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第19筆 良い小説

 「私、前に、良い小説と悪くない小説は違うって言ったよね」

 彩菜ちゃんは静かに語りだした。

 「私が思う『良い小説』っていうのはね、生きている物語なの」

 「生きている、物語」

 俺は彼女の言葉を繰り返した。

 「まるで言葉の一つ一つに花が咲いているみたいに、生き生きした物語。言の葉に、花が咲いているような物語」

 あれ、ちょっと待てよ。その言葉、どこかで・・・

 「彩菜ちゃん」

 「うん」

 「その言葉、誰から聞いたの」

 彼女は少し吃驚(びっくり)した顔をした。

 「お母さんだけど」

 ああ、そうか。

 『言葉くんの小説は、まるで花が咲いているみたいだね』

 そうだった。思い出してきた――――

 「もしかして、彩菜ちゃんのお母さんってさ・・・『武田彩香』って名前でさ、小学校の先生やってなかった?」

 「えっ、そうだけど。知ってるの?」

 「俺が修学館小学校3年生だった時の、担任だったんだ。もしかして、俺ら、小学校一緒じゃないか?」

 「そうだと思う。でも、クラス一緒だったことはないよね」

 クラスが一緒だったら覚えているはずだから、一緒じゃなかったのだろうと思う。小学校でクラスの違う奴なんて、全く接点がないから、全然知らなかったとしてもおかしくはない。ましてや異性ならなおさらだ。彩菜ちゃんは小学校を卒業してから、地元の公立とは別の中学・高校に行ったのかもしれない。

 だが、お互い地元が同じで、実家から近い大学に通うなら、そこで会うこともありえないことではない。

 「そうか、先生の娘さんだったのか」

 「奇遇だね」

 なるほどな。武田先生から『良い小説』のイメージを教わっていたからこそ、彩菜ちゃんのアドバイスはやけに厳しかったわけか。

 「本多君も、お母さんに言われたことがあったんだね」

 すっかり忘れていた。俺にも、そんな風に自分の描いた物語を褒められたことがあったのだ。そうだ、それがきっかけで俺は、自分の書いた小説をもっと色々な人に読んでほしいと思って、プロの作家になろうと思ったのだ。

 「子どもの頃の話だけどね。今の今まで忘れてたし」

 「でも、当時の本多君が書いた作品には、花が咲いていたんでしょ。だったら、今もきっと書けるよ」

 「そうかな。そうだといいね」

 それはまだ純真無垢だった頃の自分にしか持てないような、特別なものだったのかもしれない。二十歳過ぎたらただの人と言うし。今の俺に、『生きている』作品が書けるのだろうか。

 「私から言いたいことはこれくらいかな。ざっくりしてて申し訳ないけど。ただ、ありふれたとはいっても、本多君の言った通り、売れる原因を抽象的に『要素』として捉える見方は、一理あるとは思う。あるいは、そういう要素の詰まった、『ありふれた作品』が好きっていう人もいるとは思う。私は違うけど。だから、あえてありふれた路線を狙うのも、戦略としてはありうるのかもしれない。本当にオリジナリティのある人以外は、みんなどこか誰かの模倣だと思うし。だから、さっきは本多君のやり方を否定するような言い方をして、言い過ぎたと思う。ごめん」

 「俺こそ、でかい声で(わめ)いてごめんね。色々アドバイスしてくれてありがとう。こういうのは、読者の本音を聞かないと、意味がないから、むしろ刺さることを言ってくれた方が勉強になると思う。だから、ありがとう」

 「そう言ってくれてよかった。また小説書いたら見せてね。私で良ければ、いつでもアドバイスするから」

 「頼む」

 「ところで、本多君はペンネーム、どうするの?」

 「自分じゃいい名前思いつかないし、本名でいいかなって。『小説家になろう』でも本名で投稿してるしね」

 「うーん。今時個人情報一つからその人のプライベートがかなり暴かれる時代だから、本名はちょっと危険だと思う。ペンネームにしなよ」

 「そういうもんなのか」

 俺と彩菜ちゃんはソファから立ち上がって、正門近くの駐輪場に行くまでにそんな話をした。そして、正門を出たところで手を振って別れた。俺とは家が反対方向のようだ。

 

 家に帰ると、俺は自分の部屋に入り、ある物を探した。そのある物とは、彩菜ちゃんのお母さん、つまり小学生の時の俺の担任である武田先生が褒めてくれた、俺の初作品である。

 「確か、このあたりに・・・」

 部屋の隅には段ボールを3段ほど積み上げており、その中に幼少期からの思い出の品を古い順に入れている。つまり、一番下にある段ボールの中身が最も古いので、その上に乗っている段ボールをどかさなければならないのだ。

 と、段ボールの横の勉強机の上に置いていたはずの、賞に落選した小説群が見当たらないことに気づいた。小説家になろうに投稿する作品を選ぶために出してそのままにしていたはずだが、俺はどこかに仕舞っただろうか?

 ただ、落選した小説はもう一度印刷すれば済む話なので、特に気には留めなかった。意識はすぐに段ボールをどけることに向いていた。両手でようやく持ち上げられるほどに重くなった、書類等がぎっしり入っていた段ボールを2つどかし、どうにか一番下の段ボールの(ふた)を開けることができた。その中身を全部取り出して片っ端からチェックしていくと、しわしわになった何枚かの原稿用紙が見つかった。

 そこにはこう書いてあった。


 「3年1組 本多言葉 

               ぼくとねこと海」


 俺は原稿用紙のマス目からはみ出した自分の字に少し脱力しながら、かつて自分の描いた物語を読み返し始めた。

 

 

 

 

 

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