表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/32

1ー12.王都散策②防具屋にて

商業ギルドを出た後、エンドとアリスは少し早めの昼食を取ることにした。

アリスがエンドを案内したのは王都で人気の蒸し料理を出す屋台で、寒い今の時期の外出時にはピッタリの店だった。

「あっつ!」

「あふっ!」

蒸籠のような器に入って出てきた料理は蒸した生地の中から熱々のスープが飛び出す、小籠包に似た料理で、火傷に注意してハフハフ言いながら食べ進める。


「いやー。熱さがご馳走だね。アリスさん、連れてきてくれてサンキュー。」

エンドが感謝を示すときに使う「サンキュー」がでた。

食べている姿に優雅さの欠片もないが、折角の散策だから畏まったレストランよりもエンドが喜ぶだろうと考えたアリスの作戦勝ちであった。アリスはこの調子でエンドから「さん」を外して呼んで貰えるよう頑張ろうと気合を入れ直していた。


「次は服飾街に行ってエンド様の装備品を揃えるのです。何かご要望はありますか?」

食事を終えてアリスが次の行き先をエンドに告げた。


エンドが着ている服は執事のヴラドが用意した貴族男性用の衣裳でかなり堅苦しい印象だ。ちなみにエンドがこの世界に召喚される前に着ていたスーツは事故の影響でボロボロになっったので廃棄した。厳密には素材に興味を示したベルゼに引き取られて繊維に分解され研究されているのだが・・・。


今現在、エンドにはラフな普段着は勿論、衛兵達との格闘訓練や魔法の自主練などの時にも着れる衣装がない。特に格闘や魔法の訓練での衣装となれば防具屋で装備品を購入する事が良いだろうとの事になったのだ。


「装備品って認識で服を買った経験はないので、どんなものが良いのか?しかも服のセンスにも自信が無いし。困りました。」

「それでしたら私が見繕わせて頂くのです。」

「あぁ、それは助かる。アリスさんに任せる事にしよう!」

装備品と言われてもエンドにはどういった物を選べばいいのか、全く判らなかったので、アリスの申し出は有り難かった。


アリスがエンドを案内したのは獅子王堂と書かれた看板を掲げた王都を拠点とする一流冒険者達が贔屓にする店だった。ここは沢山の客で賑わうと言うよりも選ばれた者達だけが訪れる店である。その為、客の要望に余すところなく応えられるようにマンツーマンの接客をしている。


エンドとアリスが店の中に入ると、エルフ族の女性店員が丁寧なお辞儀をして、2人の側に寄って来た。

「いらっしゃいませ。当店は初めてのご利用ですか?」

エンドが頷き、初めての来店である事を肯定する。店員はエンド達に気付かせない程にさり気無い素振りで2人の身形を確認して言葉を続ける。


「当店のご利用にあたりまして、紹介状等はお持ちでしょうか?」

店員は例え貴族であろうとも一見さんお断りの店の方針を伝えてエンド達の返事を待つ。ここでは客の方が、店を使う資格があるのかを問われる。この徹底した対応こそが獅子王堂に対する信頼の裏付けとなっている。


勿論、アリスは抜かりなく、店員に一通の書面を提示する。

「ベルゼ・ルージュシュワ公爵様よりお預かりした紹介状なのです。本日はこちらのエンド。セージ様の装備品を見にきたのです。」

「大変、失礼致しました。エンド・セージ様。本日はどの様な物をお求めでしょうか?」

店員は紹介者が上級貴族の公爵家である事を確認すると穏やかな表情で接客を始める。そのスムーズな対応は流石に一流店の店員と言うところだ。


アリスは事前のやり取り通り、エンドの装備品について主導して品定めをして選んで行く。エンドはただ言われるがままに差し出された装備品を着せ替え人形の様に試着しては、アリスと店員の視線に晒されて、あーでもない、こーでもないとの会話を上の空で聞いていた。


「エンド様。見立ては終わりましたのです。とてもお似合いで、早くベルゼ様にもお見せしたいのです。」

アリスのコーディネートが漸く完成し、エンドは着せ替え人形な状態から解放されたのは数時間が経過した後だった。店員もアリスのコーディネートには目を見張っており、頻りに大きく頷いている。


アリスが選んだのは、普段使いにも使えそうな襟付きの白いシャツに黒のパンツとコートでシンプルに纏められていた。これは派手な色彩や形のモノをエンドが敬遠したがった事も考慮しての結果である。

それぞれ魔法による効果が付与されており、シャツとパンツには防刃及び衝撃緩和、コートは耐熱耐寒及び自動修復が施されている。これらはこの店で取り扱っている商品の中で性能も値段も特にお高い部類の商品であったがベルゼから預かっている潤沢な資金により容易に購入できた。


「アリスさんのお陰で良い買い物ができて良かったよ。本当に助かった。そのうちに何かお礼しなきゃなぁ。」

「お礼なんて・・・エンド様のお役に立ててよかったのです。」

「じゃ、私もアリスさんが困っている時があったら、何かお役に立てるようにします。」

アリスの目標の呼び捨てには未だ届いていないが、買い物を通じて、エンドとアリスの距離は随分と縮まったようだ。


しかし、そんな和やかな雰囲気を壊す声が店内に響き渡る。

「あ〜あっ、俺ら冒険者がギルド長にココの紹介状を出してもらうのにどれだけ苦労して来たと思っているんだよ。どこの貴族様かは何か知らねぇが、装備品一つ自分で選べない奴がウロチョロしやがって。」

明らかにエンドに向けられた言葉が発せられた方に目をやると戦士・神官・狩人・治癒士の4人組の冒険者のパーティがいた。

高級店に似つかわしくない声の主はその中の戦士の格好をした小柄のドワーフの男だ。


「自分の装備は自分で責任持って選びやがれ。出来ねぇんだったら冒険者御用達の店に出入りしてるんじゃねえよ。」

声の主は憚る事なく大きな声でエンドへ批判的な言葉を投げる。連れの神官の男が宥めているが、聞く耳は持ってなさそうだ。


「ベルゼ公爵家の客人であるエンド様に無礼な発言は許しませんのです。」

ドワーフの言葉に怒りを露わにしたアリスが抗議の声を上げ、男に立ち向かう。獅子王堂の店員達も礼儀を欠く男を取り囲もうと動いたが、アリスの動きは誰よりも早かった。


「もう一度言うのです。ベルゼ公爵家の客人であるエンド様への無礼な発言は、このアリスが許しませんのです。」

アリスは怒りを露わに小柄のドワーフの男に近付く。アリスの怒りにその場にいた誰もが気温が下がるかの様な錯覚を覚える。


「俺ら冒険者が懸命に戦ってやっとの思いでギルド長に認められてこの店の紹介状を貰っているんだ。上級貴族だからって、ここの装備品の価値も分からずに買いに来ているのが気に食わねぇんだよ。」

しかしドワーフの男は我関せずと興奮して捲したてる。


「すみませんねぇ。コイツ、欲しい装備を買うのに金が足りなくて気が立ってて。」

流石にこの店で貴族相手にトラブルを起こすのはまずいと神官の男は理解しており、ドワーフの男の前に回り込んで、この場所からの離脱を模索する。


しかしアリスも回り込みながら移動して、彼らの退路を塞ぐ位置に立つ。今にもドワーフに突っかかりそうなアリスを止めようとエンドは思案する。

「アリスさん、俺は平気だから抑えようか。」

「・・・」

エンドの呼びかけにもアリスは反応せず、ドワーフを睨んでいる。


エンドはもう少し、違うアプローチでアリスを止める事を考える。

「アリス、そんなに怒ると超絶美少女が台無しだぞ。」

エンドの掛け声に、誰もが一瞬で「え?」となったが、アリスには効果的面だった。


「そんなぁ、照れるのですぅ。超絶美少女だなんてぇ・・・。エンド様、もう一回言って欲しいのですぅ。」

アリスは顔を真っ赤にさせ、体をクネクネさせて、その場に止まっている。


エンドの言葉が思った以上の効果を発揮し、アリスが止まった事を確認してから、エンドは周囲の人々に向けて声をかける。

「私の付き人が暴走して大変申し訳ない。止められずに死人が出なくて良かった。」


しかしエンドの言葉にドワーフは反応する。

「テメェが止めなきゃ、俺は殺されてたとでも言いてぇのかよ。舐めやがって。」

エンドの言葉にドワーフの男が激昂し掴みかかろうとするが、仲間の神官が止めようとして揉み合う。

「ガルド、止めろ。これ以上、問題を起こすな。」


神官の男はまだこの場からの離脱を諦めていない。ドワーフと揉み合いながらも狩人の女に目配せして脱出ルートの確保を指示する。

しかし、既に獅子王堂の店員だけで無く、警備員までもが彼等を取り囲んでいる。


「リーダー、無理です。ガルドのバカァ。折角の初めての獅子王堂のお買い物だったのに台無しにしてぇ〜。」

狩人の女は早々に脱出を断念して、泣き言とドワーフの男への恨み言を吐きながらその場に座り込む。ドワーフの男はどうやらガルドという名らしい。


エンドが構わずガルドに近づくと神官も諦めた顔で掴んだ手を放す。

「思い知りやがれ!」

ガルドが獰猛な笑顔でエンドに摑みかかるが、エンドは難なくその腕を躱す。そして一気に距離を詰めるとガルドの額に拳を翳すと強烈なデコピンを撃ち込んだ。


バチーン!!!!!!

強烈な破裂音にも似た衝撃音にその場に居た者達はドン引きとなり、デコピンの犠牲になったガルドは真後ろに倒れて、白目を向いて気絶している。


「理由は何であれ、お店に迷惑かけちゃいかんよ。」

エンドの言葉をガルドのパーティーのメンバーも獅子王堂の店員と警備員達も唖然とした表情で聞いているだけだった。


「さて、買い物も終わったし、お暇しようか?」

「はい!承知しましたのです。良ければもう一回、アリスって呼んで・・・」

エンドがアリスに声をかけると、直ぐに返事が返ってきた。その声は普段より上擦っており、若干の不具合を残しつつもアリスは再起動したようだ。2人は獅子王堂を後にして、次の目的の店へと向かう事にした。


2人が去った後、騒ぎを起こした冒険者パーティは獅子王堂の警備員に捕まり、出入り禁止処分を言い渡された。このパーティーはこの直後、解散したとの事だった。


また、獅子王堂は彼らの紹介状を書いた冒険者ギルドのギルド長に抗議文を送り、事の顛末を詳細に知らせた。冒険者ギルドのギルド長は自身が紹介状を書いた冒険者が公爵家に喧嘩を売った事実を知って顔面蒼白になったという。


更にこの後日談だが、

獅子王堂は秘密保持もしっかり出来る一流店なのだが、さすがこの日の出来事は強烈なインパクトがあったようで、まるで都市伝説の良いに面白おかしく脚色された噂話が流出した。

曰く、怒りで周囲に冷気を撒き散らす美麗なエルフの噂。

曰く、高ランク冒険者を指一本でねじ伏せた貴族の男の噂。


後日、当事者達がこの噂話を耳にする機会があったが、自分たちの事とは思いもしなかったらしい。


アリスは見事に「呼び捨て」の目標を達成した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ