第14筆 「売れる」の条件 その1
昨日は午後中外に出て疲れていたので、さっさと風呂に入って眠ったが、そのせいか今日はいつもより早く目が覚めた。何をしようか迷ったが、昨日の人間観察と面白い作品についての意見のメモをとりあえず見直して、どういう話を書くか考えることにした。
メモには『キャラクターを好きになれる』『夢中になれる』『一人一人の言葉が胸に響く』といったようなことが書かれていた。言うのは簡単だが、実際に書いてみると、自分の作品でそれができているのかは自分では全然分からない。できていたら今頃デビューできているはずだから、たぶんできていない。
確かに、昨日話してメモしたことは大事なことには違いないが、あくまで一般論だったので、それをどういう風に活かしていけばいいのかはよく分からない。つまりどんな作品が良い作品なのかを、具体的にイメージできないといけないのだ。
そのためには、お手本が必要だ。
そう、今売れている人気作をチェックして、それがなぜ売れているのかを探る。そして、そこで見つけた物語の魅力を盗み、自分の作品に落とし込む。要は売れる要素が分かれば、それだけ多くの読者を惹きつける可能性があり、書籍化のチャンスがあるということだ。
とりあえず、自分が書きたいものを書くという考えは、一旦捨てよう。それを積み重ねてきた末の現状が、デビューできていない今の俺なのだから。書きたいものを書くのは、誰でもできる。でも、それでプロになれたら苦労しない。
プライドは、捨てるんだ。
日曜日だから今日は一日中自由に使える。というわけで、早速ネットカフェに行って、今年大ヒットした今を時めく超人気漫画、『鬼殺しの刀』という漫画を読むことにした。なんとその漫画の映画版は日本映画史上歴代1位の興行収入を叩き出し、新聞にもその特集記事がちょくちょく載るようにまでなってしまった。今やコンビニ等至る所でコラボグッズまで発売されている。アニメは偶然少しだけ見たことがあるが、原作を読んだことはなかったので、小説ではないにしろ、一回きちんと人気の秘訣を探ることは、話を書くうえで勉強になると思う。
とりあえず2巻まで読んだところで休憩し、ドリンクバーでカルピスを汲みに行った。ここまでで分かったことは、絵がとても綺麗で魅力的な絵ということと、主人公がイケメンということ、ヒロインが可愛らしいということ、それからモノローグが多く、また設定もあまり複雑でなく、展開も主人公たちが鬼を倒しに行くというバトル漫画の王道であるため、誰でも理解しやすくなっている作りだということが分かった。ここまででも十分色々なことが分かった。俺もそうだが、最初の1~2話が読者の心を掴む上で最も重要であるため、一番チェックすべき部分はチェックしたと思う。ただ流石に人気作と言われるだけのことはあるので、純粋に一読者としてもある程度は楽しめ、その結果、4巻くらいまで読んでみた。3巻からは金髪の新キャラが出てくるのだが、こいつは面白かった。主人公が強いハートの持ち主ならば、彼はガラスのハートの持ち主で、作中でよく叫んでいた。
4巻まで読み終わったところで棚に漫画を返しに行き、簡単なメモをした。すなわち、売れる作品の魅力として、
・ヒロインが可愛い(例 猿轡系ヒロイン)
・展開が分かりやすい→万人受けに繋がる
・主人公がイケメン(顔も中身も)→女性読者に受ける(たぶん)
・絵が綺麗→俺には無理
・敵である鬼についてもしっかりと背景が描かれる→単純な悪役という印象で終わらず、読者に好きなキャラとして存在を残せる
・美少年・少女ばっかり→推しやすい
・下ネタがない→誰でも読みやすい。特に女性読者が離れていきにくい。
こういう感じのことが作品の中から読み取れたのでメモした。続いて俺は、近頃話題になったラブコメをいくつか本棚から持ってきた。小説家になろう(というか一般に)では「恋愛」というジャンルが人気のようだからである。
一通り何巻か読んでみた。もちろん中には読んだことがあるものもある。ヒットするだけあって面白い作品もあるが、なぜこれが売れるのかわからないという作品もいくつかあった。ヒロインはかわいいかもしれないけど話は大したことがないもの、女性キャラの胸は大きいしサービスシーンもあるがそれしかないものとか。主人公が特に努力せずにハーレム状態になるものとか。あるいはただ二人がいちゃついているだけで内容が薄いものとか。ピンからキリまであった。
うーん・・・
面白くない(あくまで俺の主観だが)作品が売れる理由か。気になって備え付けのパソコンで作品の評判を調べてみた。すると、各キャラの魅力が紹介されているサイトがいくつか見つかり、そこに読者のコメントが書き込まれていたからである。「○○かわいい」とか「○○推し」とか。
待てよ、もしかして。俺は先ほど読んだ『鬼殺しの刀』について「人気キャラクター」と検索してみた。一番上に出てきたサイトをクリックすると、人気ランキング20位から1位までのキャラクターが紹介され、それぞれについて読者のコメントがついていた。そこには、「○○かわいい」とか「○○大好き」「ギャップ最高」などの文字が並んでいた。
そうか、そういうことか!
俺は先ほどのメモをまじまじと見た。そしてその中のこの部分に注目した。
「推しやすい」
そう、これが特に大事なのだ。「推しのキャラを作れる」ということが。そうだとすると、先ほど読んだ、なぜ売れるのかがよく分からない作品が売れる理由が、今はっきりと分かった。
「ヒロインがかわいいしか魅力がない」?違う、そうじゃなかった。「ヒロインがかわいい」でさえあればいい、だったのだ。
仮説を確かめるため、あえて普段は読まない少女漫画も、棚から持ってきて読んでみた。そうすると、イケメンばっかり出てくる作品がかなり多く、もちろん話が面白いのもあるが、パクリと呼ばれてもおかしくないほど似たような展開の漫画もあった。しかしそういうのが人気があるとすれば、同じ理由だろう。
これらの話に共通するのは、「尊い」とか「○○推し」とかそういう感想が持てるようなものであること、ということだった。極端な話をすれば、キャラクターが読者にとって魅力的に映れば、話の中身もストーリーの展開もどうでもいいのだ。少なくともそう思う人は必ずいる。要は「推し」を作れるかどうか、それが最も重要なことなんだ。
ちょっと待てよ。だとしたらもうこれは、創作活動というよりも、「自分で作ったアイドルのプロデュース」に極めて近いのではないだろうか。話の中身で勝負しなくても人気が出るのだとすれば、そういうことになる。
じゃあどうしよう。
ヒロイン全員巨乳のハーレム系の話とか、色々なタイプの二次元女子を混ぜたラブコメを、俺も作る方が良いのだろうか?そうすれば男性読者からも受けは狙えるかもしれない。
ううん・・・でも、文芸サークルの女性陣を知っている俺からすると、それはちょっとやりたくない。少なくとも彼女達を性の対象として見ることはできないし。じゃあ腐女子向けのBLを作るか?でもたぶんそれも無理だ。だったら『鬼殺しの刀』を見習って、それぞれキャラを立たせるようにするか?
キャラクターの魅力、か。難しいな。
俺は悩みながら、ネットカフェの料金清算をし、外に駐輪した自転車に乗って、次なる目的地である本屋に向かった。