第29筆 どうしてだろうな
ペーパーテストの第1次試験及び個別面接の第2次試験で構成される公務員試験の日程がすべて終了してから3週間が経過した。昨日が合格発表だったのだが、結果的には最終合格者に選ばれたので、安心した。これで父にも色々言われずに済む。
気付けばもう、9月の頭になっていた。
地球温暖化の影響か、まだまだ暑さの残るこの季節に大学の秋学期は始まる。といっても、順調に単位を消化していけば、4年生のこの時期はあまり授業を履修しなくても卒業することができる。俺もゼミと一般教養2つと学科特有の科目いくつかを取った以外は授業がない。平日に授業のない日もあるし。暇だった。
「はーあ。もうあと半年で卒業か」
トランプで大富豪をやりながらボードゲームサークルの同級生が呟く。
「早いよなあ。あ、そういえば本多って就職先決まった?」
岩城がスペードの8を出して場を流しながら聞く。
「うん。公務員になる」
「おー、いいじゃん。おめでとう。しかし春ごろはなんも考えてなかったのに、よく公務員試験受かったよな」
「自分でもそう思う」
俺の番が回って来たので、エースのツーペアを出す。
「パス」
「パス」
「パス」
俺以外は全員これより強いカードを出せなかったので、場が流れる。これにより俺は手元に残った1枚のカードであるダイヤの3を出してあがった。
「はい、あがり」
「むううう」
無事大富豪となったので、王座の椅子から高みの見物をする。みんな手札が少なかったので、すぐにゲームが終わった。カードをシャッフルした後、大貧民との間でカードを2枚交換する。そうしてもう1ゲームやった。
「ふああああ」
思わず欠伸が出てしまった。
なんか、飽きたな。大富豪が、というよりも、ボードゲームサークルで遊んでることに。
「寝不足?」
「いや、そうじゃない。・・・ちょっと俺、抜けるわ。みんなで遊んどいて」
「帰るん?」
同級生の山田が訊いてくる。
「うん」
「なんか、お前さ。今日、つまんなさそうだったな」
「え?そうだったっけ」
暇な時間な確かに退屈に感じていたが、言い当てられるほどに俺の態度は露骨だったのだろうか。村上君の作品を読んでから就活を始めるまでの間もここに来て同じことをやっていたはずだが、感じ方がどうもあの時とは違っていた。
どうしてだろうか。
帰りになんとなく本屋に立ち寄った。話題の本はいつも通りの場所に平積みされているが、置かれている本の内容は前に来た時と随分様変わりしていた。出版業界は回転が早い。ある作品が『大反響』とか『絶賛』とかもてはやされたかと思うと、数か月後にはいつの間にかその煽り文句が別の作品に入れ替わり、次から次へと新しい本が出てくる。脚光を浴びた本であっても、そのサイクルの中でいつしか忘れ去られてゆく。
村上君の本も話題の本のコーナーからは消え、背表紙しか見えない普通の棚の方に追いやられていた。
去年と違って、人気作や話題作、著名人からの評価が高い作品たちの帯を見ても、心が波風を立てなくなった。誰がどんな作品を書こうが、どんな賞を取ろうが、もう俺には関係ないのだから。『ああ、すごいなあ』『自分とは別の世界に生きているんだなあ』『俺にはこんなの書けないや、ハハッ』。
それだけ。
だから、俺は一読者としてだけ本を楽しめばいい。それでいい。
割り切っていこうや。
なんとなく適当に、近頃若者に人気だという小説を買った。作者のプロフィールを読むと、自分と近い年代だった。
読み終わった感想としては、そこそこ面白いが、心に残り続けるというほどでもない、というものだった。人気作の分析を散々やったせいか、この作品に人気が出るのはなんとなく分かるが。地味系でモノローグ担当の主人公、何を考えているか分からないが自分に正直で突拍子もない行動を起こす美少女ヒロイン、そしてキャラの立った脇役たち。予定調和なキャラクター達が現実味のない言動で物語を動かしてゆく。
まあ、上出来じゃないか。
でももし俺が作者だったら、ヒロインは美少女じゃない方がいいかなあ。だってこういう青春ファンタジー系のヒロインって美少女ばっかりだし。見飽きたんだ、そういうのは。あとは何だろう、もっと切なくて身を切られる思いを読者にさせるような展開とかがあったらなあ、いいんだけど。
―――おいおい、評論家気取りかよ、お前。
脳の別の場所から自分の声が聞こえた。
「眞子さまは結局、どうなるのかねえ」
新聞を読みながら母が呟いた。大分前から問題になっている、皇族の婚姻問題のことのようだ。
「この小室って人は・・・何なんだろうな」
父が訝しげに言う。俺はあまり新聞を読まないので詳しくは知らないが、こうやって両親が新聞を読んだ感想を言うのを聞いたり、ニュースでたまに見たりはする。
「別に皇族だろうが誰と結婚してもいいんじゃないの?俺らには関係ないだろ」
一人の人間の人生を国民全体で縛り付けることが正しいとは思えなかった。
「しかし、俺たちの税金が使われるわけだからなあ。無関心ではおれん」
父が言った。
「税金ねえ・・・」
あ、そうだ。皇族の話とか、小説にしたら面白そうかもな。誰も触れちゃいけないタブーみたいなところに切り込んでいく感じがさ。そしたら、ヒロインはお姫様扱いされてる天皇の娘さんで、やがて好きな男と出会って―――
・・・って、また小説のことを考えてしまった。俺が書くわけでもないのに。
忘れろ、忘れろ。
それからというもの、卒論を書きつつ、たまにボードゲームサークルで遊んだり、今北や金田たちと飲み会とかカラオケに行ったり、適当に買った小説を読んだりしていた。うちにはDSがあるからゲームもたまに遊んだ。短期のアルバイトもした。その金で青春18きっぷを使った日帰り旅行も行った。
そこそこ忙しくて、でも暇もある。安い娯楽も色々と遊んでいる。
『充実した毎日だねえ。最後の大学生活、楽しんでていいねえ』
だけど、そう言われるたびに、心の隅のどこかで違和感が芽生える。どうしてだろう。そうだよ、大学生らしいこと、いっぱいやってるじゃん。小説を書くばっかりの毎日ではできなかったこともやってるじゃん。
だったら、何で。
何でこんなに、冷めてしまっているのだろう。
携帯電話が鳴った。
『本多さん、来週の土曜日の10時からって空いてますか?』
島本君からLINEが来ていた。予定表を見るとその時間は空いていた。たぶん独創書荘の活動があるのだろう。最近グループLINEを見ていなかったのでよく分からないのだが。
まあ、もうあと5か月くらいで卒業だし。全然顔を見せないのも後輩にとって良くないかもしれない。そうだ、もう今更、独創書荘に行くことを嫌がる理由はないんだ。
『空いてるよ』
自分のメッセージであることを示す、緑色の吹き出しが画面に張り付いた。




