第4筆 文化祭1日目(2)・文化祭2日目
俺と村上君は良志館を出た。建物の外には大量の模擬店が所狭しと並んでいた。少し寒くなりはじめた11月下旬の風が頬に吹き付ける。
「焼きそばいかがですかー!」
「はし巻きどうですかー!」
普段は聞いたこともないような名前のサークルが段ボールに店名を書き、一生懸命勧誘している。もう大学に入って3年目だから流石に見慣れたが、1年生の頃は人が多いのもあって結構戸惑った記憶がある。
「お兄さん、みそ汁どうですかー。すぐそこだし、安いですよ!」
茶髪で左耳にピアスを開けた大学生が、俺に声を掛けてきた。
「いや、まだいいです」
「まだってことは・・・?後で来て下さいね!」
彼はそう言い、他の客を勧誘し始めた。俺のような眼鏡の文学少年(自称)にとっては陽キャはしんどい。どこでも手に入るような材料を使って作る(場合によっては作ってすらいない)ありきたりな飲食物を売るだけなのに、どうしてこうも熱心なのかはよく分からない。周りを見渡すと、金髪、茶髪、青髪、黒髪と、カラフルな髪の色の人達が混在していた。
「何食べます?」
村上君が聞いてきた。
「なんでもいいよ」
「じゃあ、そこの餃子スープにしません?寒いし」
「おっけー」
俺と村上君は『学生放送局』と名乗るサークルの餃子スープを、一人200円で買った。
「そうだ、俺も村上君の小説読んだよ」
俺と村上君はアカペラサークルや軽音サークルが使うステージ近くのベンチに座り、ふーふー言いながらスープを飲んでいた。
「ありがとうございます!どうでした?」
「面白かった」
「ありがとうございます!」
「主人公が変な花を食べて、顔が花になっちゃうっていうの、発想すごいね。自在に花粉を飛ばして敵を花粉症にして追い払うとか、笑ったわ。全体のストーリーとしても、日が経つにつれ体が植物化していく主人公を、みんなで協力して元に戻そうっていう軸がきちんとできてるのが良い」
「いやあ・・・めっちゃ褒めてくれるじゃないですか」
彼は少し頭を掻いた。
「いつから小説書いてんの?」
「文芸部に入ってからです。だから1年生の時からですね」
「すごいね」
その後は適当に建物内を見て回った。毎年同じ企画を行うサークルが大半で、目新しい催しはあまり見つからない。強いて言えば、学園祭実行委員会が『歌うま選手権』だの『笑ー1グランプリ』という学内芸人決定戦だのといった、毎年違う大会を開いているくらいか。しかし、部誌の販売と古本市だけではあまり文化祭に参加した気分にならない。文化祭は自分が積極的に何かをやるから面白いのであって、見て回るだけでは退屈だ。
「俺、ボードゲームサークルの方行って、お客さんと遊んでくるわ」
俺は二人でしばらく学内を回った後、村上君に告げた。ボードゲームは種類が豊富だし、文芸サークルよりも客が参加できるので、暇つぶしにはもってこいなのである。
「分かりました!じゃあ僕は文芸部の方戻りますね」
彼は文芸サークルのことを文芸部という。『文芸サークル』だと長いからか。それなら『文サー』とでも略すか?
村上君とは、良志館の前で手を振って別れた。ちなみにボードゲームサークルは、独創書荘の斜め向かいかつ美術部の隣の教室でやっているので、文芸サークルに戻ろうと思えばいつでも戻れる。
結局、俺はボードゲームサークルと文芸サークルを行き来して文化祭の一日目を終えた。
帰る間際、俺は明日すなわち文化祭2日目のシフトを見た。明日は12時から14時の間、部長と一緒にシフトに入ることになっていた。
彩菜ちゃんと、か―――――
彼女は良い作品を書く。繊細な心理描写ができる。
俺は改めて、持って帰った部誌のうち、彼女の作品『魔女の本懐』を読み返した。
文化祭2日目がやってきた。
俺は彩菜ちゃんに頼まれて、俺と彩菜ちゃんの二人分の焼きそばと牛串を買ってきた。もちろんお金は彼女からもらっている。そして、彼女の隣に座ることとなった。
「本多君、よろしくー」
「うん」
俺は彼女の横顔を見た。
「あのさ」
「ん?」
俺は昨日から考えていたことを彼女に言おうと思った。
「俺の作品なんだけど、彩菜ちゃんに講評してほしいんだ」
「・・・ほう」
彼女は真顔になった。
「俺、これでもプロの作家になりたいんだ。恥ずかしくてあんまり言えなかったけど、もう、来年4年生だから。ちゃんと、誰かに、自分の作品のダメなところを言ってもらわないと、分かんないなって思ってさ。だから」
「・・・分かった。本多君がプロになりたいんだろうな、っていうのは何となく分かってたしね」
「ありがとう」
彼女は少し息を吸った。
「本多君の作品はね――――」