僕の初恋はあなた
ドビュッシーの月の光が好きで、描いた物語です。ぜひ、聴きながらでも、月の光を思い浮かべながらでもいいのでゆっくりと見ていただけると嬉しいです。
それは、僕にとっての初めての恋だった。
窓から降り注ぐ月の光を纏う祖母と、ピアノはまるで神話の中の女神様のようだと感じた。
こんなに高揚したのは初めてで、瞬きできないぐらい目が離せなくなった。
息を呑むような静けさの中に、優しく響くピアノの音色はすぐに僕を包み込み、強く僕を震わせた。
『これが僕の初恋だった。』
この出来事は、5歳の時で、祖父を亡くした祖母が僕らの家に住むことになったことがきっかけだった。
成長するとともに症状はなくなってくると医師に言われ、今は健康的な体になったが、その当時の僕は、激しい運動、外にでることができないくらい病弱な子供だった。
そして、家から出れない僕は友達もおらず、ストレスのせいで一切笑わない暗い性格だった。
家から出ることのできない僕は、窓の外の世界は絵本の中の御伽噺のようで、幻で、僕だけが知らない世界を恨んでいた。
そんな僕に、祖母は、春の暖かさ、川のせせらぎ、揺れる草原を見せてくれたり、雪の美しさを感じさせてくれたりと全てをピアノを介して教えてくれた。
当時、男性が音楽を学ぶことはタブーとされていたが、僕とピアノの相性は抜群だったようで、普段、表情筋が死んでいる僕が口角を上げ、弾いている姿をみて、兄弟、両親はなにも言えなかったらしい。
祖母がピアノを弾く姿は本当に美しく、儚げで心に染み渡る。祖母はいつも2つの指輪をつけていて、「この指輪は、おじいちゃんとの結婚指輪なのよ、キセラという小さな街があるのだけど、そこは港町でね、暗闇に光る満月と水面に映る2つの月の下でおじいちゃんがくれたのよ。緊張して真っ赤になったおじいちゃんはとても面白かったわ!!それでね、指輪を手が震えすぎちゃって海に落としちゃったの!!2人で夜の海の中に飛び込んで...すごく素敵な1日だったの。そして、この指輪は、母に貰ったものなの。母の目は綺麗な緑色でね、太陽の光が降り注ぐ森の中のような暖かくて美しい色だった。」2つの景色が浮かべ、キラキラと光りながら軽やかに弾き、語るその姿は指に妖精が宿っているようで大好きだった。
でも、
13歳の冬、祖母は亡くなった。
僕はその日からピアノに触れることはなくなった。
ピアノと祖母が僕の心の拠り所であり、縋り付いていた僕には触れることができなかった。
祖母が亡くなって一年経ったある日、いつものようにぼーっと外を眺めていると、よそよそと母が入ってきた。
「これ、おばあちゃんからあなたへって。」
そういいながら、箱を手渡される。
「おばあちゃんが言ってたの、あなたがもし、わたしが死んでからピアノを弾かなくなってしまったら、この箱を渡して欲しいって。いつ渡せばいいか迷ってた。一年も弾かないなんて思わなかったわ。」
涙を溜めながら、母は続けていう。
「私、セレーンが弾く姿が大好きよ、お父さんだってあなたのお兄ちゃんもシェリーもよ。家族みんな大好きなのよ。」
溜めていた涙はそのまま一直線に流れるとぽたぽたと流れ続けていく。
そんな母の姿を見てもなにも言えずに箱を受け取ったまま俯いていると静かに母は出て行った。
そして、僕はじっと箱を見つめたまま動かずにいた。
僕はみんなが寝静まった後、床に座り込み、震える手を押さえながらそっと祖母からの箱を開けた。
箱を開けると流れ出した、メロディー。
箱の中でバレリーナがくるくると回っている。
「...この曲...」
月の光に照らされた祖母とピアノが目に浮かぶ
この曲は、初めておばあちゃんが僕に弾いた曲であり、僕が初めて弾いた曲だった。
バレリーナの横には、手紙と、3つの指輪がころんと添えてある。
僕は、右手で指輪を握り締めながら、手紙をそっと開いた。
「愛するセレーンへ
あなたがこの手紙を読んでいるのなら、ピアノを弾いていないみたいね。おばあちゃんは、そんなことだろうと思いましたよ。
あなたは、いつもいつもきらきらした目をしながら私とピアノを見ているから病気のことなんて言えやしなかったわ。本当に、辛い思いをさせてごめんなさいね。
でもね、だからといって愛するピアノを手放してはいけませんよ。
聴こえるかしら、今、かわいいあなたがピアノを弾いているわよ。ニコニコ笑いながらね。朝から晩まで弾いてるのに全然疲れていないみたいね。
あなたは。ピアノを弾いてる時しか笑わないんだから。そんなとこが可愛らしいのだけど。
でも、ほかの感情表現も苦手でしょう。
もしかして、私がいなくなった時も泣いてないんじゃないかしら。
いい?悲しい時は涙を流しなさい。辛い時も、怒ってる時も、嬉しい時だって涙は流してもいいのよ。わかった?
あなたって、感情を表現できないけれど、なんだか、涙が出ていなくても、辛い気持ちが伝わってくるのよね。そんな姿をみてわたしはもっと胸が苦しくなってしまうわ。
あぁ、、、わたしはこれを読んでるあなたをすごく抱きしめたいわ。それであなたが癒やされるのなら。ずっとずっと抱きしめ続けたいわ。本当に。
どうか、どうか、ピアノを弾いて。それであなたが癒やされるのであれば。きっとピアノに触れれば悲しみなんていなくなるはずよ。
だから、大丈夫。怖がらず、前をご覧なさい。
最後に、私の指輪をあなたにあげる。私が指輪をつけながら弾く姿が好きっていってたわよね。
おじいちゃんとの結婚指輪は、右手の人差し指に、私の母がくれた指輪は、右手の薬指に、私があなたへと贈るアイオライトの指輪は左手の人差し指に。
指の一本一本には妖精が宿るでしょう?
愛、幸福、成功をあなたに。
おばあちゃんより愛を込めて」
「.....うっ......うぅ........」
1年間分の涙が溢れ出て、止まらない。
何度も何度も袖で拭くが、溢れ続ける。
ぎゅっと握りしめていた右手を開くと手紙に書いてあった通りに、はめていく。
「...愛....幸福....成功....やめてよ涙が止まらないよ...おばあちゃん。......苦しい。辛い。会いたい」
過呼吸のように唸る喉を手で抑える。
壁にもたれながらただひたすらに涙が流れ、落ち着くまで永遠に流し続けていた。
1時間ほど経っただろうか、僕は箱と手紙を抱え、ゆっくりと部屋を出た。
向かった先は、ピアノのある祖母の部屋。
少しドアを開けると、懐かしい匂いとともに埃っぽい香りもした。
音を出さずに静かに入ると、そこに、ピアノがいた。
部屋の中心にどんっと置かれたピアノは存在感があった。
真夜中、月の光に照らされたピアノは凛として、どことなく切ない気持ちに見えた。
そっと近づき、埃のついたピアノに触れると、さっきまでの苦しさが少し溶けていくそんな気がした。
「長い間、ほっといてごめん」
そう呟き、優しく撫でる。
ゆっくりと椅子に腰掛け、ピアノを開くと、白い鍵盤が月の光に反射し、より一層美しさが増した。
「......っはぁ..........」
きらきらと輝く指輪を見つめ、深呼吸をし、ゆっくりと目を閉じた。
思い出すのは、初めてピアノにであった日。
幼い僕が一目惚れをした日。
弾きだすと止まらなかった。
ピアノを弾いたら、悲しくなるかと思ってたのに。僕は笑ってた。思い出すのは楽しい記憶ばかり。真っ黒だった僕の心は白く白く浄化された。
それから数年後僕は、王都にある音楽科がある学校へと通うことにした。
女性しかいない音楽科の中で男1人だったため、違う学科から差別的な目でみられることはあったが、音楽科の中では優秀な生徒と日々有意義な時間を過ごすことができた。
2年生になれば、各地での音楽活動を通し、王族の目にも留まるようになり人前で披露することが増えた。
そして、2年生の冬、忘れられないのが、王族が開いた夜会でのこと。
パーティーの途中、演奏家達が盗賊に襲われ、僕が急遽弾くことになったのだが、ピアノが薔薇園の野外にしかないということで、外でのパーティーに変更された。
バラ園の中心にピアノが置いてあり、至る所に置かれたランタンは美しく幻想的だった。
外での演奏は初めてだったが、幻想的な雰囲気にのめり込み正直周りの様子は覚えていないが、次の日には、『月光の貴公子』と呼ばれることになり、今でも言われ続けている。この名がついた日は忘れることができないし、幻想的な中で弾く高揚感も忘れられない。
卒業してからは、世界各地で弾くこととなり、新たな音楽と人、街に出会い存分に楽しんだ。
そして卒業してから、10年後、ピタリと音楽界から僕は消えた。
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「おい!!!!!おめぇ、使えねぇんだよ!!早く出てけよ!!!」
ドンッという体の衝撃とともに頭に激痛がはしった。
「っっっ〜!!...いってぇなくそっ!!」
閉じられた門に向かって叫ぶ
しばらく門を睨みつけたが、仕方なく砂がついたお尻をはたき、街から背を向けて歩いた。
「んだよ、こんな夜中に街から出されてどこに行けって言うんだよ!!!......ぐすっ.....くそっ」
怖くないって言いたいのに、俺の口はひくつき、涙は止まらない
6歳の俺はまだまだ幼く、街の向かい側は暗い森の中で恐ろしくてたまらなかった。
でも、帰る場所がなくなった俺の震える足は止まらず歩き続ける。
「.....っぐす.....うぅぅぅ.....っぐす....こわくねぇよ!!こわくねぇよぉぉ....」
怖くて目を開けられなかった俺はがさがさと道から外れていく。
「....こわくねぇよぉぉ!!....ぐすっ」
どれくらい歩いたのか。立ち止まり目を薄く開くと大きな月は俺を見下ろしていた。
そんな時に聞こえたピアノの音色
「...っぐす....なんだ....ピアノ??」
森の中で鳴り響く音色。普通なら怖いが、優しい音色に自然と俺の体は聴こえる方へと進んでいった。
草をかき分けながら進み、森を抜けるとぱぁっと月の光が目を眩ませた。
「んっ...眩し」
ぱっと両腕で目を覆う
目が慣れてくると光が徐々に視界から消えていき、
そこにいたのはピアノを弾く男の姿だった。
そして、一瞬で目を奪われた。
男の後ろに伸びる水平線と包み込むような月の光を纏う男は美しくそして儚かった。
キラキラと煌めく両手の指輪で軽やかに動く細長い手には妖精が宿っているようだった。
目にかかる長い黒い髪の毛をかきあげてみえた、光を通す緑色の瞳、そして、薄く微笑む男は
「.....女神......」
思わず出た言葉、しかし俺は気づかない。
さっきまでの恐怖は、どこかへいき、ただ彼とピアノを見続けた。
そして、
飲み込まれるような感覚。
熱く焦がれるような心臓。
『これが、俺の初恋だった。』
主人公:セリーン・アシュレイ
祖母:ルーナ・アシュレイ
父:アルバート・アシュレイ
母:リリーナ・アシュレイ
兄:ジーク・アシュレイ
弟:シェリー・アシュレイ
少年:ルーク・セリオン
お読みいただきありがとうございました。
自己満の作品で、初めての作品だったので読みにくい点が多々あったと思いますが、最後まで読んでいただきとても嬉しいです。ありがとうございます。
本当は、学校編だったり、少年との出会い以降、家族視点など書きたいことがたくさんあったのですが、想像だけするのとは違って、書くのはなかなか難しくて、短編小説で終わらせてしまいました!
もしかしたら、頑張る気力があれば、もうちょっと書くかもです。
本当にありがとうございました。