第4話 難しいお年頃
起きてる限り、一日は終わらないので毎日投稿継続です。
悪魔が生まれる以前、湖に存在するのはその殆どが善良、もしくは中庸な存在だったと言われている。古来より騎士の登場する物語において湖の妖精についての記述が多いのは、事実に基づいているというわけだ。
「由川さんはこれを適当に湖に流して、僕がそれを励起するから」
「分かりました」
頷くのは今日から正式にグウェンの指導生になった渚沙だ。髪色と同じ藍色の綺麗な瞳をしており、教え導く立場にある者として、生徒に対して下心を持つべきではないが、控えめに言っても綺麗な少女だ。
現在、二人がいるのはウェリアス湖と呼ばれる湖で、街と隣接する小規模な森の中にあるこの湖には定期的に悪魔が住み着くため、一定周期で魔術師に悪魔の討伐任務がくる。
それほど大きくないとはいえ、決して狭くはない湖を手探りで探していては日が暮れてしまう。悪魔を探せる魔法の使い手がいればいいのだが、残念なことにグウェンと渚沙はどちらも使い手ではない。
よって、今回は多少の手間はかかるが、湖に悪魔の嫌う水、聖水を撒くことで湖から悪魔を追い出すことにした。
「終わりました」
「ありがとう。僕が励起すればすぐに戦闘になるから、武器を構えておいて」
彼女が長刀を構えるのを確認してから、聖水に込められたグウェン自身の魔力を呼び起こす。同時に湖の中央付近で巨大な水柱が立ち上り、一匹の悪魔が空中へと飛び出してきた。
それは、ウツボのような胴体に太い手足のついた四つ目の、水魔としてはメジャーな部類に入る悪魔だ。
空中から水面へ着水した悪魔は尻尾で水面を叩くと、自らの住処を破壊した元凶、つまりはグウェンに向かって襲い掛かってくる。
「由川さん、この悪魔はそこまで強くない、君が倒すんだ。ピンチになったら助けるから思い切りやっていいよ」
「はい!」
悪魔がグウェンへととびかかってくるが、その真横から悪魔の胴体へ渚沙の一太刀が直撃し、その巨体が弾かれる。
「・・・硬い」
だが、隙だらけの胴に痛烈な一撃をもらったにもかかわらず、悪魔には傷一つない。むしろ、そんな硬度の皮膚を強く斬りつけた渚沙の手が痺れているようだった。
(学院の子たちが戦える悪魔は街に張られた結界の影響でひどく弱体化しているのばかりだ。このレベルの悪魔とは戦った経験が無いはず、いったいどうする?)
既に悪魔の攻撃対象は渚沙へと移っている。いつでも戦闘に割って入れるよう注意を向けつつ、渚沙の戦い方に注目する。だが、戦いは意外なほどに早く決着を迎えた。
「傾け」
「!!」
渚沙が呟いた直後、彼女の手にした長刀に藍色の、花に似た模様が浮かび上がる。
そして、一閃。
流れる水を思わせる流麗な踏み込みによる回避からの逆袈裟切りが悪魔の首を落とした。巨体が倒れこむと同時に手にした刀を取り落とした渚沙がふらつく。
「大丈夫かい!?」
咄嗟に駆け寄るが、倒れたわけでもないのに女性の身体に勝手に触れるのもどうかと思い、顔色を窺う程度にとどめる。
「大丈夫・・・です」
青を通り越して蒼白な顔色をした渚沙は浅い呼吸を繰り返しながらも、なんとか自力で木陰まで行くとそのまま木の幹へ体を預けて座り込む。
「回収班の人に連絡するから、少し待ってて」
「・・・いえ、お構いなく」
連絡を終えて戻ると、立てる程度には回復した渚沙が頭を下げてきた。
「すいません、ご心配をおかけしました」
「いや、謝る必要は無いよ。寧ろ、初のちゃんとした悪魔との実戦であれだけの動きが出来れば上出来だ。それこそ、僕のとこで教えるのが勿体無いくらい」
「そう、ですか」
答える渚沙はどうにも歯切れが悪い。本調子ではないとうのもあるだろうが、それだけではないような気がする。
「あのさ、悩みごとがあったら相談乗るから、気軽に相談してね」
「・・・ええ、悩みごとができたら、頼らせていただきます・・・この後は何かありますか?」
「いや、今日は初日だし、これで終わろう。明日は、九時に本部のロビー集合で」
「分かりました、それでは」
「あ、ちょっと待って」
「まだ何か?」
渚沙が振り返る。
「えーと、送っていかなくても大丈夫?」
「いえ、結構です。街まですぐですから」
「あ、そう?じゃあ、気を付けて」
ぴしゃりと取り付く島もない様子の渚沙の姿が消えてから、大きくため息を吐く。
「うーん・・・どう接すればいいのかわからないな」
初の指導生、それも少女、女性どころかまともな人付き合いも少ないグウェンにとって、彼女とのコミュニケーションは悪魔と戦うよりも難しく感じられた。