第6話 霊長の悪魔
頑張りました。感想くれたら喜びます。
森に入ると同時に箒たちが高度を落とす。『ユルグの森』は街と隣接している上にこの森を通らなければいけない場所も多いため、人の手の加えられた街道がいくつか存在する。今回、渚沙たちが移動しているのはその内の一つだ。
「今回の任務はこの街道に時折出現する樹霊系統の悪魔の討伐なんだけど、経験はある?」
「一応は」
「ならわかると思うけど、彼らの弱点は幹の中を移動している。知恵もあって、死んだふりをすることもあるから、倒したと思っても、油断しないように」
「分かりました・・・その悪魔は自ら姿を現すんですか?」
樹霊の悪魔のほとんどは、樹に擬態しており、自らの領域に踏み込んできた獲物以外には手を出さない。人が頻繁に通る上に、定期的に整備される街道に出現するとは考えづらい。
「そうらしいね。情報部の方にも確認したから間違いないよ」
「そうですか」
話しながらも周囲の警戒は怠ってはいない、つもりだった。
「ん、ストップ」
急にグウェンの乗る箒が空中で停止し、手で渚沙を制する。
そして、腰のポーチから引き抜いた銀のナイフを地面に投げつけた。すると、地面に擬態していた悪魔が腕のようにしなる木の枝でナイフを防ぎ、その体を起き上がらせる。
「っ、応戦します」
手に長刀を出現させる渚沙、しかし、グウェンは指示を出さずに立ちふさがる悪魔を見ているだけだ。
しびれを切らして渚沙が呼びかける。
「先生!」
「由川さん、待って」
なお臨戦態勢に入ろうとしないグウェンに言われて気づく。目の前の悪魔もまた、戦闘態勢に入ろうとしていない。それに、擬態している間は気づかなかったが、樹の姿をした悪魔の全身はボロボロだった。いくつもの枝は傷つき、へし折れており、本体部分となる幹はひび割れ、どす黒い血液を垂れ流している。
「・・・妙だね」
グウェンのつぶやきに内心で頷く。
街に張られた結界で弱った悪魔でも、いくつかの重要な器官を除いて、どんな傷も再生することができる。結界に近いとはいえ、その外にいる目の前の悪魔がこの程度の傷を再生できないとは思えない。
考えられる理由は二つある。
一つは既に悪魔の重要な器官がつぶされている場合、これは考えづらい。そうなった悪魔はほとんど時間をおかずに消えてしまう。
必然的に、考えられるのはもう片方の理由となる。すなわちーー
「なんだ・・・・魔法使いもいたのか」
街道の脇から一人の少年が出てくる。どこにでもいるような、十代前半の、線の細い少年だ。だが、その放つ雰囲気はどこまでも異質だった。そこにいるだけで心臓に刃を添えられているかのような、尋常ではないプレッシャー。同時に、確信する。
「悪魔・・・それも霊長系統とはね」
「そう言うお前は中々マシな魔法使いと見受ける。どれ、ちと降りてこい。見上げるのは好きでない」
「構わないよ」
グウェンが飛び降りる。渚沙が空に残ったままで許されているのは、渚沙の存在があの少年の眼中に無いからだ。人間が宙を舞う埃の一片にいちいち注意しないのと同様に。
「さて、君ほどの悪魔がどうしてここにいるのか聞いても?」
「何、そこのペットの散歩だ。少し甚振ったらここまで逃げてきてしまった」
少年が顎で指すのは、渚沙から見てもかわいそうなほどに怯え切った樹の悪魔だ。
悪魔が傷を治せない、もう一つの例外。それは自分よりも高位な悪魔による攻撃である。
「なるほど、なら、あの悪魔の処理はこちらに任せてもらっても?逃げるようなペットは必要ないでしょう?」
「いやいや、あれはあれでかわいげがある。ダメな奴ほど、というやつだ。人間を食えば、少しはまともになるだろうしな」
「僕がそれを許すとでも?」
「許可は求めておらん」
一触即発、そんな言葉が渚沙の脳裏をよぎる。
だが、張り詰めた空気を少年が一瞬で弛緩させた。
「なんてな、まさか、俺もそこまで横暴なことは言わん」
少年がグウェンに近づき、親しい者にやるように肩を叩く。
「・・・なら、あれを僕たちが倒しても?」
「ああ、構わん。だが、俺がペット一匹を差し出したというのに、お前がなんのダメージも無いのは不公平だ・・・だから、等価交換といこう」
「等価交換?」
グウェンの背後に回り、そこで初めて少年が渚沙の方に視線を向ける。
そして指で示した。
「ああ、そこにいる女を俺によこせ」
瞬間、少年の身体が宙を舞った。空中で体勢を立て直し、少年が着地するとその綺麗な顔の半分がつぶれていた。
「なるほど、交渉決裂だな」
グウェンがゆっくりと振り返る。少年の顔に裏拳で突き立てた拳、その手袋は真っ赤な血で染まり、普段は温厚な顔には想像すらつかない冷酷な表情が張り付いていた。
「由川さん」
「っ、はい・・・」
「あの手負いの悪魔は君に任せるよ・・・こいつは、僕が殺す」
まるで喉が凍り付いてしまったかのようだった。目の前のグウェンと普段のグウェンが結びつかず、それ以上何も言えない。そして、そんな渚沙を置き去りにして場面は進む。
「ふふ、後悔するなよ、魔法使い。一つでよかった死体が二つになるぞ」
「死体は元から二つだよ、君と、君のペットの分だ」
対面する二人の放つ魔力が周囲を圧迫する。その場にいるだけで吐き出してしまいそうな程に。
耐えきれなかった地面が砕けた瞬間、二人が同時に踏み込んだ。