プロローグ. 星が好きな理由
スーパーねこの日(2022/2/22)なのでネコ耳ヒロインの物語投稿します。
一応最後まで書ききってはいるのですが、ちょっと事実確認とか推敲とかあるので週に2~3のペースで更新していく予定です。
星空案内人をご存じだろうか。
まぁ一般人より多少星について詳しく、ちょっとだけ空に思い入れがある人のことだ。
半年ほどかけて準案内人の資格をとり、そこから実際に星空を案内できることこ証明して星空案内人になることができる。言葉の響きがいいのでこの名前は自分でもかなり気に入っている。
年齢に制限はない。現に僕が星空案内人になったのは中学生の時だし、小学生だった妹も無事合格している。同期には定年退職された人だっていた。
「あれは私でも知ってるよ。オリオン座でしょ」
隣にいる少女が東の空を指し、特徴的に並んだ三つの星と、それを囲う四つの星に代表されるアステリズムの名前を言った。
冬の星座の代表格。
明るい星が多いから、夜空で一番見つけやすい星座だと思う。
知名度では誕生日の十二星座がやっぱり上だろうけど、言葉としてじゃなく星の配置としては最も有名な星座なんじゃないかな。
星座ではないけど北斗七星も捨てがたい。
「オリオン座ねぇ。オリオンって知れば知るほど好きになれないんだよなぁ」
「ふふ、今のすっごくソムリエっぽかったよ」
星空案内人は星のソムリエとも言われる。
以前彼女に、「ソムリエは素人を馬鹿にしているような感じがして嫌い、星空案内人と呼んで」と言ったことを思い出した。
もちろん個人的なイメージの話で、僕自身は星以外のソムリエの人にはあったことがない。
会ったことがある星のソムリエ達も、いい人たちばっかりだ。
……たった今、僕はそのいい人から外れたような気もするが。
「オリオンは猫の毛皮を剥いでそれを王様とその娘に送ったよ」
「じゃあ駄目だ。私もオリオン嫌い」
ホントは猫じゃなくてライオンだし、そのライオンは島を荒らしまわってたんだけど、彼女の支持を得るために黙っておく。
星の否定的な側面だけを語るなんて、星空案内人失格だけどここには僕と彼女の二人しかいないし許してもらおう。
彼女はこの程度じゃ星を嫌いにならない。
「星座って猫に厳しいよね」
自身のネコ耳を横にピーンと伸ばし、不満気な声を上げる。
二〇二二年現在、国際天文学連合に定められた星座は八十八個。
その中でネコ科に分類される星座はしし座、こじし座、やまねこ座の三つだけだ。
そのうちこじし座とやまねこ座は、星座と星座の隙間を埋めるために作られた新しい星座で、特に神話などはない。
もちろん明るい星もなく、一番明るい星も三等星や四等星だ。
しし座は一等星を持つけど、神話ではヘラクレスに退治されるバケモノといった扱い。
余談だけどオリオンが討ったライオンとは別人……別ライオンだ。
「歴史の差じゃない? 猫より犬の方が古くから人の友だった」
「そうなの?」
「所説あるだろうけど、イヌは一万五千年前、ネコは九千五百年前からだね。あとはヨーロッパに昔ライオンが生息していたのも大きいんじゃないかな」
「むぅ。なんか詳しくない?」
「なんでだろうね。誰かさんの所為で最近イヌネコ論争に巻き込まれることが多いからかもよ」
「猫に詳しくなるのはいいことだ」
なぜか得意気な顔をしてポケットからかつて月に行った宇宙船と同じ名前のチョコレート菓子を一口頬張る。
このボケに反応するかどうか迷ったけど、結局反応しないことにした。
猫にチョコは駄目だという話に持っていきたいのだと思うけど、もう僕は彼女がチョコも玉ねぎも、アボカドだって食べられることを知っている。
頭のネコ耳は飾りかよ。
「で、今日の目的はなんだっけ? 連星だよね。ミラ?」
この夏まで彼女は星にさして興味を持ってなかったはず。
だからミラという比較的マイナーな星の名前を上げたことに驚いた。
それに、そろそろミラが南中するし的外れなんてことはない。
「一番の目的じゃないけど見てみよっか。そういえば僕ミラを望遠鏡で見たことないや」
二人しかいない観望会。
気ままに見たい星に望遠鏡を向けることができる。
ミラって今何等級なんだろう。
「ちょっとアルビレオを見比べてみようと思ってね」
「アルビレオ……。って夏の星だよね。夏休みの観望会で聞いた気がする。あれ? 夏の大三角の星座のどこかじゃなかった?」
上着がないと確実に凍えてしまう、冬に相応しい寒さの中で疑問の声が上がる。
夏とは正反対の気候だけど、だからって夏の星座が見えない訳じゃない。
「あれとあれとあれが夏の大三角ね。もうすぐ沈むからちゃっちゃと準備するよ」
ミラはまだ沈まない。
というか沈むくらい(今の時期だと深夜二時以降)まで彼女を連れますと彼女のお父さんに殺されるかもしくは赤飯を炊かれる。
問題を先送りするためにも今最優先なのは夏のアルビレオだ。
正直こっちの方のアルビレオはそう難しくない。
三等級だし夏に何回か合わせたこともある。
月も出てない今ならよく見える。
……ごめん。少し見栄を張った。地平線近くの三等星は結構難しい。
「アルビレオって何座なの?」
「はくちょう座。南半球で見れる南十字に対してはくちょう座を北十字とかノーザンクロスとか呼んだりもするよ」
厳密にははくちょう座と北十字は違うと僕の中で声がするけど黙殺。
これ以上玄人ぶってもいいことなんて何もない。
ほどなくして望遠鏡でアルビレオを捉えることに成功する。
きれいなオレンジ色の明るい星と、それに比べて少しおとなしめな青い星。
「導入終わったよ。地球が回らない内に見てみて」
望遠鏡の視界は狭いから自転のスピードがめちゃくちゃ速く感じる。
世の中には地球の自転に合わせて見る角度を変えてくれる望遠鏡が存在するんだけど、予算が、ね。
まぁ、地球の自転に合わせて望遠鏡を動かせるので多少ズレても大丈夫。
ちょっとした操作は彼女でも、というかちょっと器用な人なら素人でもできる。
触っちゃいけないところを触らなければいいだけだ。
「連星。話には聞いてたけどこんな感じなんだね。ねぇ、アルビレオに地球みたいな惑星があったら太陽が二つあるってこと? それともずっと昼間? もし生き物がいたら時間間隔どんな感じなんだろうね」
なんとなしに気になったことを聞いただけだと思う。
連星に惑星が存在するとどうなるかは知らないけどあり得ない話じゃない。
例えば太陽系の場合は木星があと百倍重かったら恒星として自ら光輝いていたという話も聞く。
もっとも百倍程度では夜を昼に変えるほどの明るさにはなれないから、実際はもっともっと重くなる必要がある。
「アルビレオに関しては残念ながら同じ系ではないらしいよ。天文学は日進月歩だから十年後は違う説が有力になっている可能性はあるけど、ちょっと前にアルビレオに関しては見かけの連星であることが判明した」
連星といっても、地球からみたら同じ方向にあるだけの見かけの連星と、お互いが重力圏にある実視連星に分けられる。
アルビレオの二つの星が離れた位置にあると分かったのは、本当につい最近のことだ。
「そうなんだ。ちょっと残念。色違いの太陽とかちょっと面白そうなんだけどなぁ」
「次のアルビレオは実際にお互いを公転してるみたいだからそこでは色違いの太陽が見れる惑星があるかもね」
「次? アルビレオって2つもあるの?」
「アルビレオの名で呼ばれるのははくちょう座のこの星だけだけど、アルビレオに似た連星があってそれぞれ春・秋・冬のアルビレオってよばれてるんだ」
「おおぅ。なんかニセ富士みたいだね」
「ニセ富士って何?」
「富士山に似た山。大抵は山本体が似たことはあっても周りが全然違う。北海道にある蝦夷富士とか鳥取にある伯耆富士とかがそうだよ。まあ言っちゃえばご当地富士山」
日本って富士山好きだね。
でもダイヤモンド富士とパール富士は一回見てみたい。所詮僕も日本人か。
「と言う訳で今日はアルビレオ巡りをしようかなって。秋のアルビレオはアンドロメダ座であそこにもう見えてる。春と冬はもうちょっとしたら昇ってくるよ。それとももう出てるかな」
東の地平線近くにシリウスとプロキオンはもう見えてるから出てきていてもおかしくはない。
でも夏、秋と違って二つとも見えづらいんだよね。星座全体が出てきてくれればまだ分かりやすいんだけど。
この口径の望遠鏡で無事見えるだろうか。
「ねぇ。どうしてそんなに星が好きなの?」
「どうしてだろ。明確なきっかけと呼べるものはないよ。それに知っての通り全部が全部好きって訳じゃない。ただ、夜空を眺めるのは確かに好きかも。うーん。難しいこと聞くよね。夜中に起きててもいい理由として都合よく使ってるだけなのかも。夜に外で何かをするってワクワクするものがある」
「私はあなたと見る星はそれなりに好き。けどたぶん一人では見ないよ。満月の日に今日は月が綺麗だった、くらいの感想は持つと思うけど」
告白かな?
いや落ち着け。
引っ込んでろ夏目漱石。
I love youという言葉を残した文豪に心の中でいわれのない悪態を吐く。
今日の僕なかなか最低だな。
「星が不思議なんだと思うよ。知れば知るほど分からなくなる。流石に一定を超えると興味の外にいくけど、星のいろんな現象が興味の対象なんだ」
太陽の黒点。
木星の大赤斑。
土星の環。
オールトの雲。
太陽系に限ってさえまだまだたくさんある。
まぁ一番面白い星は? って聞かれたら迷いなく地球と答えるんだけど。
ただ見てみたいという関心、原理を知った時の感動、他人が宙に求めたことに対する共感。
思えば自分から手を伸ばしたものは星が初めてかもしれない。
「ほら、猫も想定外の動きをするおもちゃを追っかけまわすじゃん。あれと同じだよ」
正確には違うかもしれないけど、昨日見た猫動画の猫と自分を重ねてしまった。
星を見る理由なんて、あんな感じにただ気になったからでいいと思う。
本能万歳。
猫を例えに出されたことで少し耳が反応した。
このネコ耳も星と同じくらい気になる。
許可がでたら小一時間撫でまわすかもしれない。
「分かったような分からないような?」
首をかしげる彼女に声をかける。
ネコ耳と合わさって疑問が解消されていないことは丸わかりだけど、僕だって自分が星を好きな理由は分からない。
「そろそろ次のアルビレオに行こっか。今見てたのは夏で、次のは秋だよ」
ファインダーを覗き込み、角度とピントを合わせていく。
アンドロメダ座の星はアンドロメダしか見たことないしちょっと難しいな。
「私は、あなたが星が好きだから星を好きになったんだよ」
小さく囁かれた言葉だったけど、周りが静かなおかげで十分聞き取ることができた。
ピントを合わせる時間が長くなったのは、半分は不慣れな所為だけどもう半分は赤くなった顔を冷やすためだ。
これは――
星空案内人の僕、天辻大輔と
ネコ耳を携えた少女、月見里雪月の物語