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第12筆 人間観察

 12月ももう終わりが近付いてきて、街にはいよいよ今年の総決算に向けて過ごそうという年末ムードが漂っていた。友達が指定したのは大学のすぐ近くにあるカラオケボックスで、昼ご飯を各自食べてから、13時に店の前で集合することになった。年末のカラオケボックスは混むが、友達が予約してくれていたので、スムーズに入ることができた。13時から18時までのフリータイムで歌い、そこからカラオケを出て3人で飲みに行くという流れである。

 「お待たせー」

 予約してくれていた友達が12時58分に店に着いた。俺ともう一人の友達である金田は既に1分ほど前に着いていたので、結果的に彼、今北が最後になった。

 「遅れてないよな?」

 彼は自分が最後だったことを気にしているようだ。走ってきたらしく、少し息が上がっている。なるほど、今北は『約束はちゃんと守ろうとするタイプ』の人間だ。ある程度の誠実さを持っている。もちろん、友達だから彼の性格についてはある程度既に知ってはいたが、物語の登場人物のキャラクター性を基礎づけるために、あえて『リアルキャラ分析』と題した手帳にメモしておいた。

 「いや、俺らも今来たとこだから」

 「良かったー」

 そう言いながら今北は受付にいる店員の前に進み、声をかけた。

 「すみません、予約してた今北ですけど・・・」

 「はい、今北様ですね。お手数ですが、学生証のご提示をお願いします」

 「はい。あ、お前ら学生証店員さんに見せて」

 「うん」

 俺は学生証を財布から取り出して店員に見せた。学生料金で予約しているため、証明が必要なのである。

 「はい、確かにご確認いたしました。それではお席、こちらになります」

 そう言って店員はルームナンバーが書かれたレシートをバインダーに挟んで今北に渡した。

 「32番だって」

 「おう。ありがと」

 「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 店員が声をかける。俺達は飲み物を各々コップに注いでから、指定の32番へ向かった。俺はウーロン茶、今北はメロンソーダ、金田は水を入れていた。

 「誰から歌う?」

 「今北からどうぞ」

 「あ、ほんと?じゃあ、行かせてもらうわ」

 今北が曲を入れる機械を操作する。

 「おし、これにしよう」

 画面には俺でも知っている程度の有名なバンドの名前が映っている。もっとも俺はたまたま見たことのあるアニメの主題歌しかこのバンドの曲を知らないが。

 「あー、これ好き」

 金田が画面に映ったバンドと曲名を見て感想を漏らす。この曲は知らないが、ファンの間では人気なのだろう。程なくして、疾走感のある前奏が室内に流れた。そして20秒ほどして歌詞のテロップが出て、今北が歌い始めた。彼は別に上手いわけではないが下手というほどでもない。知らない曲だから音程も知らないが、たぶん音程を大きく外してはいないだろうと思う。俺は黙って画面と今北を交互に見ていた。画面には曲とどのような関係にあるのか不明な、意味ありげに暗い雰囲気の映像が流れていた。

 考えてみれば、音楽も小説と同じように、表現の一部なんだよな。歌詞次第で、人の心への響き方が変わる。歌手や音楽家も常に、それを聞く側の批判にさらされているのだと思う。俺は音楽はあまり得意ではないし人並程度の興味しかないが、この時ばかりはアーティストと呼ばれる人々に共感できた気がした。

 「いやあ、やっぱ楽しいわ」

 今北が歌い終わって、あとは楽器の演奏部分が少し流れて曲が終わり、室内が急に静かになった。

 「じゃあ次、俺」

 金田が前に出てマイクを今北から受け取った。彼が入れたのは、カラオケランキングでも常に上位に来ているアニソンだった。このアニメはかなり古いはずだが、最終回の内容が謎すぎて、その謎を解明しようとするがごとく今なおアニメ映画が作られ続けているという伝説の作品だった。実際俺もアニメをビデオ屋から借りてきて家族で見たことがあるが、最終回について家族で考察したほど、なんでこうなったのかよく分からなかった。

 だからこの曲は俺でもよく知っていた。そのため、さっきの今北が選んだ曲よりも馴染みを持って聞くことができた。金田は高音が出ないし、ぶっちゃけ下手だった。俺も人のことは言えないが。カラオケの画面は、アニメが優遇されているせいか全部がアニメ本編の映像だった。

 「ふう、歌った歌った」

 金田がマイクを置いて、水を飲んだ。

 「じゃあ次は本多・・・あれ?曲入れてないの?」

 「あ、うん」

 「なんで?いつも普通に歌ってるじゃん」

 「えっと・・・ちょっと二人に聞きたいことがあって」

 「何?」

 二人が俺の目を覗き込む。

 「なんでお前らは今、その曲を選んだのか聞きたくて」

 「・・・なんで?」

 なんでそういうことを聞かれるのかわからないという顔だった。そりゃそうだろうな。普通はそんなこと聞かないし。納得してもらうために正直に話すことにした。

 「いや、えっとな。実は俺、小説を書いてるんだよ。でも、文芸サークルの奴に、人間が描けてないって言われて・・・そんで、人間観察しようと思ってるんだ」

 「え、マジで!?小説書いてたん?」

 今北がびっくりした顔で言う。

 「すげえやん」

 金田が口を縦に開けて顎を少し上げた。

 「あ、それでなんでその曲選んだか聞いたのか」

 「そうそう。人の思考回路を分析しようと思って。例えば音楽の趣味からでも、どうしてそういう曲が好きなのかとか、好きになったきっかけとか、曲のどの部分に魅力を感じるのかっていうことが分かれば、その人の人間性がある程度分かるかも、って思って」

 「あーなるほどな」

 二人は頷く。

 「今北、どう?」

 「うーん・・・そうだな。あんま考えたことないけど。でもなんか、良いな!って感じかな。言葉でどこがどう好きか説明しろって言われると・・・うーん、難しいわ」

 「いや、大丈夫。ありがとう」

 今北は表現から直感的に何かを感じ取る人間のようだ。理屈でものを考えるのは得意ではないということなのか。いや、すべてについてそうとは限らない。とりあえず、『直感的人間』というキャラクター性をメモしておいた。

 「じゃあ、金田は?」

 「うーん。一つは有名だから」

 「有名だから、とは?」

 「誰もが知ってるような有名な曲だったら、あんま引かれなくて済むじゃん。もちろんこの曲も好きだけど、一発目からいきなりオタクが好きそうな曲とか歌ったらドン引きされるかもしんないし。だからまあまずは無難なとこ選んどこうかなー、みたいな」

 「なるほど・・・」

 金田は結構場の空気を考えるタイプらしい。確かに、知らない曲ばかりが流れると楽しめないっていうのはあるかもしれない。そういうところに頭が回るんだな。俺は『空気読める系人間』とメモしておいた。

 「これでいいの?」

 今北が聞く。

 「うん、ありがとう」

 俺は二人に礼を言った。その後俺は昔から推しているボカロPでこないだメジャーデビューした人の楽曲を入れて歌った。ボカロ曲は全体的に高音のオンパレードなので、もちろん1オクターブ下げないと歌えないのだが。

 その後も今北、金田、俺の順で歌い、途中に休憩を挟みながらも歌い続けた。終了時刻にはもうみんな疲れていた。

 カラオケを出た後、俺と金田は今北の案内で、彼が予約してくれていた店に3人で向かった。カラオケの二軒隣にある店だ。

 「いつから小説書いてんの?」

 「応募し始めたのは、大学1年生の時から」

 「マジ?やば。すげえ」

 今北が拍手する。俺は思わず苦笑いする。

 「てかもっと早く言えよ。言ってくれたら読んだのに」

 金田が若干詰め寄る。

 「恥ずかしかったんだよ」

 「ふーむ」

 「そうだ、二人に聞きたいことがあるんだ」

 「また?まあいいけど」

 せっかく会えた普通の読者に聞きたいと思っていたことを、俺はこの二人に聞こうと思った。

 「面白い作品って、なんだと思う?」


 

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