第17筆 初詣
タイトルは寝るまでの間ずっと考えていたが結局しっくりくるものがなく、月曜日の間には決まらなかった。そして、今年の授業最終日である火曜日が今日になった。
今日は3限で終わったため、授業後カフェテリアに併設されているベーカリーで、学生に一番人気のパンであるクイニーアマンを買って、茶色の木造の椅子に座った。そして、食べながらタイトルの案を書いたメモを見ていた。ちなみに、こんな感じの案だ。
タイトル案
・必ず助けるから
・病の治療法
・その手で治せ
うーん。どれもいまいちパッとしない。キャッチ―で覚えやすいのがいいよな。待てよ・・・この話は主人公が妹を治療することを目的として、さらに敵と戦うことになるから、「ヒーロー」でもあるのか。つまり、主人公は「ヒーロー」にして「ヒーラー」なわけだ。
はっ・・・!
「Heal-ro」でどうだ。「ヒーラー」と「ヒーロー」をかけて。
これだ。これにしよう。
よし、決まった。悪くないんじゃないか。
俺は一息つき、自分へのご褒美にもう一つ、チョココルネを買った。
学校で少しゆっくりしてから家に帰り、早速小説を投稿した。冬休みに入って時間ができるから、毎日投稿しよう。俺は第2話を書き始めた。
そうして小説を書いては投稿するという日々が過ぎ、あっという間に大晦日が来た。
「年末感ないわー」
「お前、毎年それ言ってんな」
俺が呟くと、弟にそう指摘された。確かに毎年言ってる気がする。改めて考えてみると、年末感とは何だろうか?
「さあ、そばできたよ」
母が茹で上がったそばを器に注ぎながら言う。俺は器を持って行って食べ始めつつ、始まったばかりの紅白歌合戦を見ていた。うちは毎年紅白歌合戦を見ているが、そろそろガキ使を見ても良いような気がしている。ちなみに今年は、インターネットでブレイクしてまだ1年しか経っていない上にCDをまだ出していないにもかかわらず、爆発的に人気の出た夜遊び系バンドが初出場するらしい。
そばを順番に食べ終わった俺達は、興味のない歌手の出番時にトイレと居間の間を往復しつつ、紅白歌合戦を流し見していた。ちなみに前述の新参者夜遊び系バンドは思ったより良かった。小説を音楽にするのがテーマのバンドらしいので、元の小説を読むのも勉強になるかもしれない。最近はネット発が若者のトレンドなのだろう。小説家になろうからも書籍化した本がいっぱいあるし、音楽の世界ではボカロPだってどんどんプロデビューしていっている。素人とプロの境界線は、もしかしたら少しずつ曖昧になっていっているのかもしれない。
騒々しい会場の雰囲気が画面越しにまで伝わってくる紅白歌合戦がやっと終わり、「ゆく年くる年」に画面が切り替わった。ただ、俺はあまり夜は得意ではないのでもう寝ることにした。
「おやすみ」
俺は家族に挨拶した。
「おやすみ」
「あけましておめでとうございます」
俺は顔を洗うと、家族に挨拶した。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
両親と頭を下げ合う。少し遅れて起きてきた弟とも一応新年の挨拶をし、遅めの朝食をとることとなった。そして、雑煮と、母が作ったおせちが食卓に並んだ。おせちには数の子や蒲鉾、黒豆や栗きんとんなどが入っていた。
朝食を食べ終わると俺達は家族で近所の神社に初詣に出かけ、その後弟は予備校に向かい、俺と両親は家に帰った。俺はすぐに小説の続きを書いて投稿した。その夜は「芸能人格付けチェック」という番組を見て寝た。
そうしてしばらく小説を書くか散歩するかテレビを見るかしかしないような、インドア中心の生活が続いた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。島本君、企画ありがとう」
頭を下げる島本君に対し、俺は挨拶を返しつつ彼に感謝した。今日は独創書荘のみんなで初詣に行く日なので、指定された大学近くの神社に集合した。まだ集合時刻の5分前なので、全員は集まっていない。現在来ているメンバーは、俺、彩菜ちゃん、島本君、浅野先輩、美幸ちゃん、理沙ちゃんだった。美幸ちゃんと理沙ちゃんは去年は入ってくれた1年生である。
「美幸ちゃん、理沙ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
彼女達は静かに挨拶を返した。
「1年経って、文芸サークルはどう?」
「雰囲気良くて好きです」
美幸ちゃんはそう答えた。
「女の人が多くて安心です」
理沙ちゃんはそう答えた。
「間違いないね。俺もウェイとかチャラい奴は嫌いだから、よくわかる」
「本多先輩は確かにそういう人と合わなさそうですよね」
「うん」
俺は後輩からどう見られているのだろうか。嫌われてはいないと思うが。
「頑張って後輩入れようね」
「はい!」
二人はしっかりと答えてくれた。
「あと誰が来るん?」
浅野先輩が島本君に尋ねた。
「あとは、赤川と村田ですね」
赤川君は島本君と同学年、つまり俺の一つ下だ。そして村田というのは、1年生の子だ。ちなみに俺はその村田を紗耶香ちゃんと呼んでいる。
「すみません、ギリギリになって!」
噂をすれば二人が来たようだ。一緒に来たようだが、付き合っているのかどうかは知らない。
「いやいや、全然大丈夫。それじゃ、行きましょうか」
全員揃ったところで、俺達は境内へと足を進めた。正月の3が日を過ぎたからか、混んではいなかった。一人ずつ賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二拝二拍手一拝をした。
作家デビューできますように。
俺は最後の一拝で、そう願った。
「本多君、もしかしてプロの作家になれますようにってお願いした?」
彩菜ちゃんが微笑を湛えながら訊いてきた。
「うん」
「じゃあ、せっかくだから、あれはどう?」
彩菜ちゃんが指を指した先には、絵馬が紐で棒から吊るしてあった。なるほどな。
「そうだね。買おうかな」
「私も買おー」
俺は「プロの作家になれますように。デビューできますように」と書いて吊るした。
「彩菜ちゃんはなんて書いたの?」
「へへっ、こんな感じ」
そう言って彼女が見せてくれた絵馬には、「出版社に就職できますように」と書かれていた。そうか、それが夢だったのか。
「編集者になりたいんだ」
「うーん、まあ、できればね」
「お互い頑張ろう」
「うん!」
彼女は元気に答えた。
「彩菜ちゃん」
「ん?」
「俺、実は今、小説家になろうっていうサイトで小説を投稿してるんだ。良かったら、読んで講評してくれないか」
「良いよ」
「じゃあ、後でURL送るわ」
「分かった」
「ありがとう」
自分の作品を講評してくれる人がいるというのはありがたいことだと思う。俺は早速、第12話まで連載している「Heal-ro」のURLを彩菜ちゃんにLINEで送った。
そして2日経ち、学校が始まった。5限を終えて何の気なしにスマートフォンを見ると、彩菜ちゃんからメッセージが来ていた。
『小説、読んだよ!』
確認すると、彩菜ちゃんはそうメッセージを送っていた。
マジで?読むの早いな!
俺はどきどきしながら、『講評お願いします』と送った。
うわーどきどきする。『釈迦の流儀』も読んでもらってるから、あっちと比べてどうなんだろうなあ。
俺は落ち着かない気持ちで自転車のペダルを漕ぎ、そわそわしながら家に帰った。