一話 届いた手紙
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「指導者、ですか」
昼食を食べるには些か遅い午後三時、客のほとんどいないファミリーレストランの中、グウェンは食事の手を止めて呟く。目の前の女性は匂いだけで咳き込みそうになるような激辛麻婆を飲み込み、頷いた。
「ああ、随分な物好きがいてな。こんなものが今朝、君のポストに入っていたよ」
「また僕のポスト物色したんですか。プライベートって言葉知ってます?これは・・・・ユカワ、さんかな?」
一度開けられた痕跡のある封筒から用紙を取り出す。必要な書類に不備は無く、これに印鑑を押して然るべき場所に提出すればこの少女はグウェンの指導生になる。
「違う。ヨシカワ、だ。由河渚沙、卒業時点での成績は27位、パッとしない順位ではあるが、メンターを選ぶ余裕が無いほどでもない」
今朝届けられたというのに、情報を集めるのが随分と早い。不思議に思い、尋ねる。
「何か気になることでも?」
「気になるも何も、君が一等魔術師になってから初の生徒だ。君の上司として気になるのは当然だろう」
絶対に嘘だ。心中でいぶかしむ。何しろ、目の前の女性がそのような親心的心配を見せたことなど一度もない。獅子は我が子を千尋の谷に落とすというが、彼女は己の部下を谷に落とした挙句、谷を埋めるタイプの人間なのだ。
「なんだ、その疑いの目は?私とて部下の心配ぐらいはする。特に君の場合は他の奴らより、陰謀に巻き込まれやすいしな」
「だからって、この子・・・まだ学院を卒業して間もない子に何ができるっていうんですか?」
「はあ・・・」
露骨に大きくため息を吐いた女性上司はコップに入った水を飲み干すと空になったコップを少し強めに机に置いた。コンッ、小気味よい音とは裏腹に彼女の険しい視線は重く、グウェンは思わず背筋を伸ばしてしまう。
「君の師匠譲りの楽観主義は筋金入りだな。私の下で少しは人を疑う気持ちを覚えたかと思ったが・・・」
「あはは・・・」
何も言い返せず、乾いた笑いを返すと、ドスの効いた声と共に脛を日傘で突かれる。
「笑い事じゃないぞ。君の立場は君が思っているより危うい、例えば、この子が君に何かされたと言えばそれだけで君は処刑台にまっしぐらだ。例え証拠が無くてもな」
「そんなめちゃくちゃな・・・」
「事実だ。だから、せいぜい気を付けたまえ。私は仕事に戻る」
彼女は言うだけ言うと、さっさと立ち上がって行ってしまった。残されたのは空の皿と少々お高めの金額の記された会計票のみ。
いつものことながら、あの獅子よりも身内に厳しい女性上司に部下に食事をおごってやろうという発想は無いようだった。