1–14.王城にて
ベルゼは兎にも角にも不機嫌だった。エンドを自ら王都を案内しようと思っていた矢先に急に王城から呼び出しがあったのである。
呼び出しを伝えに来た王城からの使者を見送った直後から、ベルゼは誰憚る事無く不満を口にしていた。そしてそれは王城へ向かう馬車の中でも続いている。
「全く国王は私を何だと思ってるの。何かと簡単に呼び出して、私は便利屋では無いのに!せめてこちらの都合を聞くくらいの気遣いを覚えなさいよ。大体、王家の血を引く最年長者を敬う気持ちが足りないんじゃないの?貴族年金を支給しているからって、何かと簡単に呼び出して!私は便利屋では無いのに!せめてこちらの都合を聞くくらいの気遣いを覚えなさいよ。大体、王家の血を引く最年長者を敬う気持ちが足りないのよ。王が子供の時にもっとしっかり教育しておくべきだったわ。」
「姫様、もうそれくらいしなされ。」
終わりの見えない愚痴を溢し続けるベルゼを執事のヴラドが窘めるが、このやり取りも屋敷を出てからずっと続いている。ベルゼの愚痴は繰り返す度に闇が増す呪文のように延々と流されており、メイドのイリスは顔には出さずに黙って聞いている。
流石に気が滅入りそうだったが、ようやく王城の城門が見えてきた所で、ベルゼの愚痴を遮って報告する。
「姫様、間もなく到着するのです。」
イリスの言葉通り、馬車の窓から外の景色を眺めると王城の城門が間近に迫っていた。
城門では衛兵達が城を訪れる者達の身元確認を行っており、ベルゼを乗せた馬車も衛兵達の詰所の前で停車する。馬車に掲げられた黒地に月に向けて羽ばたく蝙蝠の紋章を確認すると衛兵達は車内を確認する事なく通行の許可を出した。
「紋章を確認しました。ベルゼ公爵様、お通り下さい。」
「ご苦労様です。」
衛兵と馬車の御者が簡単に言葉を交わす。
ベルゼの馬車に掲げられたこの紋章はベルゼが公爵位を叙勲した時に父王から拝領したモノで、掲げてているのはベルゼ公爵だけである。なので衛兵は特に細かな確認を行う事なく、まるで顔パスの様に馬車を通過させたのだった。
城門を通過して、暫く進んだ先に馬車が止まると、ベルゼはヴラドのエスコートで馬車を降りる。ここからは城内に入るので誰もが徒歩での移動となる。
ベルゼは執事のヴラドとイリスを連れ、王の間へと向かった。
ベルゼは王の間の手前にある従者の控室前でヴラドとイリスと別れると単身、王の間を訪れた。そこに揃った面々を目にしてベルゼは息を飲んだ。
ルージュシュワ王国国王であるガレッド・ルージュシュワを始め、エメラルダ・ルージュシュワ第一王妃、ネルガル・ワイス宰相、バルト・アモイモン騎士団長、ミュルミュール・リーデル辺境伯、マルバス・オラーレ子爵と王国切っての人族至上主義派の面々が勢揃いしていたのだ。
現在、王国の中枢は人族至上主義派が大勢を占めており、彼等はその中心的な存在である。彼等が権力を持つ様になって多くの亜人系の貴族が不当に嫌疑を掛けられ、降格や爵位を剥奪されている。当然、吸血鬼族の血が入っているベルゼのことも亜人系貴族として忌み嫌っているが、数代前の王によって公爵位が保障されている事もあり、強硬な手段に出てくることは無かった。
「国王陛下のお呼びにより、ベルゼ・ルージュシュワ、御前に参りました。」
人族至上主義派に付け入る隙を与えない為にベルゼは国王に臣下の例を取ると国王に代わってネルガル宰相がベルゼに声をかける。
「ベルゼ公爵様、今回は急な招聘にも関わらず、応じて頂きありがとうございます。」
「王命を頂けば、何を差し置いてでも馳せ参じるのが臣下の務めです故に。」
「素晴らしいお心掛けです。他の貴族達にも公爵様を見習って欲しいものです。」
宰相とベルゼの他愛もない会話を国王は黙って聞いている。
「本日は火急のご用件とお伺いしております。ご用件をお教え頂けますでしょうか?」
ベルゼは茶番の様な会話を終わらせるべく、改めて姿勢を整えて本日の用向きを国王に問いかけた。
「そうですな。ワシも叔母上様も互いに忙しい身にて、早速、本題に入りましょう。」
国王は人族至上主義派とは言え、王族出身の年長者であるベルゼに尊大な態度を取ることはなく、宰相に説明を促す。
「まだ内定の段階ですが、ベルゼ公爵様の長きに渡る王国への功績に讃えて、領地が下賜される事が決まりました。」
「おぉ、それはそれは、公爵様、おめでとうございます。」
「これからは領主様とお呼びしなくてはいけませんな。」
宰相の説明に被せるように騎士団長や辺境伯達が祝いの言葉を述べる。彼等は事前に知っていたのであろうが、さも「今、知った」と言わんがばかりの反応をして見せる。
「なお公爵様の貴族年金につきましては3年間は交付されますので、それまでに領地を安定させて下さい。」
貴族年金は領地を持たない貴族に支払われる給金であり、領地持ちになれば貴族年金は支払われない。つまり現国王は領地を下賜と言う名目でカモフラージュする事で、亜人であるベルゼを王都の外に追放し、更にはベルゼの父王が定めた貴族年金を打ち切る事にしたのだ。人族至上主義派がここまでするとはベルゼには想定外だった。
「私を領地持ち貴族に加えて頂き、光栄でございます。さて、どちらの領地を賜れるのでしょうか?」
これまでの功績に対する恩賞という形が取られているため、ベルゼに否の選択肢は無いが、下賜される領地がどこなのかは確認すべき重要な事である。
「国王ガレッド・ルージュシュワの名においてベルゼ・ルージュシュワに王家直轄領へクラ山一帯を下賜し、ベルゼ領として統治することを命じる。」
ベルゼに下賜された領地は王都から遠く離れた他国と国境を接する辺境の土地であった。
人族至上主義派にとってベルゼは吸血鬼族であるのにも関わらず、公爵位を持っいる事を容認できない。とはいえ、過去に王族により決められた事を覆すのは外聞が悪い。その為、恩賞とは名ばかりの事実上の追放とも言える策を弄したのであった。
「ベルゼ・ルージュシュワ。国王陛下より賜りし、領地の繁栄に勤めさせて頂きます。」
ベルゼは感情を押し殺して、領地下賜を受け入れ、宣誓を行った。
こうしてベルゼは領地持ちの貴族となった。