1−18.ヘクラ山視察準備②
ヘクラ山視察の出発まで8日間の準備期間があった筈だが、視察メンバーが旅の準備を整えるには充分とは言い難い日数だった。それでも、各自が出発までに間に合わせるように懸命に準備を行なった。
まずはベルゼの準備である。今回の日程はベルゼの当面の予定から算出している。ベルゼへの領地下賜が王国内で正式に通達されるのは、2ヶ月先の議会の場だと想定され、現在は内示が出された状態である。今のうちに視察を行うべきとエンドからの進言もあって、この日程となった。
なお、本来なら正式通達後に視察しても良いのだが、ヘクラ山近辺は王家直轄領ではあるものの、殆ど整備されていないとの情報がセルバから伝えられた。そこをベルゼ公爵領として統治するには相応の開発が必要だとの事なので現状把握は急いだほうが良さそうだった。
また、開発が行われるとなれば、利権絡みですり寄ろうとする者が現れる可能性がある。その対応等に無駄にな時間を使う事も避けたいところである。また通達後になれば、相場にも影響が出てくる事だろう。
それらを避け、情報を持っている者のアドバンテージを最大限に活かすべきだと力説したのは大手企業出身のエンドで、その案に賛同して後押ししたのは商業ギルド土木部長のセルバだった。
「ベルゼは安心して私の轢いたレールに乗ればいいから。」
とエンドに言われ、ベルゼはそれに従った。勿論、この世界に鉄道はないのでレールを轢くと言われてもピンとこないのだが、安心してお任せすればいい事は伝わっていた。
「では、私は私がやっておく事をやります。」
ベルゼは視察の実務に関わる検討をエンドとセルバに丸投げすることにして、自身は1ヶ月にも及ぶ留守中の屋敷の事をメイド長のジルと執事のヴラドと打ち合わせた。
アリスは妹のユリス、エリスに捕まっていた。
「いつもアリス姉様ばかり、同行なんてズルいのです。たまには私たちも連れて行って欲しいのです。」
妹達は今回も留守番役になった事に大いに不満があるようだ。
「遊びに行くのでは無いのです。2人は屋敷の仕事を頑張るのです。」
「それなら、私がアリス姉様に代わってエンド様のお世話をするのです。」
アリスが説得を試みるが、2人は納得するどころかユリスがアリスに交代案を出す始末だ。
しかし交代案が出た直後、アリスから怒りのオーラが漂う。3人の会話の成り行きを見ていた次女のイリスはこっそりその場を離れる。
「ユリス!誰が誰と何を代わるって言ったのですか?もう一度、聞こえるようにはっきりと大きく声に出して言ってみるのです。」
感情を押し殺した声で淡々とユリスに詰め寄るアリス。完全にキレている。
「ね、年様・・・冗談なのです。私はお留守番なのです。わーいなのです。」
ガクガクブルブルと震えながら前言を撤回するユリス。
「き、気のせいかも知れないのですが、アリス姉様の言葉が・・・死ぬ前に言いたい事があったら言ってみろに聞こえたのです。怖すぎるのです。ちびりそうなのです。」
幻聴が聞こえるとは、エリスは精神にもダメージを負ったようだ。まぁ、それだけの恐怖のプレッシャーに襲われたのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
セルバの準備の多くを占めるのは、視察の内容と視察後の対応の整理だ。と言っても領地の開発に関する事なのでギルドの土木部長としては本業なので、苦労は感じない。
むしろ1番大変だったのは、1ヶ月もギルドを留守にする事の決済をギルマスからもらう事だった。なかなか休みが取れないギルマスは「君だけ休んでいいねぇ」なんて言って、なかなか決済をくれなかったのだ。
そして、セルバに巻き込まれたマリーも同じくギルマスの決済をもらうの苦労していた。特にギルマスから「なんで君まで?」と聞かれても「さぁ?」としか答えられないマリーは最後は泣き落としで決済をもらったらしい。
エンドは魔法研究棟に籠ることが多かった。時々、アリスが様子を見に行くと不在にしている事もあるので、完全に引きこもっている訳ではなさそうだった。
そして、あっと言う間の8日間が過ぎ、出発日を迎えた。
エンドは初めて王都の外に出る事になる。