1−16.人族至上主義派
屋敷に戻ったベルゼはエンドを自室に招き、王城からの呼び出しの件について相談を持ちかけた。今回、王城にて国王より言い渡された領地下賜はベルゼの長い人生の中でも経験が無い出来事である。これまでであれば、自分一人で悩み、考えなくてはいけないところだったが、今はエンドが側にいる。相談出来る相手がいて、本当によかったとベルゼは思う。
エンドにしてもこれまでもベルゼが王城に呼び出される事はあったが、戻って来るなり自室に呼ばれた事は無かったため、何かしらの問題が発生したのだろうと心して向き合った。
ベルゼは王城でのヘクラ山一帯の領地下賜の件をエンド説明にした。その際、エンドは王国で台頭してきている人族至上主義派に関しても説明を求めた。
人族至上主義派に関するベルゼの説明はルージュシュワ王国の歴史から始まった。
ルージュシュワ王国はエスプア大陸の東部の海岸沿いに位置し、温暖な気候と豊饒な土地と海の恵により大陸内で最も豊かな国である。
ルージュシュワ王国の初代国王ユーニット・ルージュシュワはその前身となるルージュシュワ帝国の第二皇子だった。ユーニット皇子の時代は国家間の争いが少なく、ヘクラ山を挟んだ隣国であるセントリア王国との間に街道を整備し、友好な関係を結んでいた。
セントリア王国は大陸の中心に位置する山岳国家だが、ルージュシュワ帝国と繋ぐ街道と同様に各国との間にも街道を整備する事で大陸内の交通の要衝となっていた。そしてこの立地により大陸における商業・文化の中心地となっている国家だった。
セントリア王国は国の発展の為、学問に積極的に投資しており、各国から集められた書籍を収蔵したセントリア王立図書館を建造した。更にはその敷地内にセントリア王立学院を設立し大陸随一の教育環境を整えた。
ユーニット皇子は兄でもある第一皇子を支え、帝国の発展に貢献できる人材となるべくセントリア王立学院に留学して当時の最高峰の教育を受けた。
セントリア王立学院にはユーニットと同様に各国の王族や有力貴族の子息達も留学しており、学院内では国際交流が盛んに行われていた。
ユーニット皇子もセントリアの貴族の子息で大陸一の剣豪と呼び声が高い、鬼人族のクスラノートや砂漠の国メルズーガの貴族であり、深い知識を有するハイエルフのアスモデ達と交流を持ち、日々友情を深めていた。
そんなある日、大陸に運命の日が訪れる。
大陸東部を震源地とした未曾有の大地震がエスプア大陸を襲った。
震源地に最も近いルージュシュワ帝国には足元が畝るような縦揺れが長い間続き、その後に海上から押し寄せてきた津波によって都市機能を失った。更に悪いことにセントリアとの間を繋ぐ街道も多くの場所で崩落がおき、寸断状態となった。
帝国は深刻な食糧難と治安の悪化に襲われることとなり、人々の不満は為政者に向けられ、一部の市民や貴族・豪族が反政府軍として蜂起する事態となった。
帝国は復興対応もままならず、反政府軍と戦いも激化の一途を辿り、無政府状態となった。
この事態にユーニット皇子はユーニット皇子軍を率いてルージュワ帝国に帰国した。
ユーニット皇子軍はセントリア在住のルージュシュワ人とユーニットの友人達による義勇軍で構成される混成軍だったが、大陸随一の剣豪クスラノートを将軍、知恵者アスモデを軍師に据えた配置が嵌まり破竹の勢いで反政府軍を駆逐していく。
またユーニット軍の行軍に後続したセントリアの職人が街道の崩落を復旧し、それに続いた商人達がルージュシュワの人々に支援物資を届けた。
ルージュシュワの人々はこれらを齎したユーニット皇子を称賛し、彼を次期皇帝に望む声が大きくなっていった。
そしてユーニットを支持する声が増え続けていく事で皇位継承権第一位の第一皇子キアデとの間に確執が生じる。ユーニットが率いる軍は彼の友人、つまり他国の王族や貴族で構成されており、ユーニットが皇位を継承する事で祖国での立場など、利益を得る事ができる者たちだ。ユーニットを支持する声が増え続けた背景には彼等が積極的に拡散させていた事も大きい。
ユーニット皇子の実兄で第一皇子であるキアデ皇子は皇位継承権を弟に譲るつもりは無く、従属を求めた。こうして兄弟は復興後の政権をかけて戦うこととなった。
人族主体のキアデ軍に対し、ユーニット軍は基礎体力で上回る亜人が主体である。特にクスラノート将軍の直轄部隊は自身も含め鬼人族で構成されている。種族の力の差は明確で、キアデ軍は呆気なく敗走した。
ユーニット皇子がキアデ皇子を下して、ルージュシュワ帝国皇位継承権を得ると帝国の復興は加速した。キアデ軍を打ち破ったユーニット軍の強さを見て、反政府軍からユーニット軍に鞍替えする貴族が続出し始めると反政府軍は組織を維持できず解体されて行った。
地震復興に関してもユーニット軍の行軍に追従した工夫や商人達が走破した事でセントリア王国との間の街道が早期に開通した事で経済復興が進んだ。
民衆は権力者同士の争いを早期に収束させ災害復興を進めたユーニットを称え、貴族達も民衆に人気のユーニットの尻馬に乗らんとばかりに次々に支持を表明した。
こうしてユーニット皇子はルージュシュワ帝国の皇帝の座を手に入れた。
ユーニット皇子は皇帝に即位する式典において国名をルージュシュワ王国へと改める事、それに伴い国王を名乗る事を発表し、民衆、貴族の全ての国民に向けて大地震によって失われた日常を新たに始めようと宣言した。
国王となったユーニットは反政府軍およびキアデ皇子軍との戦いでの貢献が高かった者達と災害復興に尽力した者達を優先的に要職につけた。鬼人族のクスラノートは騎士団長、ハイエルフのアスモデは宰相となり、その他の要職についても亜人の登用が目立った。
反対にユーニットの国王即位に関して貢献が少なかった人族の貴族達には改易により領地を減じたり、失ったりと不満が残るものとなった。
亜人が台頭した煽りを受けた人族の貴族達は水面下で亜人への報復と排斥を誓い、反ユーニット派閥を形成して行った。
反ユーニット派閥は長い年月を掛けて、人族による人族のための人族だけの国家を目指して結束し続け、これが人族至上主義派となった。
「要するに長年の亜人への恨み辛みへの報復の一端として、人族至上主義派が吸血鬼族のベルゼを王都から追放して、僻地ヘクラ山に押し込めようとしている訳か。」
ベルゼの説明を全て聞き終えたエンドが簡単に整理する。
「今までは、こんな露骨な事はして来なかったのですが、王国が人族の勇者を得た事で彼等の活動が活発になってきたのかも知れません。」
王国が保護した勇者に関しては表立って情報は流れていないが、アモイモン騎士団長が後見人となっている。この事からベルゼは自身の推測も含め、エンドに見解を伝えた。
「貴女にも勇者?というかビジネスマンが付いているから、勝負は五分ってところだ。」
「貴方が味方になってくれるなら、私、頑張れそうです。」
エンドの戯けたような言葉にベルゼも同じように戯けて返す。お互いに難しい話に飽きてきたうえ、気持ちが盛り上がってきていた。
「このままイチャイチャしちゃう?」
エンドの言葉にベルゼが視線だけで了承を伝えると、先ほどまでの真剣な話し合いの雰囲気が一気に霧散し、2人は難しい話を切り上げてベットへと向かった。