第二話 由川渚沙
太陽が中天にあるというのに、日が落ちたかのように薄暗い森の中を走る。足音は渚沙の他に二つ、仲間と敵のものだ。
「ッ、真琴!そっちに行った!」
木の陰から飛び出してきたそれを切り払う。
黒とも赤ともつかぬ、墨のような血が飛び散り、逃げるように木々の間を黒い影が駆けていく。異様に発達した角、光の一切を反射しない漆黒の全身の体毛と四対の赤い眼光。この世の生物としては余りにも破綻した、そのデザインは見るだけで嫌悪と恐怖が沸き上がってくる。
悪魔、始まりの魔女が生み出した人類の敵。
「オーケー」
悪魔を追いかけていくと、視線の先で四足で森の中を自在に動く悪魔と一対の双剣を操る少女が戦っていた。だが、少女のほうは涼し気な顔をしており、軽やかに双剣を操るその姿は戦闘というよりは舞を踊っているかのようだ。
悪魔と少女の姿が重なるたびに悪魔の肉体のみが一方的に傷ついていき、遂に前足の一本が切り落とされると同時に四足獣の悪魔は即座に逃げ出した。
「逃げる・・・渚沙、トドメ」
「分かってるっ!」
逃げる先に回り込み、手にした長刀の柄に僅かに力を込める。手負いとはいえ、それでも小娘の首を噛み切る程度の力は優にある。油断はできない。
「グルァア!」
「フゥ!」
鋭く吐き出した呼気と共に放たれる一閃が正確に悪魔の首を落とす。
悪魔は、例え手足を落とされようと時間と共に再生してしまうが、頭や内臓などの重要な器官までは再生できない。それは首を切られ、頭が落ちた場合も同様だ。
「おつかれ、渚沙。イエー」
「・・・帰るよ」
つい先ほどまで命を懸けたやり取りをしていたというのに、気の抜けたような声をかけてくるのは、乙浪真琴、渚沙の幼馴染の少女だ。先日までは一緒に魔導士の養成学院に通っていたが、今はお互いに指導者が決まるまでの間、一時的なチームを組んでいる。
「そういえばさ、私、レンズって人の部隊に入ることになった」
悪魔の死体回収班に連絡を送り、森の中を歩いていると突然真琴が言ってくる。
「ふーん、よかったじゃん。レンズって、最近昇進した人でしょ。今、期待の魔法使いだってニュースでも取り上げられてたし」
「そうなの?」
「そうなの、って・・・だから、志願書を送ったんじゃないの?」
「送ってないよ?なんか、今朝、スカウトのメール来てた」
「・・・そ」
「でさ、もし良かったら渚沙も一緒に来ない?まだ、定員余ってるっぽいし」
「ごめん、私もう指導者決めてるから」
「え、嘘。誰?」
興味津々といった具合に尋ねてくる真琴だったが、渚沙は面倒そうに口を開く。
「別に誰でもいいでしょ」
「まあ、そうなんだけどさ・・・・あ、というか二人とも決まったんならチームは解散?」
「そうなるでしょ。なんかあるの?」
「いや、別に何もないんだけどさ。そっかー、解散かー」
「?」
真琴との付き合いは長いが、それでも時折分からないことがある。渚沙はそれ以上余計な追及はせず、街の方へ足を進めた。