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1ー04.屋敷の料理人

高齢ドライバーの運転する車に激突された遠藤は体を強く押し飛ばされ、同時に意識も飛ばされていた。そして時間や次元と言うこの世の理すらも飛ばされ、意識を取り戻した時は、温かなベットの中で・・・裸の美少女を抱きしめていた。


遠藤の体感では先程までスーパーの前の交差点で信号待ちをしていたところ、急に強い衝撃を受けて目の前が真っ暗になった。そして、視界が明るさを取り戻すと、知らない場所で知らない少女とベットインしていたのである。


あまりの超展開に取り乱したり騒ぎ散らかしたりするのが普通の行動と言えるのだろうが、死の直前にあった事故の影響や異世界召喚と言う想定外の出来事の影響や美少女のあまりの美しさが影響したのか、遠藤は雰囲気に流されるままに美少女との情事に至ったのである。


そして、おっさんと美少女は行為を終えた後も心と体の熱が引くまで、互いの唇を貪り合うように重ねあっていたが、その淫靡な絡み合いは遠藤の腹の虫が大きくなった事で中断された。性欲が満たされて、次は食欲が騒ぎ出したのだろうか、一瞬の静寂の後に笑いをもたらした事で一区切りがついた。


「あぁ、そう言えばどれだけ食って無いんかなぁ。蒲急ストアでポテサラと焼き魚を買ったところまでは覚えているんだけどなぁ。」

腹の音で遠藤は自身が死ぬ直前の事を思い出す。


「私がエンド様を見つけた時は既に冷たい山中に倒れていました。あっ・・・。」

ベルゼは遠藤を発見した時の事を思い返しながらも、急に何かを思い出すとガウンを羽織ってベットから飛び出して大きな声で屋敷のメイドを呼んだ。


「お呼びなのですか、姫様。」

「アリス、エンド様の着替えと食事の支度をお願いするわ。」

ベルゼは室内に入ってきたメイドのアリスに素早く指示を出す。メイドのアリスもベルゼに劣らぬ美貌を持つ少女で、エルフの特徴である尖った耳が見えた。


アリスはベルゼに指示された通り遠藤の着替えを準備すると、手際良く着替えを手伝ってくれた。準備された服は中世の貴族を思わせる様なデザインであったが、彼女が手伝ってくれた事で問題なく着替える事ができた。


ベルゼは遠藤の着替えが終わった事を確認すると、直ぐに屋敷の食堂へ案内してくれた。食堂には着替えを手伝ってくれたアリスの他に3人のエルフのメイドがおり、配膳等の食事の支度をしていた。


遠藤は客用の席に案内され、正面には屋敷の主人であるベルゼが座った。メイド達は調理場から出来立ての食事を2人の前に運んでくる。


「お口に合えばよろしいのですが、どうぞお召し上がり下さい。」

ベルゼの言葉に促されて、遠藤は目の前にあるスープから手を付けた。


銀の匙で掬った黄金色の透明なスープからは燻製した肉の香りが漂ってくる。その香ばしい香りが食欲を刺激し、そして適度な塩気が体へと染み渡って気力と体力を呼び覚ます。


「美味い。」

実に単純な感想だが、沢山の言葉を並べ連ねるよりも、料理に真摯に向き合って絞り出した言葉だ。遠藤は会社員時代に接待の場で高級レストランで食事する機会も多かったが、それらと比べても目の前に出されたスープはズバ抜けて美味かった。空腹こそ最高の調味料という訳ではなく、確実に格別な美味さがそこにあった。

遠藤は夢中になってスープを飲み干すと、続く料理も手と口を休める事無く平らげた。


「見事な料理でした。こちらのシェフは素晴らしい。」

遠藤は素直に料理と作った料理人に賛辞を贈る。ベルゼも屋敷の料理人を褒められて満更でもない表情になっている。

「是非、料理長にお声掛けをして下さい。きっと喜びます。」

そう言ってベルゼがメイド達に料理長を呼ぶように指示を出すと暫くして、遠藤の前にズングリムックリした体型のドワーフの中年男性が現れた。


「初めましてだな。ワシは料理長のクライナーだ。ワシの料理、美味かっただろ?」

「いやぁ、美味かったです。こんな素晴らしい料理とそれを作り出す料理人と出会えた事に感謝します。」

遠藤がすぐさまに料理の感想とお礼を伝えると、クライナーは何とも不思議そうに遠藤の顔を見つめた。


「ワシの料理が美味いのは当たり前だが、やはり褒められたら嬉しいもんだな。しかし、ワシの様なドワーフの料理人を見て驚かんとは、兄さんも只者じゃ無ぇな。」

ドワーフと言えば、一般的には無骨な見た目通りに鍛冶師や酒造を生業とする者が多い。そんな中で料理に職人人生を賭けるクライナーはこの世界ではイレギュラーな存在だ。しかし、遠藤はそんな異世界事情等を知らない。


「先程の料理の前では、料理人の見た目や種族には意味がないですよ。」

遠藤は前世で企業のマネジメント職として多様な人材を見てきた経験から、人を外見や思い込みで判断する事はしない。クライナーはこの遠藤の対応に新鮮さを感じると共に好印象を持った。


「私もいるのに、エンド様と料理長だけで話が弾んで。妬けますね。」

遠藤とクライナーだけで話が盛り上がっていた所にベルゼが少し拗ねたような口振りで可愛く抗議の声を上げる。その顔には、「仲間外れなんて、私ご機嫌斜めですよ」と言わんがばかりの悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「食事で大切なのは誰と食卓を囲むかです。ここにベルゼさんが一緒にいた事も私が食事を楽しめた大きな理由ですよ。」

そんなベルゼに遠藤は空かさずフォローを入れるとクライナーもそれに続く。


「兄さん、良い事言うなぁ。確かに姫さんが一緒ならメシは美味いだろうって。」

遠藤とクライナーのフォローのリレーにベルゼは機嫌を直して、クライナーに次の話題を振った。

「ところで料理長はエンド様にお伺いしたい事があるのでは?」


ベルゼの前振りを受けて、クライナーが畏まった様な表情を浮かべて話し始める。

「兄さんを姫さんが連れて帰った時にですな・・・一緒に不思議な袋も持って帰ってきていましてな・・・その中にイモの料理と魚の料理が入っとった。ワシは料理人としての好奇心に勝てず、味見だけと思って一口、また一口と・・・気がついた時には食べ尽くしてしもうた。」


ドワーフの料理長は最初こそ畏まって話していたが、結局、最後はあっけらかんと盗み食いを告白する。その様子を見ながら、スーパーでの買った食べ慣れた惣菜を思い出す。

「あのポテサラ、美味かったでしょう。私のお気に入りだったんです。あと鯖の塩焼きもいい塩梅に焼けてましたよね。満足して頂けたのなら良かった。」


遠藤の言葉にクライナーは今度は神妙な表情にになって話を続ける。

「あの中に謎の味が2つもあってな、ワシの料理人としてのプライドを刺激するんだ。イモの料理にまろやかなコクをつけている隠し味と魚料理の油をさっぱりさせる為に添えられていた白い物、アレは何だ?」


クライナーの表情がコロコロと変わり過ぎなのはさておき、遠藤は記憶を辿って答える。

「ポテサラに入っていたのはマヨネーズかな。作り方は知りませんが、タマゴが原料だったかな。あと、魚に添えられていたモノはダイコンと言う野菜です。こちらでも収穫できるのかは知りませんが・・・。何か思い出したら、すぐにお教えしましょう。」


「おぉ、兄さん、ありがとな。初めて聞く名前のモノだが、コッチでも調べてみるな。」

遠藤の答えを聞き、クライナーは調べ物をするために、早々に食堂を後にして調理場へと戻って行った。


「私は料理は勿論ですが、透けているのに丈夫な袋や料理を封じ込めていたガラスの様に透明な軽い箱の方が興味ありますわ。」


ベルゼも学問に生きる者らしく、スーパーのレジ袋や惣菜を入れているフードパック等の素材に興味を示した。遠藤としてはマヨネーズの作り方も知らないのに、プラスチック製品の作り方など知る筈もなく曖昧に返事するに留めた。


この世界での最初の食事を終えたあと、遠藤は気になっている事をベルゼに尋ねた。

「先程の惣菜だけでなく、私の持ち物と思われるモノはありますか?」


遠藤は自身の意識が戻った時は裸だったが、ここへ来る直前は会社帰りだったのでスーツ姿でビジネスカバンやスマートホン等を持っていたはずである。

遠藤の申し出にベルゼは一瞬だけ表情を強張らせたものの、メイド達に遠藤の荷物を持って来る様に命じた。


程なく遠藤の荷物は準備されたが、遠藤はその品々を見て絶句した。擦り切れて、破れて血塗れのスーツやシャツ。血と土の汚れがこびり着いたカバン。それらの状態から持ち主が無事でいるとは到底、思えなかった。


しかし、それらの所有者である自分の体は怪我一つついていない。異世界召喚だか、転生だか、遠藤には細かな事は判らないが、今いる場所が元の居場所とは違う世界で、そこで新しい人生が始まったのだと理解するのには充分だった。


セカンドライフで最初の食事は満足いくものだった。

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