第1筆 何がダメなんだろう
そろそろ返ってくるころかな―――――
そう思いながら、俺は玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
「ああ、おかえり」
俺は荷物を置き、手洗い場に向かった。
「あ、そうだ。これ、届いてたよ」
そう言いながら、母さんが俺に封筒を差し出してきた。
「これは・・・」
「あんたが出してた小説の応募会社からでしょ」
封筒の表には「文文社」と書いてある。間違いなく俺が応募した小説の選考結果についての返信だ。ついに返ってきたか。
俺は深呼吸をして、心の準備を整えてから封筒を開けた。紙を取り出して見てみると、「第25回 文文社大賞の選考結果について」と、上の方に書いてある。その下に書いてあることが大事なので、そこに視線を動かしてみた。
『この度は文文社大賞に作品をご応募いただき、誠にありがとうございました。今回お預かりした作品につきまして、当運営委員会にて慎重かつ丁重に拝読いたしました。厳正なる審査の結果、この度は残念ながら選外となりましたことをご報告申し上げます。』
読んで、俺は天井を仰いだ。
「ふーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・」
そして、目を閉じて長めに息を吐いた。
ダメだった。
でも何となく、こうなる予感はしていたのだ。2度あることは3度ある。つまり何度応募しようが、落ちる人はとことん落ちるのだ。俺は既に、他社の応募で5回も落ちたのだから、今回6度目の応募で落ちることは十分にあり得た。
やっぱ、甘くねえよなあ―――――――
「じゃ、ご飯にしよっか」
俺が封筒の内容を確認したのを見計らって、母さんが家族を呼んだ。
「小説の結果、返ってきたんだって?」
父さんが訊いてきた。
「あー・・・」
俺は答えにならない答えを発した。
「どうだった?」
「落ちた」
「そうか。まあ、そうだろうな」
『まあ、そうだろうな』って、あんたさ―――――いや、そりゃそうなんだけれども、ちょっとくらいは期待したっていいんじゃないの?
「お前も来年は4年生だろう。そろそろ就活を始めないといけないんじゃないか」
父さんが米粒を口に運びながら言った。
「分かってるよ」
俺は少し苛ついて言い返した。自分で理解していることを人から言われるのは腹立たしい。しかし、作家になりたいという思いを捨てきれないのも事実だし、周りが就活を始めだしているのに俺はまだ決心がつかなくて、就活に取り掛かれていないのもまた事実だ。父さんから見れば俺は中途半端な態度を取っているように見えたのだと思う。
落ちる悔しさに少しずつ慣れてきたせいか、そこまで落ち込むことはなかった。だがそれは同時に、危険なことのような気がしていた。
「部誌の締め切り、明日だからね!それまでに書き上げてね!」
我が文芸サークル『独創書荘』部長の武田彩菜が部室(BOXという)で部員に締め切りのリマインドをした。彼女の言う部誌というのは、今月末に大学の文化祭で出す冊子のことで、有志が創作小説をそこに寄稿するのである。そして俺もその参加者の一人だった。
「本多君は書けた?」
「話自体はもう出来てて、今は誤字とかないか最終チェック中」
「じゃ、今日中に提出できそうだね」
「まあ、あと30分後くらいには」
「いやあ、本多君はいつもちゃんと締め切り守ってくれるから、安心できるわあ」
「ははっ、ありがと」
「そういえば、こないだなんか小説の賞に応募したとか言ってなかった?」
部長が訊いてきた。
「したよ。んで、昨日結果が返ってきたとこ」
「どうだった?」
俺は首を横に振った。
「あー、そうなんだ・・・お疲れ」
彼女の眉尻が少し下がった。
「何がダメだったんだろうね」
「分からない。俺としてはベストを尽くしたつもりだから」
選考結果のお知らせには、いわゆる『お祈り』の後に、『応募作品の書籍化をご希望の方は、作品講評をお出しすることも可能です。弊社までお気軽にご連絡・ご相談いただければと存じます。』と書いてあったのだが、自費出版は学生にはとても手が出せるような金額ではない。そのため俺はタダで彼らから講評をもらうということはできないのだと思われる。
「今度、応募したやつ見せるから、彩菜ちゃんがなんかアドバイスしてくれれば、どこがダメだったのか分かると思う」
「あー・・・私にできるかな」
「彩菜ちゃんは良い作品書けるんだから、大丈夫だよ」
「ありがと」
彼女は水を飲んで、言った。
「でも、本多君の作品だって、ダメだって思ったことはないよ」
「光栄です」
素人同士の傷の舐めあいだということは分かっている。
「ちなみに、部誌にはどんな作品を出すの?」
「読んでのお楽しみ」
「えー、気になる」
「まあ、じゃあ、そうだね。芥川龍之介の『蜘蛛の糸』ってあるでしょ?」
「うんうん」
「一言で言えば、あれの二次創作」
「ほへー」
彼女は間抜けな声を出した。まあ、『蜘蛛の糸』は大量に二次創作が出来ているから、俺がどんなものを作ったのか想像しにくかったのかもしれない。
「あの話ってさ、カンダタが糸を登ってたら、下から他の罪人達が登ってきたから、そいつらを蹴落として、蹴落としたところで糸が切れるじゃん」
「うん」
「釈迦はその後悲しそうな顔をするわけだけどさ。じゃあ、その後はどうなったんだろうね」
「うん?」
「俺はさ、人の浅ましい姿ばっか見てたら、お釈迦様でも疲れちゃうと思うんだよ。だから、カンダタが地獄に落ちた、その後釈迦はどうなったんだろうな、って思って書いたんだ」
「なるほど・・・なんか面白そうだね」
「ああ・・・あ、チェック終わったわ。これで提出させていただきます。まあ後でゆっくり読んでよ」
俺は小説を保存したワードファイルを彼女のメールアドレスに転送した。後は彼女が他の部員のと合わせてまとめて印刷し、一つの本にしてくれる。
「ん、確かに届きました。じゃあ、読ませてもらうわ」
「うん。じゃあ、俺帰るし」
「お疲れー」
「お疲れ様でしたー!」
俺がBOXを出る瞬間、後輩が挨拶をしてくれた。




