第9筆 タイムリミット
「4年生になるまでにダメだったら、作家を諦める・・・?」
「ああ、そうだ」
「何で・・・!俺は本気でプロの作家目指してるのに!」
思わず語気を強めていた。唾が机の上に飛び散る。
「本気?」
父が尋ねる。
「うん」
「本気で作家を目指してる奴が何人いると思っているんだ。狭き門どころの話じゃないぞ。本気でやって夢が叶うなら苦労しないだろう」
「分かってるよ、そんなこと」
俺は茶碗を机の上に置いた。ゴンと茶碗が机に当たる音がする。いつの間にか食べるのを中断していた。
「お父さん、言葉の気が済むまでやらせてあげたら。ノーリスクで夢を追えるのは学生の特権だもの。せめて大学を卒業するまでの間にしてあげれば」
「それではちゃんと就職するか分からないだろう。それに、諦めるのは早い方がいい。傷が浅くて済むからな」
「勝手なこと言うな!」
俺は父に向かって叫んだ。
「勝手はお前だろう。誰が学費を払っていると思ってるんだ。作家なんて不安定な職を目指してもらうためじゃない」
父は怒鳴ることもなく淡々と言った。
「俺は・・・!」
目の端が少し熱くなるのを感じた。今だ。今、言わないと。夢は言ってるうちに叶うと信じるならば、誰に対しても自分の夢が言えないといけない。
「俺は、プロの作家になりたいんだよ」
「それはもう耳にタコができるほど聞いた。それは分かってるから、その上で就職しろと言ってるんだ。分からないか。別に小説なんか、プロになれなくたって趣味で書けるだろう。少しは大人になれよ。もう今年で22歳だろ」
俺の改めての決意表明は虚しく一蹴された。
「とにかく、来年の4月までだ。それ以上は待たん。もしも約束を破ったら、問答無用で家から出て行ってもらう」
父はそう言うと同時に食べ終わり、食器を洗い始めた。
俺はただ、黙って座ることしかできなかった。
何とか食べ物を口に入れて飲み込むという作業を繰り返して、ごちそうさまをした。食事がいつもよりも塩味強く感じたのは、俺の目から出たもののせいだと思う。
俺は自分の部屋に戻って、机に突っ伏した。
顔を袖に近づけたせいで、袖が濡れてしまった。でもしばらくは、こうしていたかった。
プロになりたい。それは嘘じゃない。
プロの作家になって、誰にも馬鹿にされないようになって、俺の物語を好きになってくれる人がいっぱいできて、それで、それで・・・俺は・・・
ああ、どうして俺はプロの作家になりたかったんだったっけな――――
作家を夢見た理由については上手く思い出せなかった。でも確かに、何かきっかけがあってなりたかったはずなんだ。その想いは本当のはずだった。嘘じゃないはずだった。
俺は顔を洗って、大学に行った。
今日は文化祭の翌日だから、昨日で片付けが終わらなかったサークルの、片付けなどの時間の確保のために学校は休みになる。だから本当は何も大学に用事はなかったはずだが、気分を入れ替えるために、とりあえず外に出たかったのだ。
何とはなしに、俺は部室に向かった。
どうせ誰もいないだろうと思って、俺は部室の鍵を守衛から借りて、ドアを開けた。
「おう、本多じゃん」
「西野・・・?」
部室の窓側の椅子には、昨日俺をボコボコにした西野が座っていた。
「どうしたん、お前」
「いや、別に・・・お前こそ、何しに来たんだよ」
「ああ。なんか、家にいても暇だし。部室で売れ残った部誌でも読もうと思って」
「そうか・・・」
こいつと二人とか、気まずい。俺はまだ西野と他愛ない会話をする気にはなれなかった。
「俺、帰るわ」
「今来たばっかじゃん」
「別に、特に用とかないし」
「俺が嫌なんだな」
わざわざこっちが言わずにいることを・・・。
「そんなこと、言ってないだろ」
俺は西野に背を向けて帰ろうとして、ドアノブを触った。
「本多」
後ろから声が聞こえた。
「あん?」
俺は適当に返事をした。
「お前みたいな素人はさ、ネットにでも投稿すんのがお似合いなんだよ。そっちの方が案外当たるかもしんねえぞ」
「・・・うるせえな」
俺は振り向かず、ただ、そんな風に悪態をついた。




