1ー05.セカンドライフプラン
ベルゼ・ルージュシュワは公爵位の身分につく貴族の女性だ。その風貌は10代の少女の様にも見えるが、実年齢は217歳となる吸血鬼である。
吸血鬼族は成長が遅く、人族よりも遥かに長い寿命を生きるため、学問や研究、特に魔法に関して人族を遥かに超える知識を有している。その為、人族が治める国家において吸血鬼が客員待遇で迎えられる事も多く、ベルゼの母もそんな研究者の1人として王家に仕えていた。
彼女の母親は当時の国王に見初められて、国王の第二夫人となり、国王との間に生まれたのがベルゼである。人族の国王と吸血鬼の母の間に産まれたが、ベルゼがハーフヴァンパイアでは無く、ヴァンパイアとして生を受けたのは、希少種であるヴァンパイア達が絶滅を免れる為に進化し続けた結果である。
ベルゼの母は王に嫁いだ後も魔法の研究を続けていたが、実験中の爆発事故でベルゼが幼い頃に亡くなった。
残されたベルゼは長命種である吸血鬼だった為、王族となれば長きに渡って政権の中枢に止まる事を懸念した人族の貴族達からの反発があり、国王の実の娘であるにも関わらず、王族に加わえられる事は無かった。
父である国王はそんなベルゼの生活を保障するため、折衷案として彼女に一代限りの公爵位を授け、公爵の貴族年金で生計を立てる事が出来る様に計らった。王家と距離を置かれたベルゼは母の遺伝子を多分に引き継いでおり、母と同じ研究者の道を目指した。
人族の父や兄弟達が崩御し、現在はその子孫が王位を継承しているが、王家の政争に巻き込まれる事を避ける為、ベルゼは積極的に政治に関わる事はせず、学問や研究に没頭する生活を長らく送っていた。その生活に不満こそは無かったが、これまでのベルゼの人生は長い寿命において圧倒的に刺激が少ない退屈なものだった。
遠藤は異世界で最初の食事を終えた後、今後の身の振り方に関してベルゼに相談を申し出た。ベルゼは遠藤の申し出を快諾し、彼女の執務室で話し合いを行う事となり、エルフメイドのアリスに遠藤を執務室まで案内するように伝えると先に席を立って執務室へと向かった。
ベルゼは執務室に戻って、これからやってくる遠藤に想いを巡らせた。眷属化の失敗が原因とは言え、長い人生の中で初めて異性と関係を持った。相手は異世界から呼び出された人間だが、若々しい肉体と思慮深さを見せる精神性を併せ持っており、長命種の種族の様な印象を受ける。遠藤はベルゼがこれまでに出逢って来た男には居なかったタイプの男であり、そこに魅力を感じていた。
この男と出会った事でベルゼの研究に没頭するだけで代わり映えのしない日々が終わってしまった。調査隊に召喚された勇者が複数人である事を告げなかった事、秘密裏に遠藤を保護し、屋敷に連れ帰った事。始めは単純に勇者を研究材料にしたい位の軽い気持ちだったが、ベルゼの身の回りが大きく動き出しそうな予感に包まれていた。
ベルゼが席を立つのと同時にアリス以外のメイド達もその場を離れ、それぞれの仕事に戻って行き、食堂には遠藤とアリスだけが残された。
「姫様の準備が整うまで暫くお待ち頂きたいのです。」
アリスはそう言いながら遠藤の前にお茶のお代わりを出す。遠藤は出されたお茶をユックリと飲みながら、案内の声が掛かるのを待つ事にした。アリスはエンドから少し離れた場所に控えていた。食堂は遠藤とアリスの2人だけとなり沈黙の時間が訪れた。
「アリスさんは、この屋敷に勤めて長いのですか?」
2人だけの時間が少し気不味かった為、遠藤は当たり障りの無さそうな話題で沈黙を破った。
「私はベルゼ様のお母様、先代様の頃からお仕えさせているのです。」
「そうなんですね。」
アリスの返事に相槌を打ちながら、遠藤はその若いメイドを観察する。
アリスはベルゼに負けず劣らずの美しい顔立ちで、エルフの特徴と言える尖った耳と後ろで結んでいる栗色の長い髪が特徴的だ。
遠藤の見立てではアリスはベルゼより少し大人っぽく見える。人間で言うのなら新卒社会人くらいの年齢だと推測する。その推測があっているならばメイドとしてのキャリアはまだ数年位かと思われるが、彼女の所作は実に堂にいっておりベテランの風格すら感じる。
この時点では遠藤は吸血鬼やエルフが長命な種族である事を知らない為、後日、彼女の年齢を聞いた時に大変に驚く事になる。
暫くすると他のメイドからベルゼの準備が整ったと連絡があり、遠藤はアリスの案内でベルゼの執務室へと向かった。
ベルゼの執務室の中に入ると、そこには白衣を身に纏ったベルゼが待っていた。
部屋の中央に小さなテーブル、正面の窓際に執務机、そして片隅に置かれた診察台の様な小さなベットが置かれている。一見、執務室より小さな診療室と言った趣だ。
「まずはお体の回復具合を確認しますので、そこに寝てください。」
ベルゼは遠藤に診察台の様な小さなベットに寝転がる様に促すと、全身の診察を始めた。ベルゼは美少女とは言え、まだ幼さの残る顔立ちと身に纏った白衣にアンバランスさを感じさせる。まるでお医者さんごっこみたいだなと不謹慎な事を考えながらも遠藤は大人しくベルゼに体を預けた。
ベルゼは遠藤の体を一通り調べ終えるとテーブルへ移動する様に促し、互いに向かい合って席についた。その間、アリスは部屋の隅で姿勢正しく立ったまま、2人の事を見守っていた。
「まず、エンド様の体のどこを見ても傷一つありません。衣服があれほどの血や埃に塗れていますが、お体は召喚時に再生、生成されたようです。」
「確かに、痛いところもどこにも無いし。むしろ若返った分、この世界に来る前より肩とか腰とかが、考えられないくらい調子がいいです。メタボだった腹もスッキリしたし。」
診察の結果に遠藤も納得だったが、ベルゼは更に続ける。
「メタボの意味はわかりませんが、エンド様は勇者として召喚されて、人族ではあり得ないような強靭な肉体となっています。」
「まるでライ○ップの様な効果だ。」
当然、遠藤の言葉をベルゼは理解できなかったが、ベルゼの説明は続いた。
「次に魔力に関してですが、診察中にエンド様の体に私の魔力の流して、魔力適正を調べてみましたが、全属性に適正が確認できました。」
「魔力って、そんな御伽話みたいな・・・って、ココはそうゆう世界でしたね。」
ベルゼの言葉にアリスは一瞬だけ目を見開いたが、直ぐに表情を戻した。一方、遠藤は全然、ピンと来ていない模様だ。
流石に魔力と言われても、あまりに現実離れした話だと笑い飛ばそうとしたが、ベルゼの真剣な表情を見て思い直す。
「エンド様の以前の世界ではどうだったか判りかねますが、この世界に生まれしモノ達は全て魔力を有しています。」
「ふむ。」
前の世界での価値観は一旦放置して、遠藤はベルゼの話に耳を傾ける事にした。
「エンド様の体に流れる魔力は凄く強く、太く流れている様です。流石、勇者として召喚されたのは伊達では無いと言うべきでしょう。」
ベルゼは少し興奮した様な口調で語り掛けるが、遠藤からすれば勇者と言われてもゲームの中に出てくる存在くらいにしか思い当たらないので、顔を上気させて話すベルゼとの温度差が際立つ。
「魔力や勇者等、私にはあまり自覚が無いとしか言いようが無いし、そんな力を持っても私には過ぎた力なんですがね。」
遠藤は素直な疑問を口にする。
「今回、召喚の儀式を行った者達の目的は判りません。ただ、この世界では勇者という存在は強大です。そして儀式によって、複数人の勇者が召喚されました。これは何かが起こる前触れである事は間違い無いかと思われます。」
「確かに。他にも巻き込まれた人がいるのも気になるしね。」
遠藤はベルゼの説明に一先ず納得する。
「当面は私の客人として、この屋敷でお過ごし下さい。そしてエンド様が何をすべきかを見極めて行きましょう。私はそのお手伝いをさせて頂きたく思います。」
「有難い申し出ですが、貴女にご迷惑をかけてしまうのでは?」
ベルゼの申し出はありがたい物であったが、出会ったばかりの見ず知らずの男にここまでする事に遠藤が疑問を覚えるのは当然の事だった。
「私は長い人生の中で刺激の少ない毎日の生活に退屈していました。そこに勇者様が召喚されたのです。」
「ふむ。これをキッカケに退屈な日々が変わるとでも?」
「仰るとおりです。そして、好奇心に抗えず、王国には内密にエンド様を匿いました。」
ベルゼは遠藤の疑問を肯定する。
「既に賽は振られているって事ですね。まだ貴女に助けて頂いた恩を返せていないし、関係を持った責任も取っていない。借りばかりが増えていますが、是非、お願いします。」
遠藤の答えは、結局、その場の雰囲気に流されて結論だったのかも知れないが、思考をいくら巡らせても結局のところ正解が判らない。
それならば、ベルゼの望む通りにするのも良いだろうと考えての答えだった。
「勿論です。私の考えを聴き入れて下さって、ありがとうございます。でも、もし断られても私の初めてを奪った殿方なので絶対に逃すつもりはありませんでしたけど!」
ベルゼは遠藤の答えに礼を述べ、そしてイタズラっぽい笑顔で逃がしませんと宣言した。
セカンドライフでは美少女の屋敷に居住する事となった。