1ー09.ベルゼ先生の魔法講義
今朝、エンドから魔法について教えて欲しいとの依頼があった。勇者であるエンドを保護した日からずっとベルゼが心の中で待ち望んだ事である。そもそもエンドを保護した目的は勇者を対象とした研究に興味があったからだ。勇者の戦闘力、勇者の魔法力等々、とにかく勇者は簡単には研究対象にできないレア素材である。
しかし想定外の事が起こり、あまり研究は進んでいなかった。研究を円滑に進めるつもりで勇者を眷属化しようとして失敗してしまった。眷属化がレジストされ反対にベルゼ自身が魅了されてしまった。これでベルゼの企みは頓挫していた。
それでも退屈だったベルゼの日常は一変した。エンドが齎す異世界の情報は驚きと強い好奇心をもたらし、ベルゼの知識欲を刺激した。そしてベルゼの興味はエンド本人にも向けられて行った。
まず、エンドはベルゼの講義を坦々と受けているが、それは知識や教養の下地が出来ているから可能な事であって、通常は簡単には着いて行けない内容だった。これまでもベルゼに教えを乞う者はいたが、これほど理解力のある生徒を見た事は無かった。
結果、ベルゼにとってエンドとの学習会はこれまでの人生において経験した事がない、特別に濃密な時間となった。その過程でベルゼの中でエンドの存在は研究対象とは別の想いを寄せる相手として変貌した。
そんなエンドから魔法の講義がリクエストされた。勿論、当初から勇者の魔法力は興味があるテーマだっただけにベルゼは並々ならぬ意気込みで講義に臨んだ。
この世界には魔法がある。そしてそれは光、闇、火、水、風、土の6属性に分類され、誰もが生まれつき何れかの属性に適性を持っている。
そしてその属性に分類される魔法を使う事ができるのだが、個々の年齢、経験、才能に応じて使える呪文の難易度や威力が決定される。
例えば、火属性を持っていても初めは爆発系の攻撃呪文を使えるわけでは無く、生活系魔法と呼ばれる、火打ち石程度の炎しか出せないのだ。
そして年齢を重ね、経験を積み、体力や精神力の上昇に伴い、徐々に高難易度の呪文を使えるようになっていく。
また魔法の適性は公正に1人1属性と言う訳ではなく、稀に複数の属性を持って生まれる者もいるとの事だ。ちなみにベルゼの屋敷の面々の属性だが、エルフメイドのアリスは火と水の2属性を持ち、妹のイリスが風、ユリスが水と土、エリスが水となっている。そしてメイド長のジルと執事のヴラドはどちらも光と闇だが、別に吸血鬼だからという訳ではなく、あくまでも偶然との事らしい。更に料理長のクライナーも火と水の属性に適性があり、それを料理に活かしており、デン隊長は土の属性持ちとの事だ。
「ちなみにベルゼ先生の属性は?」
エンドの質問にベルゼは「エンド様と同じで、全属性です。」と答えた。
エンドが全属性持ちである事は以前、ベルゼに診察された際に告げられていたが、ベルゼも同じく全属性を持っているとの事だった。
「簡単に仰っていますが、6属性の全てに適性がある人物など、この世界でも数える程しかいないのです」とアリスが注釈を入れた。どうやら全属性持ちは珍しいらしい。
「それで、全属性あるという事は私もイロイロと魔法が使えるのかな?」
エンドがベルゼに質問する。
「最初は練習が必要ですが、正しい呪文詠唱とイメージを強く持つ事で魔法を発動出来る様になります。」
「遽には信じ難いが、実際にアリスさんは魔法でお湯を用意してくれているし。」
「では、研究棟に場所を変えて実習にしましょう。」
論より証拠という事でベルゼはエンドを連れて屋敷の敷地内にある別棟の施設に移動して講義を続ける事を提案する。
ベルゼの屋敷にはデン隊長達が戦闘訓練で使っている訓練所とは別に魔法用の訓練施設が設けられている。ここは専ら、ベルゼが新しい呪文等を開発する時に使っている施設で、相当な衝撃にも耐えられる様に強化が施されいる魔法研究棟だ。
「ベルゼ様、研究棟まで使わなくてもコップに水を注いだり、蝋燭に火を灯すような初級の生活魔法なら屋敷内でも充分なのではなのです?」
ベルゼの提案にアリスが意を唱える。
「初級の魔法の練習としてはアリスの意見はもっともよね。でも、エンド様の中に流れている魔力はとても大きく強いから、安全のために念には念を入れて研究棟を使います。」
「ベルゼさんや、ハードル上げるのはやめて欲しいな。コレで魔法を使えなかったら、まあまあ恥ずかしい事になる。」
ベルゼの発言に対して、エンドは本当に魔法が使えるのか定かでは無い事もあり、いたたまれない気持ちになりつつも研究棟へと向かった。
研究棟に到着すると直ぐに魔法の実習がスタートした。
まずはアリスがお手本とばかりにテーブルに置いてあるクリスタル製の燭台に立てられた蝋燭の先に指先を向ける。
「我、此処に幾ばくかの灯火を求めん。ファイア。」
アリスの言葉が呪文となり、ボゥと音を立てて蝋燭に火が灯る。
「おぉ。」
エンドが感嘆の声をあげる。
それを聞きながらアリスは続けてコップを指差して呪文を唱えると、コップの底から水が湧き上がり中を満たす。
「おぉ。」
再びエンドが感嘆の声をあげる。
「エンド様、大袈裟ですの。」
アリスにとっては何も難しくない魔法なのだが、エンドからの再三の歓声を受け、頰を赤くして恥ずかしそうに俯いている。
「見てるだけではなくて、エンド様もどうぞ。」
ベルゼに促され、エンドも空のコップに指を向ける。
イメージは指先からコップの底を狙って、水が湧き出るイメージを送る。
「水よ湧け!」
エンドが簡潔に唱えると、「ゴォォオオオ!」という音を上げながらコップの底から噴水の様に勢い良く水が吹き出した。
そしてコップから吹き上がった水は部屋中に降り注いでエンド達を全身ずぶ濡れにする。
「やってしまった。」
予想外の事態にエンドが集中を切らすと、水はピタッと止まったが、研究棟には1面水浸しの惨状が残され、アリスが異変に気付く。
「ベルゼ様、お召し物が大変ですの!」
頭上から降り注いだ水で皆が全身ずぶ濡れの状態なのだが、ベルゼの着ていた白いワンピースは肌も下着も透け、あられも無い姿となっている。コレはラッキーなアレだ。
「!」
ベルゼは両手で透けている部分を隠すと、火魔法と風魔法を駆使して作り出した温風で手早く自身の服を乾かす。そして体を見渡して透けた場所が残っていないか確認を終えると、続いてアリスとエンドの服も乾かした。そして何事も無かったかの様にエンドに語りかける。
「今のエンド様の魔法はコップを満たす以上の水が湧き出るイメージで魔法が発動した結果です。狙い通りの魔法が発動できる様になる為には練習あるのみです。」
「いやいやいや、あまりにスルーし過ぎでしょう。そんな冷静な対応・・・」
あまりに冷静沈着に話を進めるベルゼにエンドが突っ込む。
「あら、エンド様は怒られたかったのですか?」
「いやいやいや、別に怒って欲しい訳ではないけど、もっとこう。いやーん、まいっちんぐ!みたいなの無いの?」
さすが中年のエンドだけあって例えが古い。しかもここは異世界なので、当然のようにベルゼには通じない。と言うか前の世界でも通じるには年代が限られそうだ。
「時々、エンド様が何を仰っているのかわかりません。」
「私も今のは判らなかったのです。」
ベルゼとアリスはエンドの発言の意味を理解できないと軽く抗議の声を上げた。
「さっきの服を乾かした魔法やアリスさんのお湯を出す魔法は、二つの属性を混ぜ合わせて使っている感じかな?」
エンドは話題を変えたいとばかりに先程目にしたベルゼの魔法とアリスの魔法から、その方法を推察して質問する。
「そうですね。6属性の何と何を合わせるか、更にはいくつ重ねるか、でも効果が変わってきます。勿論、個々に使える属性の範囲でですけど。」
「なるほどぉ。薬の調剤みたいで中々に興味深い。」
魔力属性の組み合わせについてエンドが薬剤に例えて感想を述べる。
「調剤の例えは分かりやすそうですね。組み合わせで新しい発見がある所なども同じですものね。でも、中には互いに打ち消しあって全く効果が消えてしまう事や思っても無いような危い効果を発揮する事もありますので、お気をつけ下さい。」
「混ぜるな危険!みたいなのもあるって事ですね。了解しました。」
ベルゼの説明とエンドの受け答えが噛み合い、2人の魔法議論が弾む。
「ちなみに呪文を詠唱するのはオジサン的には小っ恥ずかしいね。」
「詠唱は基本ですが、何が恥ずかしいのですか?」
エンドが今日の講義が始まってから思っていた事を口にする。エンドは呪文を詠唱する時に前の世界の部下だったアニメオタクの丸田の顔を思い出し、続いて彼を厨二病と言って揶揄う平山と石坂の顔を思い出すのだ。エンドは自分まで彼らから厨二病と呼ばれそうで何だか恥ずかしいのだが、当然、ベルゼには伝わらない。
「呪文詠唱した方が魔法は発動しやすいですが、慣れれば無詠唱でも大丈夫になりますよ。」
「それを聞いて安心した。」
ベルゼの説明にエンドが無詠唱の取得を誓い、この日の講義は終了となった。
最後にベルゼはエンドが魔法の訓練を行うのに、今後はこの魔法研究棟を自由に使用できるようアリスに鍵を預けた。
セカンドライフが異次元っぽくなってきた。