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1-13.王都散策③アリエル商会にて

獅子王堂を後にしたエンドとアリスは次の目的地をアリエル商会とした。アリエル商会はベルゼが薬品を購入するのために指定した店である。

アリエル商会は天才薬師と呼ばれるフェイル・アリエルが自らが設立して営む商会で、フェイルの調合した薬剤は、その安定した品質の高さから多くの研究者や医師達から他の追随を許さない絶大な支持を得ている。

そのフェイルが調合した数々の新薬を元手に他商材の販売も手掛ける事でアリエル商会は王都一の商会へと成り上がったのだ。


魔法の研究者でもあるベルゼにとってフェイルの調合した薬品は、研究を進めていく上でも必要不可欠なモノが多数存在しており、結果、アリエル商会の上得意客の1人として名を連ねている。

ベルゼは今回の外出時にいくつかの薬品を購入するつもりだったのだが、急な王城からの呼び出しによりアリスに買い付けを頼んだのだった。


アリエル商会の店舗は薬品以外の商材を販売するスペースを大きく取っており、フェイルが調合した薬品は店の裏手にある小さな売り場でのみで販売されている。しかも売り場ではフェイル本人が売り子をしており、自身が気に入った相手から依頼された調合しか請け負っていなかった。


エンドとアリスはフェイル本人が店番をする小さな売場へと向かった。アリスがアリエル商会を訪れるのは初めてだったが、常連客であるベルゼのお使いと言う事もあり、フェイル商会の店員達は親切にフェイルのいる売場へと案内してくれた。

2人が入口の扉を潜り売場に向かうとそこには9歳位の背中に羽根を生やした幼女が店番をしていた。


「こんにちは。ベルゼ・ルージュシュワ公爵様の使いで参りましたのです。フェイル・アリエル様に調合のお願いに参りましたのです。フェイル様はお留守なのでしょうか?」

アリスが幼女に声を掛ける。


「ほ〜ぉ〜。吸血姫様のお使いかえ。それはそれは、よく来なさった。」

幼女は見た目からは想像も付かない様な年寄りめいた口調で答えた。

「もしかして、貴方様がフェイル・アリエル様なのですか?」

アリスが恐る恐る尋ねると、幼女はニマァっと笑顔を返して答えた。


「ワシがフェイル・アリエルじゃ。よう来なさったな。」

アリスは一瞬だけ驚いた表情を見せたものの、さすが公爵家に使える一流のメイドらしく直ぐに姿勢を正してフェイルと向き合う。一方、エンドは幼女の姿に見惚れて、一瞬だけ反応が遅れたが、アリス同様に姿勢を正してフェイルに向き直った。


「そちらのお兄さんは天使族を見るのは初めてかえ?そんなに見つめられると照れてしまうぞい。」

「あぁ、申し訳ない。あまりに美しい羽根につい見惚れてしまいました。」

「正直なのは良い事じゃが、見惚れたのが羽根だけと言うのも女として自信を無くすのう。」

エンドの視線に気付いたフェイルの言葉にエンドが軽く応えて、スムーズに会話が始まる。


「で、吸血姫様は今回は何をご所望なのじゃ?」

フェイルにうながされ、アリスが一枚の紙を差し出す。

「今回、ベルゼ様がご所望されている薬品なのです。これら全てをお願いするのです。」


エンドは紙に何が書いてあるのか覗き込んで確認したが、これまでベルゼの授業では使われていない文字が書き綴られていた。内容は読めなかったので分からなかったが、処方箋的な物なのだろう。


「また、面倒臭い品ばかり。あやつは・・・。」

苦笑いを浮かべながらベルゼからの注文書を見つめていたフェイルの視線が一箇所で止まる。

「これは、不味いのう。今、調合中の薬と材料が被っておる。今日は吸血姫の注文分を揃えることは出来んのう。」

「まぁ、どうしたらいいのです?」

フェイルが幼女の姿に似合わない難しい顔をして考え込む。その様子を見てアリスも動揺を隠せずにオロオロしている。


エンドは少し考えてフェイルに質問をする。

「他の材料で代替は出来ないのですか?」

「無理じゃな。品質を保証できん。」


「ちなみに、こちらの注文を優先して頂く事は可能ですか?」

「相手がある事だからのう。しかもワシの信用に関わる・・・。」


「相手を納得させ、フェイル女史の信用を守る方法は無いですか?」

エンドの質問にフェイルは暫く考え込んでから、答える。


「うちの店には色んな客がおり、取り扱う商品もイロイロあっての、そこのエルフのお嬢さんが協力してくれると助かる商品もあるのじゃが、それと交換ではどうかの?」

「も、モチロンです。私に出来ることなら何でもやるのです。」

フェイルから急に声を掛けられたアリスは驚きながらも即答で答える。

「何でも・・・かの、その言葉、忘れんようにな。」


フェイルが人の悪い顔を浮かべている事にはアリスもエンドも気付く事は無く、ベルゼからのお使いを無事に済ませる為に気合を入れる。

「それで私は何を協力したらイイのです?」

「エルフメイドちゃん・・・にはエルフの聖水を準備して欲しいのじゃよ。」


アリスの質問にフェイルが重々しく答えても幼女が発する言葉では威厳は微塵も感じられない。しかし、アリスはフェイルの言葉に真剣に耳を傾けて答える。

「エルフの聖水ってなんなのです?聞いた事ないのです。」

「おや、メイドのお嬢ちゃんはエルフの聖水を知らんのかえ。いいじゃろいいじゃろ、教えてやるから、ちょっと耳をお貸し。」

フェイルはアリスにエルフの聖水について耳打ちする。アリスはハッと目を見開いたあと、顔を真っ赤にし、口元を押さえて声を上げるのを我慢している。


エンドはフェイルに耳打ちされるアリスの様子がおかしい事に気付いてすぐに声を掛ける。

「難しそうなら断っていいんだよ。ベルゼ公爵に少しだけ待って貰えばいいんだから。」

「そうじゃの。無理はせんでもええんじゃよ。」

エンドの言葉にフェイルも同意の言葉を掛けるが、アリスの耳に2人の声は届いていない。


何かブツブツ独り言を言いながら、暫く考えてから覚悟を決めた様に真っ直ぐエンドとフェイルを見据えて答える。

「私、頑張るのです。でも1人じゃ無理なので、エンド様にも手伝って欲しいのです。」

アリスの言葉にエンドは力強く肯き、同意を示す。


「ホッホッホ。手伝いどころか、お主が頑張る事になると思うが・・・。まぁ、良いわ。上の階にワシが休憩するのに使っておる部屋があるから、そこを使って作業をして良いぞ。」

フェイルが何か意味深な発言をしたが、エンドとアリスの2人は促されるままにフェイル商会の2階の部屋へと向かった。


2人が案内された部屋はベットが置かれただけの殺風景な部屋だった。エンドは先に部屋の奥へと進み、アリスはエンドの後ろに続いて部屋へと入る。

「何も無い部屋だなぁ。ここでエルフの聖水の準備って出来るのかな?」

エンドが素朴な疑問を口にしながら、部屋を見渡していると、エンドの後ろにいたアリスは大きく深呼吸をして、エンドに勢いよく抱きついてきた。


「おぉ、ど、どうしたのアリスさん。虫でもいた?」

驚いたエンドはアリスの肩を掴んで引き剥がそうとするが、アリスも懸命にエンドにしがみ付いて離れない。


「エルフの聖水の準備、手伝って欲しいのです?」

アリスは美少女の最強の武器の1つである上目遣いを駆使してエンドに迫る。

「あ、あぁ、それは手伝うけど。一体どうした?」

若干、引き気味のエンドを余所にアリスはグイグイと体を押し付けてくる。


「エルフの聖水とはエルフの女子の絶頂の証なのです。取り出す為にエンド様のご寵愛が欲しいのです。」

「・・・・。聖水って。そういうソレなのか?」


エンドは唖然としながら、アリスに問いかけるが、アリスはエンドにしがみ付いたまま一向に手の力を緩めない。

「優しく、お願いするのです。」

「いやいや、それはダメだよ。ベルゼもそこまでして手に入れて欲しいとは言わないよ。」

「エンド様は私の事を超絶美少女って言ってくださったのです。あれは嘘だったのです?」

「いやいや、それは嘘なんかじゃないけど・・・。」

「女の子に・・・私に恥をかかせないで下さい。」

泣きそうな顔で懇願するアリスにこうまで言われてはエンドは折れるしかない。


「本当に俺なんかでいいの?」

「エンド様がいいのです。」

目を瞑って唇を差し出すアリスにエンドも覚悟を決めてアリスの唇に自身の唇を重ねる。

その後、間も無くエンドの活躍で無事にアリスから聖水を手に入れる事ができた。


コトを終えてエンドがまだ息も絶え絶えのアリスの体にそっと毛布をかけて起き上がる。

アリスはまだ頭の中が真っ白な状態で毛布に包まっている。そこでちょうど見計らった様に扉をノックする音が聞こえた。


「聖水は取れたかえ?」

「これでよろしいか?」

部屋を訪れて、2人に成果を確認してきたフェイルにアリスの聖水が入ったビンを渡す。


「これはこれは最高品質じゃな。まぁ、これだけのモノを提供して貰ったからには、ワシも相応に応えねばならぬな。」

自身に対して嫌悪感を示すエンドの事を気にもかけず、フェイルは飄々と答える。


「エルフの嬢ちゃんが落ち着くまで、ココでゆっくりするがいいさね。」

フェイルはそう言って部屋を出て行こうとして、思い出した様にエンドに振り返ると人の悪い笑みを向けて告げる。


「そう言えば、いつかヴァンパイの聖水も納品してくれると助かるのじゃが。」

「絶対に断る。」

エンドは即答で拒否したが、フェイルは構わずに続ける。


「あと、ワシから天使の聖水を取る時にも協力してくれると助かるんじゃがのう。」

「それも断る。」

「お買い上げの商品を渡すので帰る前に売場に寄なされ。」

フェイルはヒャッヒャッと笑い声を上げながら今度こそ部屋を後にした。


「エンド様、すぐに準備しますので、少々お待ち下さいなのです。」

ようやくアリスが身体を起こして、毛布で顔の下半分を隠しながら恥ずかしそうにエンドに視線を送る。美少女の甘えた声と上目使いがクリティカルヒットして、エンドはアリスに魅了されてしまいそうだと思う。


どうやら、ベルゼとの情事の時と言い、エンドは美少女の上目使いに弱いらしい。

「支度が出来たらフェイルの処に寄ってから、屋敷に帰ろうか。」

エンドはアリスに魅了されそうな自身の心を立て直し、服装を整えてからフェイルの待つ、薬剤の売り場に向かった。


「待たせて申し訳ない。商品を受け取りに来ました。」

「準備できとるよ。」

フェイルはベルゼの注文書に書かれていた薬品を完璧に調合し、破損防止の魔法が掛けられた箱に詰めて準備していた。


「お支払いはお幾らなのです?」

アリスの問いかけにフェイルは首を振ると薬品が入った箱とは別に金貨の山を差し出す。

「これは何なのです?」

アリスは不思議そうに尋ねる。


「嬢ちゃんが準備してくれた聖水の価値は、その薬品だけでは足りんからのう。その差額がこの金貨じゃよ。」

「こんなに・・・なのです・・・か?」

フェイルからの高い評価にアリスが驚き、戸惑うが、きっとそれ以上の金額を出してあの聖水を購入するコアな客がいることの方が驚きである。


「適正な評価額という事なのかな。フェイル女史は性格はアレだが、取引相手としては公正で信頼できると言う事か。ベルゼ公爵が贔屓にするの納得なのか。」

「性格がドレかは知らぬが、お褒めに預かり光栄じゃよ。」

エンドの言葉にフェイルは素直に嬉しそうに答える。


「しかし、兄さんも商いに通じておる様じゃな。ワシに交渉を仕掛けるとは吸血姫はイイ男を見つけたモノじゃ。まぁ、メイドちゃんは恥ずかしい思いをしたがのう。」

「それほどでも。商いは少々齧った事がある程度ですよ。」

フェイルの言葉にエンドは謙遜して答える。大企業の営業部門のマネジメント職だったエンドが商売を少々齧った程度なのかは疑問が残るところである。


「まぁ、今日は久々にイイ商いができたのじゃ。またのお越しをお待ちするのじゃ。」

「当分はご遠慮したいけど。」

フェイルにエンドが軽口で答える。


「エルフの嬢ちゃんも今日はお疲れ様じゃ。それとな・・・」

フェイルはアリスにも声を掛け、アリスの耳元に何やら囁いていた。

「吸血姫に負けぬよう、兄さんをシッカリ捕まえとくのじゃよ・・・」

フェイルの言葉にアリスは耳まで真っ赤にして反応する。


フェイルとアリスの会話は聞こえなかったが、アリスの様子を見ていたエンドは、呆れたように「またアリスさんに何か恥ずかしい事を言ってるの?困った店主だ。」などと呟いていた。


こうして、エンドとアリスの長い買物は終わり、ようやく屋敷への帰路に就くのだった。

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