きらきらひかるその2
さて、ぜんかいのおはなしのさいしょからになります。はじまりはじまり。
すこし前に時をもどそう。
いちだいの赤いくるまがはしっている。中には、おかあさんらしき人がうんてんせきで、うしろの方にすわっているのは、おとこの子だ。
なんとなく、おとこの子のほうはきげんがよくない。たいどもわるい。かおはブスッとして、くつをぬぎ、足をまえのざせきに投げだすようにすわっている。
ふたりのかいわをきいてみよう。
「きょういくところはとってもステキなところだよ!ゆずともきっときにいるわ」
「ぼく、そんところいきたくなかったのに……」
「またそんなこといって。なかいいおともだちもできるかもしれないじゃない、あ!そうよ!チョウチョだってたくさんみれるわよ。好きでしょう?」
「しらないやつなんかとなかよくなんてしたくないし、植物園にいけばチョウチョなんてみられるし」
「あ、ここよ!ついたわ!」
おかあさんは、おとこの子とテンションとはせいはんたいのようすで、いきようようとくるまをとめた。
ジャリばかりのちゅうしゃじょうだ。そばには、キレイな川があった。
ここは山奥のキャンプ場らしい。
おとこの子のなまえはゆずと。3ねんせいだ。
どうやら、おかあさんに無理やりこどもたちだけのおとまりキャンプのイベントにつれてこられたようだ。むこうをみると、たくさんのテントがはっているのがみえる。
ふたりは、やねだけのテントにいるうけつけにむかった。なんにんかの、わかいおとなの人がいる。
「こんにちは。予約していたやまなかともうします」
「やまなかゆずとくんですね、おまちしてましたよ!こんにちは」
「……」
ゆずとははなしかけてくれたおねえさんの方をチラッとみて、へんじをせず、すぐにめせんをそらした。
「ほらゆずと、あいさつしなきゃ!」
「……」
「いいんですよ、おとこの子ははずかしがりやさんが多いですから。にもつはこちらですね」
「すみません、この子ぶっきらぼうで。でも、ムシがすきなのできっとたのしめるとおもうんです。どうかよろしくおねがいします」
おかあさんは、おねえさんたちとはなし、すこしして、おねえさんがゆずとにこえをかけた。
「じゃあゆずとくん、いこうか」
「じゃあね!ゆずと」
ゆずとは、バイバイと《て》をふるおかあさんをよこめにチラッとみただけで、だまっていってしまった。おかあさんはゆずとがみえなくなるまでてをふり、すこしためいきをつき、すこしだけしんぱいそうなかおをして、赤いクルマでさっていった。
ゆずとはおねえさんにあんないされ、とあるテントについた。
「ここがゆずとくんがすごすテントだよ。ほかにゆずとくんとおなじくらいのトシのおともだちがいるから、なかよくできるはずよ」
「……」
おねえさんは、すこしだけゆずとのはんのうををみているようだったが、あいかわらずゆずとはだまっているので、おねえさんはつづける。
「えっ…と、このテントはいちばんはじっこにたててあるんだけど、このさきはもりになるのね。もりのなかにはきけんなみちやケモノもいたりするから、こどもたちだけではいらないでね。これはやくそくよ」
ゆずとはだまったままコクンとうなづいた。おねえさんは、ようやくはんのうしたゆずとにすこしだけホッとしたようだった。
テントの中はおもっていたよりもひろく、ゆずとのほかに、さんにんのおとこの子がいた。ゆずとは、だまってかるくペコっとあたまをさげ、いわれたとおりにそこへはいった。おねえさんはこうもいった。
「今はまだ、じゆうなじかんだからすきにしてて。あ、川にもはいっちゃだめよ」
もういちどコクンとうなづく。おねえさんはニッコリして「じゃあまたあとでね」といって、うけつけにもどっていった。
なかにはいり、みんなにせをむけてにもつをせいりする。できるだけ、はなしかけられないようにしようとおもっていた。もってきていた大きなリュックから、すいとうをとりだそうとしたときだった。すいとうのベルトがひっかかり、1さつの小さな本がいっしょにでてきた。大きなチョウチョのしゃしんがおもてについている。
すると、あたらしいテントのメンバーに、きょうみしんしんのひとりがこえをかけてきた。
「それ、なんの本?」
「……ずかん」
「チョウチョの?」
「うん」
「チョウチョすきなの?」
「うん」
「ぼく、このチョウチョみられるところしってるよ!」
うそばっか
ゆずとはためいきをついて、いった。
「みられるわけないよ、このチョウチョすごく少ないんだ」
「いるんだって、ほんとうだもん」
ゆずとはもういちどためいきをついて、ずかんをもってテントをでた。
つきあってらんないや。
ゆずとはかたむいてたっている木の下にすわり、ずかんをみていた。すると、さっきのおとこの子がニコニコしておいかけてきた。
「うそだとおもってるでしょ」
ゆずとはだまってせをむけた。すると、せをむけられても気にしないらしく、その子はまたゆずとのまえでニコニコしていった。
「つれてってあげるよ、この森のさきにいるから」
「かってにいったらいけないだろ。しかられるよ」
「ほんの少しおくにいくだけだよ。ぼく、なんかいもここにきてるから、かえりみちもわかるし」
ニコニコしてやさしそうなその子は、おとなしそうな顔とははんたいに、ちょっとヤンチャらしくグイグイくる。おしによわいゆずとは、いよいよこんまけした。
「じゃあちょっとだけ」
ふたりは、ちかくにおとながいないことをたしかめ、もりへはいっていった。
おとこの子のなは、『あおい』といった。あおいとゆずとは同じ年だった。
こもれびがさしこみ、さわやかなやさしいかぜがとおりぬけていく。ふたりはならびながら、少ししめったおがくずでフカフカのみちをあるいていく。すると、ゆずとのわきからおおきなトンボがヒュンとすりぬけていった。
「ギンヤンマだ!」
あおいがさけんだ。みると、すごくおおきなぎんいろのトンボがかっこよくとんでいく。
「ぼく、トンボがだいすきなんだ!いまのはでかいぞ!」
あおいはこうふんして、トンボをはしっておいかけていく。
「え、ちょっとまってよ!」
ゆずともあとをおいかけた。
ハァハァハァ
どのくらいはしっただろう。まっすぐきたから、かえり道にまようことはないが、あおいがみあたらない。
そろそろおとなたちが、ふたりがいないことを気づくころかもしれない。
どうしよう。かえってしまおうか。
そんなことをおもっていたときだった。
ジャッコジャッコジャッコジャッコジャッコジャッコジャッコジャッコ
なにかおとがきこえる。そんなにとおくない。すぐそこをながれるかわのほうだ。
あおいかな?
おそるおそる音のする方へいってみる。
ジャッコジャッコジャッコジャッコ
音がだんだんちかづいてきた。
なにかをあらうようなおとだ。
ゆずとは音のするほうにあるいていった。
すすんでいくと、ちいさな沢についた。ものすごくみどりがキレイだ。つゆがついたはっぱや苔にはこもれびがあたり、ちいさくキラキラとひかっている。
ゆずとはすこしの間、あいだそのけしきにみとれていた。
するとまたさっきの音がする。こんどはかなりちかくできこえる。
大きな木があり、木のねっこにきをつけながら《おと》のするほうへ、ひょいとのぞいた。
するとそこには、すこし大きなケモノがいた。からだのおおきさは、ゆずととおなじくらいだろうか。みえるのはうしろすがたのようだ。あたまにはねこのような耳がみえる。シロい毛のなかに、クロとオレンジの毛のもようもまざっているようだ。しりにはシッポのようなものが2ほんあり、音にあわせてリズミカルにゆれている。なんとなく、たのしそうだ。
それでも、あんなケモノみたことがない。クマでもないし、イノシシでもないし、タヌキでもない。そんなことを思っているところに、そのケモノの頭に1ぴきのチョウチョがとんできて、ケモノのあたまにとまった。ものすごくキレイなチョウチョだ。ゆずとはかおをしかめ、よくみた。
「オオムラサキだ!」
ものすごくめずらしいチョウチョだ。ゆずとはおもわず、さらにのぞきこんだ。そのとき、ゆずとの足元でバキッとすこしおおきな音がした。おちていたえだをふんだらしい。
「しまった!」
ハッとしてみあげると、そのケモノにもゆずとの音がきこえたらしく、ジャッコジャッコしていた音がとまった。きゅうにあたりがしずかになった。
ケモノのあたまにとまっていたオオムラサキがとびたつ。
そのケモノは、すくっと2ほんのあしでたち、クルッとこっちをみた。
「あ……」
ゆずとはあしがふるえてうごけない。そのケモノはこちらをずっとみている。
「……ん?」
よくみると、そのケモノにはカオがあった。
いや、ケモノにもにんげんにもふつうはかおがあるのだが、なんというか、ひょうげんがむずかしい。
そのケモノ、にんげんのようなかおをしているのだ。いうなれば、ぜんしんきぐるみをきている人のようなすがただ。
こんなケモノみたことはないが、なんとなくこわくはない。そんなことをおもっていると、そのケモノはあろうことかしゃべりかけてきた。
「きみ、ぼくがみえるの?」
「え!?」
あらっていたのだろうか。ケモノはわきにあかいまめのようなものが入ったざるをかかえている。
「み、みえるよ。きみは、は、はなせるの?」
「はなせるよ」
なんだか、みょうなかいわだ。
「な、なにしてるの?」
ゆずとは、パニックであわてているのか、へんなしつもんをしているなとおもいながらも、そのケモノにきいた。
「あずきをあらっていたの」
「あずき?」
「このへんにすむ『あずきあらい』っていうようかいがいてね、すこしのあいだりょこうにでかけてて、そのようかいのかわりにあずきをあらってたのさ」
「な、なんで?あらってどうするの?」
「あらったら、おさとうをいれてグツグツたいてもいいし、お米にまぜてたいてもいいしおいしいよ」
「へ、へぇ」
しゅうし、へんなかいわだ。
だんだんとれいせいになってきたゆずとはようやくきいた。
「きみはなに?ケモノ?」
「ぼくは……」
そこへ、
「おーい!ゆずとー!」
あおいのこえだ!
「あおい!」
ゆずとはおもわずふりかえったてさけんだ。だが、すぐにハッとして、ケモノがいたほうをみた。
「え……?」
そこにはもうなにもいなく、せせらぎがきこえる沢だけがあった。
さてさて、あのケモノはどこへいったんでしょね?