1−01.始まりの最期の日
大卒入社で勤めて34年。本日が遠藤の最後の出勤日だった。
終業のチャイムが鳴り、これで会社員生活が終了となる。
「遠藤本部長、お疲れ様でした。」
平山、石坂、丸田の3人組が大きな声を上げると、それが合図となっていたのかフロアにいる社員が一斉に立ち上がり遠藤にむけて拍手を送る。3人組は遠藤が特に可愛がっていた部下達であり、周りの社員達から司会役を仰せつかっていたようで気合が入っている。
「では、遠藤本部長からお言葉を頂きたいと思います。」
平山が遠藤に会社員最後の挨拶を促す。
「えー、挨拶の指名を頂きましたが、私は本日付けで退職となり、既に定時になっています。つまり、既に本部長では無く、通りすがりのオジサンとなってしまった遠藤です。」
遠藤の自虐混じりのジョークに社員たちから軽く笑いが起こる。
この程度のジョークでも笑ってもらえる程には部下達に愛されていたようだ。
「今回、ポストオフを契機に退職する事になりましたが、まだまだ気力と体力は充分にあります。今後は現役の皆さんに負けないように何か充実したセカンドライフを送りたいと考えているところです。最後にこれからの皆さんの御活躍と会社の繁栄を祈念して挨拶に代えさせてもらいます。今までありがとう!!!!」
遠藤の挨拶が終わったタイミングで盛大な拍手が起き、部下達から遠藤への感謝の声が掛けられる。
「本部長、退職しても飲みに連れて行ってくださいよ〜。」
3人組は社交辞令では無く、遠藤が退職した後も割と本気で飲みに連れて行ってくれと強請ってくる。
「暫くは失業保険生活者なんだけどなぁ〜。そんな俺にたかるのかよ。」
遠藤は顔に苦笑を浮かべながら答えるが、まぁ悪い気はしていない。
ただ3人組と飲みにいくと、酒が進めば進むほど遠藤は次第に彼らの話について行けなくなるのがいつもの光景だ。それと言うのも3人組は会社の中でも変わったの経歴を経てきた社員である。
まず、平山はミリタリーや格闘技の趣味から自衛隊に入隊し、レンジャー部隊を経てからの転職組。石坂は理系出身で研究部門からの営業部門への配置転換組、丸田はアニメやラノベ等のオタクだが、学生時代にはクイズ研で日本一にもなっている。
なかなか濃い面子だが、彼らは気のいい連中で、一緒に飲むのは楽しいので、きっと自分から連絡してしまうのだろうなと遠藤は思っている。
社員達からの拍手に送られながら会社を後にして遠藤の長い会社員生活は終わりを迎えた。役員待遇にまでは一歩及ばなかったが、総じていい会社員人生だったと思う。
遠藤の今後の予定だが、先程の挨拶の際にも言ったが、まだまだ気力と体力は充分にあるのでセカンドライフは何処かの会社に再就職するつもりだ。
その為には近日中にハローワークに行こうと考えており、その時に雇用保険の手続きも行ってから、当面はノンビリと過ごそうと考えている。
これを機に自分への御褒美も兼ねて温泉旅行にでも行くのも良いかもしれない。
家族は30才の時に結婚した妻が3年前に他界し、子供にも恵まれなかった事もあり、今は天涯孤独の独居中年の身である。
旅に出ても気楽な一人旅となるが、今晩あたり、酒でも飲みながら行き先でも考えようと思っている。
とりあえず、いつも通りに自宅近所のスーパーに立ち寄り、夕飯を買い求める。退職日と言っても特にご馳走にするでもなく、惣菜コーナーでポテトサラダと焼き魚と購入した。
スーパーを出て直ぐの交差点で信号待ちをしながら、帰宅してからの予定を考える。
先ずはシャワーを浴びて、それから先ほど買った惣菜をツマミに缶ビールを片手に部屋でのんびりと過ごそう。それが何一つ変わらない、いつもの光景だ。
遠藤は信号待ちの間、そんな事を考えていたが、自分に向かって突っ込んでくる自動車には気付いていなかった。
ほんの一瞬の出来事だった。強烈な衝突音の跡には凄惨な事故現場が残された。
高齢ドライバーが運転する車がアクセルを踏んだままスピードを緩める事なく、歩道へと乗り上げてスーパーの壁に突っ込んで来たのである。
自動車は歩道に乗り上げ、遠藤を押し飛ばしたまま壁へと激突し、車と壁の間に挟まれて遠藤は死亡した。
何が起きたのかも分からないまま、即死であった。
遠藤のセカンドライフは本人死亡から始まった。
のんびり書きます。