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第32筆 もう一度

 昨日は勢いのままに河川敷まで走って、しばらく寝っ転がっていたが、外にずっといると流石に寒くなってきたので、風邪を引かないように歩いて家に帰った。なので結局、野宿はしていない。夜明け前の空は暗かったが、これから明るくなることが分かっていると思えば最高の空ともいえる。

 

 「お前、昨日どこ行ってたんだよ。すぐ帰ってくるかと思ったら全然帰って来ないから、ちょっと心配したわ」

 朝ご飯を食べ終えて自分の部屋に戻ろうとしたところで、背後から弟が訊いてきた。

 「高原川の河川敷まで走ってた」 

 「え!?あそこまで行ったん?よくやるわ」

 俺が自分の部屋に入ると、弟も後を追うように入ってきた。

 「それで?心の整理、できたか?」

 俺は弟の目を正面から見た。弟は少しだけ笑っていた。

 「うん」


 ノートパソコンをリュックに入れて自転車の籠に乗せ、大学まで走った。涼しくなり始めた風が、おでこにかかった髪の毛を跳ね上げる。前髪が伸びてきたからそろそろ切ろうか。大学に着くと、自転車をキャンパス内に停め、守衛室で鍵を借りて、独創書荘のBOXに入った。


 もう一度。

 もう一度、小説を書く。

 

 昨日、彩菜ちゃんたちや弟から言われたことを思い出して、自分と向き合って出した結論だ。本当は小説を書きたかった。小説なんかどうでもいいと言いつつ、いつだって小説のことが忘れられなかった。他のどんな娯楽も、真に俺の心を満たしてはくれなかった。書いていて辛いことはいろいろあった。賞に落ち続けてがっかりし続けたり、落ちすぎて何も感じられなくなるくらいになったりしたこともあった。西野には馬鹿にされ続けたし、自分でも自分を馬鹿にした。

 それでも、それでも、それでも。

 自分の書いた物語を、読みたいと言ってくれる人がいる。

 だから、俺は。


 パソコンのキーボードが激しい音を立てる。まるで自分の中にもう一つ別の世界が生まれたかのように、文字だけの物語はどんどん形作られていく。今までで一番、筆が乗っていると感じる。書いていて純粋に楽しいと思えたのは久しぶりだった。

 長い間、忘れていた感覚だった。

 自分の手で物語を紡ぎだすことは、こんなにも喜びで満ちたことだったんだ。


 気づけばもう外は暗くなり、日が落ちようとしていた。時間を忘れて小説を書いていた。いつもならばここでBOXを閉めて家に帰っているところだが、今日はもっとここで小説を書いていたい気分だった。自分の内側から溢れ出る熱を止めたくなかった。一気に書き上げてしまいたかった。

 『はい、本多です』

 家に電話を掛けると、母が応じた。

 「あ、言葉です」

 『ああ。どうしたの?』

 「今日、大学に泊まるから、家には帰らない。たぶん明日の朝帰る」

 『ん?今日、何か用事あったっけ?』

 「いや、そうじゃないんだけど。もうすぐ小説が完成しそうだから、一気に書き上げたいんだ」

 『そう。頑張ってね』

 「ありがとう」

 母が電話を切った。俺は一旦BOXを出てコンビニに寄り、おにぎり3個(梅、おかか、鮭ハラミ)とおーいお茶を買って戻った。それからはパソコンの前にずっと座り続けた。

 部屋にはキーボードのカタカタという音だけが響き続けていた。


 それから何時間経っただろうか。うっすらと空が明るくなり始めた頃、最後の一行を書き上げて、USBメモリとパソコン本体の両方にワード形式で書いた小説を保存する作業が完了した。

 新しい小説が完成した。

 自分でも異様なほどの集中力を発揮していた。公務員試験の勉強の時以上だった。

 「ふう・・・」

 パソコンを閉じて、椅子に深くもたれかかる。液晶画面から目を離すと途端に目の痛みが襲ってきたので、人差し指と親指で両目をしばらく押さえた。疲れた。

 時計を見ると、4時半になっていた。

 俺は椅子から降りて床に寝そべった。目を閉じると、全身の力が抜けてその場から動けなくなった。


 「うわっ!」

 誰かの驚いた声が聞こえて目が覚めた。

 「ん・・・?」

 目を開けると、ぱちぱちと瞬きをする両目がこちらを覗いていた。

 「本多さん!どうしたんですか!大丈夫ですか!?」

 声の主は島本君だった。

 「いや・・・うん。大丈夫。昨日から小説を書いてて、完成したから寝てただけ」

 「救急車呼ばなくていいですか?」

 「呼んでもらったら困る。島本君こそどうしてここに?」

 「いや、空きコマの間暇なんでBOX行こうと思って来てみたら、この子と会ったんで、一緒に来たんです」

 言われてみれば、島本君の後ろに1年生の女の子が一人いるのが見えた。その子と一瞬目が合ったが、彼女はすぐに目を逸らした。そりゃあBOXに入っていきなり寝てる先輩がいたら怖いだろうと思う。彼女に申し訳ないので、俺はすぐにだるさの残る体を起こし、パソコンをリュックに入れて帰る準備をした。時計を見ると10時半になっていた。

 「本多さん、また小説書き始めたんですね!」

 「うん」

 「また読ませて下さい!」

 「・・・うん。ありがとう」

 BOXの扉を開けた。彼女が会釈するのが見えたので、俺も会釈を返した。

 

 家に帰って遅い朝ご飯を食べ終えると、またしても眠った。今日はずっと寝ていたかった。でもあんまり寝すぎると、夜に眠れなくなるので、起きてパソコンの電源をつけた。そして、ある新人賞の応募ページを開いた。


 『三日月の歌  本多言葉』

 

 作品名と作者名を付けたファイルがアップロードされたことを確認し、提出ボタンを押した。

 久しぶりに、賞に応募した。


 『三日月の歌』と名付けたこの物語のあらすじはこのようなものだ。

 

 他の部員と対立して軽音学部を辞めた主人公は、退屈な毎日を過ごしていた。そんなある日、彼は隣の席の不登校気味の少女が久しぶりに学校に来ているのを見かける。その少女が喋ったところはほとんど見たことがなかったが、彼女の息の吸い方で、主人公はあることを確信する。そう、彼女こそインターネットで話題の『天才歌手』と呼ばれているボカロPでありネットアーティストだったのだ。

 主人公は彼女に話しかけようとするが、彼女は退学届を出すために学校に来たといい、主人公を拒絶する。もう一度彼女に会いたいと願う主人公。彼女は絶対に日本を代表する歌手になる。そこで主人公は、自分も歌手になれば彼女に会えるはずだと思い、歌手を目指すことになる。それ以来、主人公のプロの歌手を目指す毎日が始まる――――


 ・・・という感じである。小説の技術(テクニック)とかは忘れて、とにかく熱量を詰め込んだ。小説には必ず登場人物がいて、彼らの生き様を見るのが小説だ。つまり小説というのは人間の感情そのものなのだ。だから、細かいことは抜きにして、感情のままに進む物語を書きたかった。そうしてこの作品が生まれたのだ。


 小説の選考結果発表は3月下旬と、社会人になる直前の時期だ。ちょうど卒業式の直後くらいか。時間があるうちに、物語をいっぱい書いておこうと思う。


 俺はパソコンの電源を切り、外に出て公園まで散歩しに行った。小学生くらいの子どもたちがサッカーをしていたり、親子が砂場の遊具で遊んでいたりした。

 

 とても晴れやかな気分だった。

 


 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

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