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第15筆 「売れる」の条件 その2

 俺は本屋の中に入り、ある本を探した。そう、「小説家になろう」から大ヒットした『君の心臓を食べたい』という小説である。文庫本コーナーに作家名順で作品が並んでいるので、さ行の作者から小説を探してみる。目線を横にスライドしてみると、すぐに見つかった。取り出して見ると、帯が巻かれていた。

 全体的に桜色のイラストで描かれた表紙の下には『久しぶりに本当に泣きました』という、この小説の実写映画で重要な役を務めた俳優のコメントが書かれていた。その下には『映画化!累計200万部突破!』というピンク色の文字が、美男美女の俳優陣の写真とともに添えられていた。帯の裏、つまり背表紙側を見てみると、『読後、きっとこのタイトルに号泣する――賞賛の声、続々!』という文字の下に、読者のコメントがいくつか載っていた。

 これが「青春小説の金字塔」と呼ばれるかの有名な小説か。ヒットしたのは少し前ではあるが、コミカライズも、アニメ映画化も、実写映画化もされたすごい作品である。一体この作品一つでどれほどの金が動いたのやら。

 「ふう・・・」

 俺は思わずため息をついた。アニメ映画がつい2か月ほど前に地上波で放送されていたのでそれを見たことはあったが、原作を読んだことはない。絶賛されている作品を読むのが怖かったのだと思う。しかし今は売れる作品とは如何なるものかを勉強しなければならないので、あえて読む。

 というわけで、レジに小説を持っていき、お金を払って鞄の中に入れた。ちなみにマイバッグを持ってきているのでプラスチックの袋は受け取らなかった。少し良いことをした気分になったので、意識高い系大学生を気取ってみた。

 俺は自転車を漕いで家に帰った。日が暮れ始めていた。

  

 家に帰るとすぐに風呂を入れて一番風呂に入り、出てすぐに『君の心臓を食べたい』を読み始めた。アニメ版を見たから話の筋はある程度知っているものの、原作を読むとまた違った印象を受けた。それに、やはり文字による文章を通すことで新たな発見もあった。

 1時間ほど読んだところで親に晩御飯に呼ばれ、食べて歯を磨くとまたすぐに続きを読み始めた。

 「それ、面白い?」

 母が訊いてきた。

 「まあ・・・まあまあ」

 「読み終わったら後で貸して。読むわ」

 「はーい」

 俺は返事しつつ小説を読み進めた。2時間半ほど読んで、最後まで到達した。小説を閉じて机の上に置き、立ち上がって伸びをした。時計は夜の11時20分を指していた。

 「うあぁー」

 肩甲骨を思いきり伸ばしてみると、思わず呻き声が出た。普段使わない筋肉もたまには使っておいた方がいいかもしれない。そういえば、最近運動してないな。

 「さて、考えてみるか」

 俺は適当な裏紙にシャーペンを走らせた。読んでて気づいたことをメモしてみる。


 〇『君の心臓を食べたい』の魅力

  ・タイトルがキャッチー

  ・そのタイトルから想像しうる話を良い意味で裏切る暖かなヒューマンドラマ

  ・冷めた主人公→現代の若者が共感しやすい(たぶん)

  ・ヒロインがかわいい(たぶん美少女)

  ・主人公とヒロインとの微笑ましいやり取り

  ・深い心理描写

  ・変わっていく二人

  ・難しい日本語が使われておらず、誰でも読みやすい。若者にもぴったり!(たぶん)

  ・掴みが上手い


 まあ、こんなもんか。それにしても「たぶん」ばっかりだけど。

 そうだなあ。タイトルは大事だよなあ。本屋の棚から見えるのは、平積みの本を除けば基本的には背表紙しか見えない。だからタイトルで「お?なんだこれは?」と思わせる必要があるのだ。当たり前の話ではあるが再確認しておく。ただ、『鬼殺しの刀』はそれほど変わったタイトルとは思わないから、当然「タイトル=売れる要素」とは限らないが。

 あとは、掴みが上手いと思った。最初にヒロインの葬式のシーンが出てくるのは衝撃的だろうと思う。

 売れている作品はもちろん他にもいっぱいあるが、すべて読んでいたらキリがないので、とりあえず分析はこれくらいにして、話作りに移ろう。今日はもう遅いので、布団を敷いて寝た。


 「おはよう」

 珍しく弟が俺より先に起きて洗面所で手を洗っていたので、挨拶した。

 「うぁん」

 弟は「うん」と「おん」と「あん」の間のような、うまく日本語で言い表せない言葉で挨拶を返してきた。たぶん挨拶だと思う。

 俺が顔を洗ってタオルで拭いていると、

 「なあ、言葉」

 弟が声を掛けてきた。

 「あん?」 

 俺はぞんざいに答えた。

 「お前、作家になんの?」

 「・・・そのつもりだけど」

 「マジ?」

 弟は眉根を寄せた。

 「何だよ」 

 「いや、お前がかあ、って思って」

 「は?」

 何となく苛ついてきた。

 「馬鹿にしてんのか」

 「別にそんなこと言ってないし」

 「じゃあ何なんだよ」

 「うるせえな。聞いただけだろ。いちいち怒ってんじゃねえよ」

 「腹立つわ、お前」

 弟とは二つ歳が離れている。つまり弟は今年大学1年生・・・ではなく、浪人生である。こいつの学費のせいもあって、父さんは俺に、結果を出せなければ作家になるのを諦めることを約束させたのだ。

 弟とは普段それほど喋らない。生活時間帯が微妙に異なるし、弟も受験生ということでピリピリしているから、最近は互いに険悪である。お前なんか世間から見たら穀潰しだからな?あんまりでかい顔できる立場じゃないからな?

 いや、俺も似たようなもんか?大学に入ってある程度勉強はしてるし単位も問題ないけど、いつ芽が出るか分からないような夢を追ってばかりの日々を過ごしてる。キャリア形成とかインターンシップとか、周りはどんどん就活やら社会への意識が高まっているのに、俺は取り残されている。あえて取り残されているとも言えるが、デビューできていない以上俺は素人なので、大口は叩けない。

 モラトリアム野郎だな、本当に。

 程なくして俺は家族と一緒に朝ご飯を食べた。


 唐突に思いついた。

 兄弟の話を書こう。

 弟と話したことで、何となくそう思った。


 俺は朝ご飯を食べて歯を磨いて戸を開けて、寒空の下で自転車を漕ぎ、学校に向かった。

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