「月の神様はウサギだピョン」
「……」
「……」
「……冗談だって。まぁ帝釈天に献身をささげた兎の神話ならインドとかに残ってるし全くの嘘ではないよ。ツクヨミは調べても碌に載ってないから諦めた。ギリシャ神話の方はアルテミス。狩りの女神様で、ゲームとかだと弓使いが多いのはアルテミスが弓の名手だったからだよ」
夏休みが明けて。
星三昧の日々に別れを告げ、学校生活が帰ってきた。自由研究(提出は読書感想文と選択、両方でも可)で何人か観望会に呼んだ人が天体を挙げてくれた事は成果といっていい。スマホで撮影したらすぐ資料にできるのと、ギリ七月という夏休み前半の観望会に呼んだ事が功を成した。多分また来年の夏休みに誘えばいける。
一学期と大きく変わったことは、昼休みに月見山さんに拉致されるようになったことだろうか。手芸部の部室がすぐ隣の建物だったので、そこで弁当を食べるようになった。
のぞみ、月見山さんは手芸部だったぞ。
「ゲームやんないよ。なんかもっと他にない?」
月のことを聞きたいのは耳や尻尾で丸分かりだ。ただ、いつも最初の質問は月以外のこと。ジャブのように月以外の天体の質問から入るのがちょっと面白い。僕としても、月だけよりかは他の天体の話ができた方が楽しい。
「しょ……、あー。プレアデス七姉妹って侍女がいる。プレアデスは冬の星だから今見えないんだけどね。日本だと昴とか六連星だね」
七人揃って六連星。
僕としては昔は七つだった説を推してる。そもそもプレアデス星団にある星は七つどころじゃない。ただ確認するには望遠鏡か双眼鏡がいる。
「昴、単語としてはよく聞くね」
「ハワイにある望遠鏡にもスバルの名が使われてるよ」
「ハワイで望遠鏡思い浮かべるのは無理かな」
「僕もパスポート持ってないし特に行きたいとかはないなぁ。でもハッブルは直接見てみたい」
「ハッブル? はどこにあるの?」
「宇宙」
「え」
「宇宙空間。高度で言うと五五〇キロメートル付近」
「……それって直接見れるものなの?」
「無理じゃないかな。少なくとも調べようと思ったことすらない」
「そもそもなんで宇宙にあるのよ」
「星を見るのに空気が邪魔だからだよ」
「あー。なんか昨日聞いた気がする。地平線近くだと月が赤く見えるのは空気の所為なんだっけ」
「そうそう。ハッブルで画像検索すると、結構いろんな面白い画像が見れるよ。星雲とか銀河とか」
「月は?」
「月? ハッブルで? ピント合うのかな? ごめんちょっと調べとく」
「……」
不満気な目線。使えない、とか今にも聞こえてきそう。
流石に被害妄想だ。でもすごく敗北感を感じる。九十億光年先だって見ることができるハッブルを使って月を見るなんて考えた事もなかった。
「いやそんな耳しないでよ。だいたい、ハッブルで月を見れたとしても表側だけだよ。月は地球に同じ面しか見せない。地球のすぐそばにあるハッブルも同じ」
指摘されたことで月見山さんの耳がピクピク動くのを見るのがマイブームです。趣味悪い? なんのことか分かんないよ。
「天辻君、知らない事があるとすぐ私の耳に話題持って行くよね。そういうのどうかと思う」
「ごめんなさい」
ごめんなさい。のぞみに聞いたけど、尻尾や耳を自分の意思で動かすことはできるけど、動かさないことは限界があるらしい。肺みたいなものだと言われた。確かに、意識して肺を動かすことは簡単だけど、意識し続けることはできない。少なくとも、僕には不可能だ。
「でも実際なかなか素敵だよね、その耳。もっと多くの人が持ってたら世界は平和になる気がする」
「はぁ。私の耳で和まないでほしいんだけど。それに可愛いのは私じゃなくて猫じゃん」
「いや、耳含めてちゃんと可愛いよ。そうじゃなくて感情表現の発信として優秀だって話」
「……っ。私の感情が筒抜けってことじゃん。不公平」
「公平な世界楽しい? というかあれだよ、優秀なのそっちだよ。例えば人間は霊長類の中で唯一白目を持っているんだ。視線を伝えるための進化の証。人は感情を伝えるために今だって体を作り変えてる途中なんだ」
「じゃあ天辻君も耳欲しい?」
「欲しい。似合うかどうかが心ぱ……取り出さなくていいよ。懐かしいね、ここに置いてるんだ」
まだ一学期だった頃、月見里さんに渡したネコ耳は手芸部の部室、その引き出しに眠っていたらしい。
パッと取り出せる位置にあるってことはまさか時々出番あるのだろうか。ちょっと手芸部気になってきた。楽しそう。
……。
あれはもしや
「確かに、耳なくても目線で何考えてるか分かるね。進化って言っていいのか微妙だけど」
仕方ないじゃん。
ネコ耳が入ってた引き出しの上にあるガラス張りの戸棚に、手芸用品がいくつかおいてあり、その中に一つ目を引くものがあった。目に入ったのは赤い毛糸玉。赤以外にも青とか緑とか、とにかくちょっと触れるとそのままころころと転がっていきそうな丸いブツ。
要するに、そこには子猫の遊び道具として使えそうなおもちゃ兼絡まって身動き取れなくなる天敵となる存在が鎮座していた。
机の上の毛糸玉をころころと手持ち無沙汰に転がす姿を幻視した。たぶんその光景は共有できてる。
退屈なように見えて、内心真剣に人差し指を弾き、トンッ――ころり。右手で弾いたその毛糸玉を、力なく机上に放り出していた左手で受け止める。上手くできたらきっと表情はそのままにドヤ耳するんだ。
「進化だよ。伝わらないより伝わる方が絶対にいい。伝わった後嫌われるならそれはそれ、結局本人の問題。ちょっと避けられるのが早くなる程度でしかない」
「今ここで私に嫌われる心配とかしないの?」
「ちょっと困るなぁ。今週末の中秋の名月まで待って欲しい。あ、僕が嫌なら話通しとくよ。のぞみなら大丈夫?」
「そこは気を使うんだ。いいよ天辻君で。今日みたいになんでも訊いてって言っておきながら自分の無知で言葉詰まらせる様を期待してるよ」
思ったより性格悪い。
流石は魔女の使い魔として名高い黒猫の姿を取っているだけはある。
「今黒猫の悪口考えてた?」
「黒猫から溢れ出る神秘性について考えてた」
人は視線でものを伝えるように進化した。
ただ、言葉の進化はそれとは比べ物にならないくらいの飛躍を遂げている。言い回しを変えるだけで真逆の印象になることだって珍しくもない。ちょっと進化しすぎ感すらある。
「誤魔化すの上手い人って信用ならないね。猫耳着けて出直して」
でも言葉を尽くそうが信用を得られない人間だっている。くそぅ。
のぞみが羨ましくなってきた。
「耳生えてきたら僕も手芸部に入れて貰おうかな」
「素人の癖に女子ばっかの部活に踏み込む気? できそうで怖いね」
流石に無理。なんでできるって思われてるんだろう。
そもそも一回や二回ならともかく、継続して同じコミュニティに属するの苦手なんだよな。あんまり深く関わらないくらいがちょうどいい。
「前言撤回。なんかここで話す機会多いから気が大きくなってた」
「そういえばそうね。先週は手芸部の活動が二回。昼休みにずっと付き合ってもらってたわけで、一日三十分と換算すると……。うん。天辻君、大半の手芸部員よりこの教室使ってるね。もう手芸部員じゃない? どうする? 今日体験入部する?」
意味分かって言ってるのかな。
……ちょっとだけ悩んでチキンレースに参加する。
争いは誰も幸せになんかしないとはいえ、なんとなく退くのは気が引ける。世の中勝ち負けじゃないなんて戯れ言だ(混乱中)。
「ひょっとして外堀埋めようとしてる? その場合、僕きっと月見里さんの彼氏だよ。少なくとも対外的には」
「っ! ……!! !!!!」
百面相なんて初めてみた。
耳と目がぐるんぐるんしてる。後ろ見えないから分かんないけど、たぶん尻尾もぐるんぐるんしてる。勝った。
女所帯に男を連れて行ったらどうなるか、僕だって簡単に想像できるんだから普段から交流している月見里さんはもっと簡単にその光景を思い浮かべることができるんだろう。そして、その反応から僕の想像とそう間違ってないことを確信する。
「いや気付かなくてごめんね。今の状況も客観的に見たら誰もいないのをいいことに自分の部室で逢引してる訳だもんね」
もちろんそういう見方もできるというだけ。
本気で思ってる訳じゃない。そんな期待は四割くらいしかしてない。でもこうしてお昼を一緒に食べるようになって一週間以上経つ訳だし期待の割合高めてもいいかもしれない。いやでも月見里さんのこの反応、たぶんそんなこと夢にも思ってなかったんだろうな。
「ちgっ、何iっt……」
半分くらい言ってる分かんなかったけど、慌てて混乱中なのは手に取るように分かる。
楽しい。なんかテンション上がってきた。これは別に無知と言われてムキになっているからじゃない。ないったらない。勘違いしないで欲しい。
「部室の鍵まで用意して、用意周到だよね」
「これは、私の教室が部室に一番近いから任されてるだけで」
声が小さくなったけど、今度はちゃんと聞き取れた。
なるほど、ちょっと疑問だったけど解決した。そんな事情だったのか。確かに近い。
「ごめんごめん。この関係が時間制限付きのものだってちゃんと分かってるよ」
溜飲が下がっ……男を誘って二人きりになる危険性を十分に理解してもらったのでこの辺でおしまいにする。あんまりやり過ぎてこの関係が終わってしまうのは僕だって惜しい。
この関係が次の満月の後どう変わっているか、一学期に信用できないと言われた訳だしきっとただのクラスメイトの関係に戻るだけ。そこに寂しさを感じない訳ないけど、次の観望会が成功したらまたどこか満月の日に、それこそ雪月の日にでも観望会に誘おうと思ってる。そのくらいの関わりならきっと許してくれるだろう。
「ばか」
ちなみに
ハッブルが月を撮影したのは一九九九年のことだった。生まれる七年も前の、何なら前世紀の出来事じゃんか。知らないって。
ハルカみらい天文台に写真があったから許可もらって持ち出した。昼休みに月見山さんに見せるだけじゃもったいないしせっかくだからと放課後に五分で分かるお月様講座をしたらそこそこ好評だった。実物って強い。




