第3筆 文化祭1日目(1)
10時からシフトに当たっていたので、教室のドアを開けた。文芸サークルが割り当てられている教室は、良志館というキャンパスで一番でかい建物の1階に入って、右に曲がり、その端の方の場所にある。場所だけ見れば目立たないのだが、向かいの教室では美術部『鞍馬絵会合』という名前の美術部がお化け屋敷と似顔絵屋をやっており、そっちは人が結構来るので、美術部目当てで来た人がこちらに流れてくる可能性はある。
「おはよう」
中に入ると、村上君が既に座っていたので、挨拶した。
「おはようございます」
村上君は座ったままお辞儀をした。
「シフト一緒か。よろしく」
「はい」
俺は村上君の隣に座った。
静かな教室だった。まだ文化祭が始まったばかり―――いや、『始まった』といえるかどうかは大学全体の雰囲気を見て決めるべきだから、そういう意味では準備中のサークルが多いからまだ始まったとはいえないのかもしれないけれども―――だからか、人は全然来ていない。なので俺は1時間近く村上君と喋ったり、部誌に寄稿された他の部員の小説を読んだりしていた。
「暇だね」
「そうですね。でも部誌読むの楽しいです。さっき、言葉さんのも読みましたよ」
「ああ、ありがと。どうだった?」
「いやあ、そうですね。まず着眼点が面白いと思いました。『蜘蛛の糸』を釈迦から見るとどうなるか、っていうのは考えたことなかったんで。あとは、釈迦の後継者が悩んでるのがいいですよね。『お釈迦様、このように糸が切られて地獄に落ちていくのをただ見続けることは、本当に正しいことなのでしょうか』って」
「そこは台詞こだわったからね」
村上君は結構褒めてくれたようだ。そこから相変わらず喋っていたが、客は一人も来なかった。そもそも文芸サークルなんて、それ自体を目当てに来る人などまずいない。大抵学内を回ってたら偶々見つけて立ち寄るか、何かのついでに本を安く買うために立ち寄るかくらいのものだろうと思う。
12時になった。今日のシフトはこれで終わりだが、何もしていない。この後どうしようか。とりあえず昼ご飯でも食うか。
「一緒に昼買いにいかない?」
俺は村上君を誘った。
「行きましょう」
かくして男二人で学際を回る青春が始まった。