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第30筆 それでいいの?

 「やっぱり本屋って楽しいよねえ。本多君もそう思わない?」

 彩菜ちゃんが目じりに皺を寄せて笑う。彼女も就活が終わったので、まとまった時間ができたそうだ。

 「うーん。そうかも」

 何と答えるか迷って曖昧な返事になってしまう。本好きなら楽しい場所であることに間違いはないが、個人的には、自分が捨てた夢の跡地でもあるので、複雑な気分でもあった。割り切ろうと思ったはずなのにな。

 「たまにはいいですよね、こういうのも。本屋ってなかなか誰かと一緒に行くことないですもん」

 「ねー!」

 島本君と彩菜ちゃんが意気投合する。今日は独創書荘の活動というよりも、サークルのメンバーの一部が適当に何人か集まって、一日かけて何軒もの本屋めぐりをするという、さながら友達同士で本屋限定の観光をしていた。ちなみに今は大型チェーン店を離れて、小さめの個人経営の書店に寄っている。参加メンバーの一人である村上君は色々な本を手に取っては戻し、ということを繰り返していた。

 「でも、本多さんが来てくれて良かったです。最近来てなかったんで」

 島本君が言った。

 「え?ああ・・・こちらこそ、誘ってくれてありがとう」

 一応、お礼は言っておかないといけない。俺のことを心配して誘ってくれたのかもしれないし。

 「じゃ、そろそろ次行きますか」


 今度は大学から自転車で西に10分ほど走ったところにある『古本市場』に行った。店によって大きさが様々であるが、この古本市場は2階まで商品が置いてあり、漫画も充実している。ビニール袋がかかっておらず、そのまま読める本もたくさんあるので、金のない学生がよく立ち読みをしている。俺は家が反対方向なのであまり寄ったことはないが。

 「そうだ、村上君」

 「はい」

 店内の小説コーナーをうろついていた村上君が振り向く。

 「遅くなったけど、受賞おめでとう。読んだよ」

 村上君と会うのは1年ぶりくらいだろう。彼が賞を取ったのももう8か月くらい前だ。それだけ経っているにもかかわらず、後輩の快挙を祝ってあげられないようなダサい先輩にはなりたくない。

 「ありがとうございます。どうでしたか?」

 「泣いた」

 色々な意味で、な。

 「そんなこと言っていただけるなんて・・・ありがとうございます。次もそう言っていただけるよう頑張ります」

 「うん・・・」

 胸が微妙にちくりとする。

 「まさか言葉さんより先に賞を取るとは思っていませんでした」

 「え?」

 「いや、うちから賞を取るなら、言葉さんかなと思ってたので」

 「・・・何で?」

 「だって、言葉さんの作品って、すごい本気が伝わる作品だったので。絶対にプロ目指してるんだろうな、この人って思ったんです。それを見てたから、僕もちょっとプロ作家を目指すの憧れちゃって」

 俺はどんな顔をしていただろうか。彩菜ちゃんだけじゃなく、村上君にも見破られていたのか。

 「そんな・・・全然大したことないって。結局は在学中はデビューできなかったし。俺なんか、無理だよ」

 「大学生活はまだ5か月残ってるじゃないですか」

 確かにまだ10月ではあるけれども。

 「いや、そういうことじゃなくてさ。才能の問題なんだよ」

 「何ですか、才能って」

 村上君が真っ直ぐ俺を見つめる。笑っていなかった。

 「それは・・・文章力とか、表現力とか、心情描写の深さとか。そういうのを総合してレベルが高い作品を作れる能力・・・かな?」

 才能。その一言である意味全ての努力の軌跡を片付けてしまえる魔法の言葉。具体的に作家の才能とは何かと聞かれると、答えに窮してしまった。

 「だったら、言葉さんは才能があると思います」

 「・・・」

 自分より前に進んだ後輩にそんなこと言われてもさ。何て返せばいいんだよ。才能がある人間って、自分ができることが当然、人にもできるって思ってる節があるよな。悪気がないのが余計にしんどく感じる。

 「諦めないで下さい。僕は言葉さんの書く小説、好きなんですから」

 やめてくれよ。今更そんなこと言わないでくれ。

 「なになに?何の話してるの?」

 俺たちの会話が聞こえてきたのか、彩菜ちゃんが気になるという顔で訊いてきた。

 「いや、作家の才能って何だろう、みたいな話をしてたんです。部長はどう思います?」

 村上君が答える。

 「もう私部長じゃないけどね。そうだねえ、言葉に花が咲いているような小説を書けるのが才能かなって思うよ。本多君には前も言ったね」

 「花・・・ですか?」

 「そうそう。私のお母さんの口癖だったんだけどね。たぶんだけど、小説を読んでて、『ああ、この登場人物は本当に生きてるんだな』とか、『この作品の世界がそこにあるんだ』とか思わされることを言うと思うの。物語が『生きている』って思う瞬間を感じることができる作品のことをいうんじゃないかな」

 「あーなんか・・・分かります。ありますよね、そういうこと。それが(あや)さんのお母さんの言う、言葉に花が咲いている小説っていうことなんですね」

 「うんうん」

 彩菜ちゃんは首をぶんぶんと縦に振った。

 「村上君が賞を取った『その一戦に全てを懸けて』も、キャラクターの心情が深く掘り下げられていて、こっちにすごく感情が伝わってきた。読者の心を揺さぶる小説だった。だから、村上君の作品には、花が咲いてた」

 「僕は言葉さんには作家の才能あると思ってるんですけど、彩さんはどうですか?」

 「うん。私、本多君はいつか良い小説を書けると思ってるよ」

 彩菜ちゃんが笑顔を見せる。

 「えっ。彩菜ちゃん、俺の作品酷評してたじゃん」

 「違うよ。去年の部誌に出してたやつは、深みが足りなかったから、もっと深く悩んで書いてくれればもっと良い作品になったと思う、ってことを言いたかったの。その後、小説家になろうで出した作品は、本多君が本当に書きたいものじゃないのが分かっちゃったから、悲しくなって言いすぎちゃったの。だから、本多君に素質があるのは間違いないんだよ。ただちょっと足りなかったり、変な方向に走っちゃっただけで」

 変な方向・・・。

 「君はいつか必ず、素晴らしい作品を書く。そのいつかが、今じゃないだけ」

 彩菜ちゃんが俺の目を真っ直ぐ見て言った。彼女の目には力があった。自分の信念を疑わないその強さは、1年生の頃から変わらなかった。

 「でも・・・俺、もう小説書かないよ。だから、ごめん」

 「何で?何で書かないの?」

 「いや、だってさ。後輩に先に賞を取られて、悔しくて。村上君の作品読んで、自分よりずっと上田って思っちゃって。親にも就職しろって言われてたし。3年以上頑張って一つも賞を取れないなら、これ以上頑張っても無駄だって思ったんだ」

 「だから、何?」

 「いや、何って」

 「賞を取った順番なんかどうでもいいじゃん。大事なのはいつデビューするかじゃない、どんな作品を書くかでしょ。違う?」

 「・・・だからさ、もういいんだって。作家なんか、どうでも。俺は4月から公務員になるんだ。小説なんか何も関係ない仕事に就くんだよ」

 「ねえ、本多君」

 彩菜ちゃんは一度、目を瞑って、そしてゆっくりと目を開けた。

 「本多君は、それでいいの?」

 「いや、だから・・・!」

 「本当に、作家なんか、小説なんかどうでもいいっていうのが、本多君の本心なの?私には無理矢理理由をつけて自分を納得させるのに必死になってるようにしか見えないんだけど」

 「・・・・・・」

 「もし本心だって言うなら、それでもいい。私や村上君が今言ったことは全部忘れて。だけど、そうじゃないなら、もう一回ちゃんと考えてほしい」

 俺は黙った。彩菜ちゃんも村上君も黙った。3人の大学生が静かに古本の棚の間で立ち尽くしていた。

 「あっ、いたいた。結構この店いたし、もうそろそろ帰りません?」

 場違いなほど軽い声で、島本君が俺達に促した。店を出て、入り口の前で解散することになった。

 「彩菜ちゃん」

 彩菜ちゃんが振り向いた。

 「ん?」

 「どうしてそこまでしてくれるの?」

 彼女は微笑を湛えた。この笑顔は彼女の最も美しい表情の一つだと思う。

 「決まってるでしょ。本多君の物語が読みたいからだよ」

 

 家に帰って風呂に入る。風呂に入っていると、その日にあったことを頭の中でおさらいすることが多い。意識しているわけではなく、勝手に思い出してしまうのだ。


 『もしそうじゃないなら、もう一回ちゃんと考えてみて』


 どうなんだ。俺は。

 村上君や彩菜ちゃんの言う通り、本当に俺に才能があるのか。才能ってなんだ。もう訳わかんねえ。

 

 くそっ。


 風呂の中で、独り言だけが静かに反響していた。

 

 

 

 


   

 

 

 

 

 

 

 

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