1ー06 屋敷の住人達
遠藤が召喚され、ベルゼの屋敷で暮らす様になって1週間が経過していた。
遠藤が屋敷で過ごすことになった際にベルゼが使用人達に遠藤の事をエンド・セージ様と紹介した。この為、屋敷での遠藤の呼び名はエンド様で定着したのだが、決してベルゼが紹介を間違った訳ではない。
遠藤がベルゼと出会った時に彼自ら「私は遠藤誠司と申します。」と自己紹介した。ベルゼは間違いなく遠藤の自己紹介通りの呼び方をしただけである。
あの時、遠藤は「私はセイジ・エンドウです。」と言うのが正解だった訳だが、新たな人生を新しい名前でとの思いもあり、特に訂正する事なく「エンド・セージ」と言う名を受け入れたのだった。
エンドのこの世界に来てから生活だが、最近ではベルゼからこの世界での一般常識および読み書き、また公爵位を持つベルゼと行動する事もあるかもという事で貴族に求められる行儀作法についてレクチャーを受けていた。
ベルゼの指導は厳しかったが、エンドも前の世界では受験、就活の二大大戦を勝ち抜き、更には東証一部上場の大手企業内での出世レースにも勝利して管理職を務めた歴戦の猛者である。元々の学力の高さと持ち前の知識欲の高さもあり、ベルゼの厳しい授業にしっかりついて行った。
しかし、知識欲でエンドを遥かに凌駕したのは教師役の筈のベルゼの方だった。
吸血鬼の長い寿命においても異世界からの召喚者に話を聴く機会等はそうそうあるものでは無い。ベルゼはこの機会を逃すまいと頻繁に攻守交代してエンドに召喚される以前の世界の事を訪ねまくった。
ベルゼが特に興味を示したのはエンドの世界での国と政治、社会についてである。王政もなく、軍属による支配もない世界。魔法が存在せず、科学技術が進んだ世界。企業という組織が利益を求めてしのぎを削る世界。いずれもベルゼには新鮮な驚きに満ちた世界である。
そしてエンドはその大手企業で利益を生み出す営業部門のトップとも言える営業本部長を務めていたのだ。エンドはこの世界で勇者だが、ベルゼにとってはエンドが前の世界でも英雄だった様に感じられる。実際のところは、前の世界でのエンドの立場はちょっと人より出世しただけのサラリーマンでしか無いのだが、ベルゼにはそれを知る術は無かった。
ベルゼの興味は尽きる事がなく、夜遅くまでまでエンドを拘束して前の世界での話を聞き、逃がさないとの宣言通り、エンドの部屋にお泊りして情事に耽る事も多々あった。ベルゼはエンドへの傾倒ぶりに正直、自分自身も驚いていたが止められそうになかった。
そんなベルゼの事を屋敷の使用人達は戸惑いを持って見ていた。これまで学問や研究に没頭し、色気のある話などは皆無だった女主人が突然、男を連れて帰ったかと思えば、朝から晩まで付きっ切りの生活を送っているのだ。更には、そのまま男の部屋で夜を過ごす事もあるのだから驚くのも無理はない。
そんな使用人達の中でもベルゼからエンドの専属を命じられたエルフのアリスはこの2人の様子を常に付きっきりで見ている。アリスはベルゼの講義中もエンドの側に控えていた事から、使用人達の中で最初にエンドの知識の豊富さに気付いた。
そもそもベルゼの授業についていける人間なんて今まで見たことが無かったと言うのに、エンドはそれどころかベルゼを相手に逆に教える立場となったりするのだ。
己の知識欲に生きる吸血鬼族が求める知識を持つ男。アリスの目にはエンドがただただ驚異に見えていた。
更には、エンドの身の回りの世話をしていて気づいた事もある。
エンドは挨拶や食事のマナー等がしっかりと身についており、王都の貴族達と比較しても遜色ないレベルだった。これはエンドが遠藤だった頃の企業勤めの中で商談や接待等のフォーマルな場数を踏んできた事によるものだが、そんな事はアリスの知らない事である。
「エンド様は色んな事をご存知なのです。ベルゼ様とお話されている内容は私には難しくてよく分からないのですが・・・スゴイって言うことは判るのです。」
アリスはエンドを褒める一方で自身を卑下するが、エンドはそれを否定する。
「話が難しかったのは私の説明力不足の所為ですね。もっと分かり易く説明出来ていれば楽しく聞いてもらえたかなぁ。」
エンドは肩を落とす素振りをしながら、アリスに応える。
メイドとして側に控えているだけの自分にも楽しく聞いてもらいたい。ただのメイドに対してもそんな気遣いをした上に、落ち込んで見せる。そんなエンドにアリスは驚き以上に感激を覚える。これを機にアリスはエンドへの興味を強めていくのだった。
なお、アリス以外の使用人達の反応は少し違っていた。多くの者達はエンドの事よりも自分たちの主人であるベルゼのエンドへの入れ込みっぷりを驚きを持って見ていた。
「アリス様は今日もエンド様のお部屋に篭りっぱなしなのです・・・」
「あの学問一筋の姫様がああも夢中になるとはなんともなのです・・・」
屋敷でメイドをしているエルフのユリスとエリスが掃除をしながらヒソヒソ話に花を咲かせている。
「2人とも作業に集中するのです。」
それを見咎めたイリスが2人を嗜めるが、2人はイリスをも巻き込み話を続ける。
「えー、イリス姉様はお二人の事をどう思うのです?」
「仕事中は姉様って呼んでは駄目なのです。アリス様の耳に入ったら大目玉なのです。」
仕事中は誰よりも厳しい、彼女達の一番上の姉のアリスの名前が出るとユリスとエリスは口を噤む。
アリス、イリス、ユリス、エリスのエルフ4姉妹は皆、ベルゼの母の代から仕えている為、ベルゼを幼少時から良く知っている。だからこそ今のベルゼを見て遂に女主人にも春が来たかと期待して大いに話が盛り上がるのだった。
また若いメイド達と違った反応をしているのは、使用人の中でも年長者にあたる、メイド長のジルと執事のヴラドのだった。2人はベルゼと同じ吸血鬼族で、彼女が生まれた時から身の回りの世話をして来た。
ベルゼはメイド長のジルを「ばあや」と呼び、ヴラドを「じい」と呼んでいる。この2人はベルゼが勇者であるエンドを秘密裏に保護した事、そしてエンドへの入れ込み具合から、エンドの存在がベルゼに不利益をもたらすのではないかと心配していた。
「王家を無断で勇者を匿うとは、ベルゼ様にも困ったものじゃわい。」
「まぁ、姫様なりに考えがあっての事でしょう。私達は大人しく指示を待ちましょう。」
執事のヴラドの愚痴をジルが宥める。
「ともかく、あの勇者殿の真価の程を見極めん事には何も出来ぬよ・・・」
「まぁ、ベルゼ様があれ程に入れ込むのですから、それ相応なのでしょう。」
この2人もメイド達とは違う理由でエンドに注目しているのであった。
セカンドライフでは気づかない所で使用人達から注目されていた。